中間市 -11:14-
「……“彼女”とやらについては置いておこう。問題は、隔壁を手動で突破されていることだな」
「スピード自体はたいしたことないけど、確実ににじり寄ってきてんのが逆に怖いよなこれ……」
「どうにかして、侵攻スピードを落とせないかな……?」
三人はしばし唸り、それから素直にディスクに頼ることにする。
ここで考えているだけで妙案は浮かばないが、基地機能に詳しい人間なら手立ての一つくらいは持ち合わせているだろう。
『ならば、防衛機構を起動させるべきか』
「防衛機構?」
インターホン越しに返ってきたディスクの返答は、至って簡潔なものであった。
『うむ。この研究施設にも、一応侵入者対策の防衛機構が備わっている。一度起動すれば反撃は全自動。そして全てが対人兵装で構成されているため、ゾンビが主力であるなら十分な戦力になってくれるだろう』
「そりゃ便利だ……そういうのがあるなら先に言えよ!」
防衛機構の存在を知り、武蔵は憤る。
彼の言うとおり、初めからそれを起動していれば隔壁とあわせてゾンビたちの侵攻速度を大いに減らすことが可能であっただろう。
しかし、テーブルの上からタブレットリモコンを回収した英人は画面を睨みつけながらディスクに問いかけた。
「……どれがその防衛機構の起動スイッチだ?」
『残念ながら、タブレットでは防衛機構は作動できんよ』
「はぁ!? ちょっと見せてみろよ!!」
武蔵は英人から毟るようにタブレットを奪うと、舐める勢いで画面上のスイッチを睨み付ける。
さらに戻ったり進んだりして画面をひたすら切り替えてみるが、ディスクの言うとおり防衛機構の作動に関わるスイッチを発見できなかった。
「………」
「あの。何で、タブレットからじゃ防衛機構を作動できないんですか?」
絶句する武蔵に代わり問いかける湊。
インターホンの向こうで何かしらの医療器具を使っているらしいディスクは、淡々とその問いかけに答える。
『一重に防犯上の問題だな。私の持っているタブレットリモコンは、管理者権限を行使できるため、隔壁の全作動を初めとした基地機能を簡単に操作できてしまう。逆に言えばそのリモコンを敵対者に奪われてしまうと基地機能が一瞬で掌握されてしまうわけだ』
「……じゃあ、隔壁の外部操作も外敵対策の一環なのか?」
『ああ、そうだ。リモコンを奪われても、隔壁を手動で操作できるようにしておけば、基地機能の奪還も可能だ。だが、対人障害を排除する防衛機構に関しては下手にリモコンからいじれるようになっては危険だからな。故に、そうした殺傷能力を前提とした機構は全て手動操作になっているのだ』
「なるほど……そうなんですね……」
道理に適ってはいるだろう。侵入した際の問題点に関してきちんと向き合い、その為の対策を立てているのは評価されるべきだ。
問題は、今この時点においてはその仕様が完全に裏目に出ているということであるが。
「なるほどとか納得してる場合かよ!! どうやってその防衛機構を作動させに行くんだよ! ゾンビの群れの中泳いでいけってのか!?」
「俺が行く」
喚きかける武蔵をたった一言で制したのは、英人であった。
迷いの一切ない彼の一言を聞き、冷や水をかけられてしまったかのように武蔵は黙ってしまった。
「俺なら噛まれても今更問題はないし、回復力もある」
「……英人君」
湊が恐れを湛えた瞳で英人を見つめる。
もう彼を失いたくない。言外に込められたその強い思いに向かって、英人は笑って見せた。
「ようは、防衛機構とか言うもののスイッチを入れてくればいいんだろう? 部屋の明かりをつけてくるようなもんだ。大丈夫さ」
「君ならば確かにそうだろうな」
「あ……ディスク」
武蔵の言葉に英人が振り返ると、研究室の扉を開けてディスクが現れた。
手にしたゴム手袋を外しながら、ディスクは部屋の中を横切り始めた。
「とはいえ、何の準備もなくいくのは自殺行為だろう。君が適合者であってもだ」
「ディスク……礼奈の治療は終わったのか?」
「まだだ。必要な薬剤の調整中でな。いささか時間がかかるし、君に渡さねばならないものもある」
ディスクは懐から一枚のカードキーを取り出すと、壁にあるリーダーに読み取らせる。
すると壁が割れて中から無数の銃器が現れた。先ほど、武蔵たちが借り受けたものとほぼ同じものたちが陳列されている。
「持っていきたまえ。連中も殺せば死ぬ」
「……ああ、そうだな」
英人は一つ頷き、銃器に一つ一つ触れてゆく。
だが、しばらくするとあることに気が付きディスクの方を見やった。
「ディスク。ここにある銃器、全部ライフル系のものに見えるが……」
「ああ、そうだな。基本、この基地の衛兵の装備はライフルだった。扱いやすいため、君でも十全に扱えるだろう」
「いや、そうじゃなくて……」
英人は試しに一丁、手に取って銃のマガジンに手を触れた。
「これだけじゃ、足りないだろう。弾の数が」
「……ああ、なるほど」
英人の言わんとすることを理解し、ディスクは一つ頷いた。
確かに彼の言うとおり、川のごとき人数で押し寄せるゾンビの大群にライフル一丁で挑めというのは酷というより他はないだろう。
もちろん、防衛機構を作動させることが出来れば後はそちらに任せればよいが、不測の事態がないとも限らない。ゾンビの壁の向こう側に防衛機構の作動スイッチがあったとしたら、ライフル一丁だけではとても足りないだろう。
そうした勘案に対し、ディスクは別の壁を開くことで英人に答えた。
「では、こちらを使うというのはどうだろうか」
「……それは?」
英人の目の前に提示されたのは、コートのような形をした装甲服であった。
よく創作の世界では防弾コートなる珍妙な衣類が登場するが、ちょうどそれを現実のものとして見せたような感じだ。そこかしこに据え付けられた装甲板がなんともマッシブだ。
さらに背中には巨大なバッテリーのようなものが背負わされており、その両脇には少し小さくはあるが両手で持つにはいささか威圧感のある小型のガトリングガンが吊るされていた。
英人は目の前にある冗談が生み出したような産物を提示して見せたディスクを胡乱下名眼差しで見つめた。
「……こいつは?」
「試製対軍用機動装甲服・甲型。いわゆる試作兵器の一種だよ」
英人の表情にさもありなんと言いたげに頷いたディスクは、軽く機動装甲服とやらを撫でる。
「防弾性防爆性を備えた装甲服の内部に倍力機構などを搭載。さらに対軍用兵器として二丁の小型ガトリングを搭載し、これ一つで町一つを優に制圧できるとして作成された試作兵器のひとつだ。コンセプトは“人型戦車”だそうだ」
「ここに来てアニメの世界が現実になった……」
「技術力だけはあったのでな。残念なことに、発想が追いついていない状態であるが」
呆然と呟く武蔵に答えながら、ディスクは一つため息を突いた。
「馬鹿馬鹿しいコンセプトと産物なのは認めよう。事実、その通りなのでね」
「……試製、ということは完成していないんですか?」
「その通り。確かに防御力は人が装着できるものとしては破格なのだが、当然万能とは言いがたいし、ガトリングガン二丁というのも火力としては過剰に過ぎる。……そして何より最大の問題が、装甲服内の倍力機構や背中のバッテリーとガトリングガンのせいで、極めて重たいのだよ、これが」
ペシペシと装甲服を叩くディスク。確かに見た目からして相当な重量なのは確かだ。装備した瞬間、そのまま仰向けに倒れてしまいそうである。
「極めて残念なことに、この装甲服の倍力機構は装備の重量を支えるためのものではない。その為、この服の自重は全て装着者が担わねばならないわけだが……総重量は500kg前後だと仕様書には記されていたな」
「そんなとこまで戦車化しなくてもいいだろうよ!? ドンだけコンセプトに忠実だ!!」
「返す言葉もない」
武蔵渾身のツッコミを受け、ディスクは瞑目してしまう。
「……だが、君ならばあるいは装備できるのではないかと思ってね」
そして、すぐに目を開け、英人を見やった。
「……俺が、か?」
「うむ。あくまで仮説に過ぎないが……肉体の変異変容をコントロールできる適合者であれば、こうした装備にも適合できる……つまり、装備と一体となれるのではないかと思ってね。まあ要するに肉体改造を恣意的に行なえるのではないか、とな」
「………」
英人は服というにはいささか前衛的な装備を見て、ディスクの顔を見る。
……彼が冗談で言っているわけではないのを目を見て確認し、深々とため息をついた。
「……どうやって着ればいい?」
「今、操作しよう」
ディスクは試製対軍用機動装甲服・甲型のすぐ傍にあるパネルに触れ、装甲服の前を開いてみせる。
英人は開いた装甲服の中に入り、ごてごてしい袖の中に腕を通してゆく。
「……大丈夫か、英人……?」
「馬鹿馬鹿しくて頭痛がしてきたが、これしか対抗できそうな装備がないのも事実だ。やるだけはやってみるよ……」
何か大切なものを諦めた表情で武蔵に答える英人。
彼が完全に装甲服の中に入り込んだのを確認し、ディスクはパネルを操作する。
「では、装甲服を装着させる。動かないでくれたまえ。オートフィッターによって、服のサイズを最適化する」
「そんなものまであるのかよ……」
「ウィルスといいこれといい、未来に生きすぎだろう“組織”……」
呆れたような子供たちの言葉を聞き流し、ディスクは装甲服のオートフィットを開始する。
英人が装着している装甲服は一瞬膨れ上がったように見えた……次の瞬間には空気が抜けたかのように縮み、英人の体にぴったりのサイズへと変わって言った。
「うお」
空気の抜ける音共に己の体にジャストフィットする試製対軍用機動装甲服・甲型の感触に驚きの声を上げる英人。
先ほどまでは威圧的な様相を呈していた装甲服は、いまや襟高のロングコートといった感じに納まっていた。そこかしこに装着されている装甲板も、おしゃれなアクセサリーといった感じだ。
「……大丈夫か? 英人」
「思ったよりは……ホントに服着てるみたいだ」
武蔵にそう返しながら、英人は試しに一歩歩いてみせる。
彼が前に出るのと同時に、装甲服を吊っていたハンガーが音を立てて外れ、背中のバッテリーに電力を供給していたと思われるケーブルも火花を散らしながら取れる。
ズシン、ズシンとだいぶ重たい足取りではあったが、英人はしっかりと自分の両足で地面に立ち、歩いて見せた。
「……想像以上に重たい」
「その感想を抱いたのは、きっと君が初めてだろうな」
総重量500kg超の装甲服をして、想像以上に重たいなどと言わしめるのは、恐らく英人だけだろう。
そんな彼を見て満足したように頷きながら、ディスクはカードキーを差し出す。
「これを持っていきたまえ。これを使えば、防衛機構を作動させられる」
「わかった」
「あと、襟の中に通信機があるはずだが、わかるかね?」
「……これか?」
英人が軽く襟に触れ、通信機のスイッチを入れる。
同時に、襟の中に仕込まれたライトが点滅を始めた。
「……うむ。こちらにある通信機と、これで繋がるはずだ。後は地図に君の現在地点を表示させ、こちらに残ったものの指示で動けばよい」
「ああ。それは……武蔵。頼んだ」
「オッケー」
英人の言葉に武蔵は頷きながらタブレットを掲げてみせる。
最後に英人は湊のほうへと向き直り、小さく頷いて見せた。
「……じゃあ、いってくる」
「……うん。いってらっしゃい」
湊は不安そうな表情のまま、英人の言葉に頷いた。
英人はそれを見て、武蔵に小さく目配せしながら部屋の外へ向かって歩き出した。




