中間市 -10:54-
「………」
「………」
そして後に残されたのは、居心地の悪い沈黙であった。
英人と湊はお互いの姿を見ないように視線を傾けながらじっとしている。
そんな二人の様子を見て、武蔵はどうしたものかと頭を掻いた。
(……んあー。めんどくさいことになったなぁ)
化け物であることを肯定する英人と、化け物であることを否定する湊。
双方どちらの言い分にも理があり、そしてどちらにも譲れない思いがあるのだろう。
二人との付き合いの長い武蔵には、二人の気持ちがなんとなく理解できていた。
英人は、人でなくなった自分よりも、人である湊や礼奈の命を優先したいのだろう。だからこそ、突き放すようなことを言うし、拒絶するかのように振舞ってしまう。自分は人ではない。だからこそ、まだ人である湊たちに生き延びて欲しいと強く思っているのが、見ていても分かる。
湊は、英人がどうなろうと英人であり、彼と共に生き延びたいという気持ちがあるのだろう。元々抱いていた気持ちも当然あるだろうが、何よりもう会うことの出来なかった彼と再び出会えた喜びが強く出てしまっているのだろう。だからこそ、今度は見捨てたくないのだ。
どちらもお互いの事を持って、それを行動で示しているわけだが……どちらも一方通行だ。
お互いに、お互いの言い分を受け入れる余裕がないせいで、お互いを突き放しあうような、酷い有様となっている。
(いつもなら、英人ひっぱたいてからの、湊への押し付けコンボとかでどうにかできるけど……そういう空気じゃないよな)
もちろん、英人と湊も互いの付き合いは長い。お互いの言いたいことはなんとなく察しているだろうし、こういう雰囲気に陥ったことも一度や二度程度ではすまない。
そのたびに、どちらかが譲歩したり、あるいは武蔵が間に立ったりすることで関係の修復を行なってきた。英人と湊のケンカというのも、もはや恒例行事のようなものであり武蔵にしてみれば見飽きた光景だが……今回はさすがに状況が今までと違いすぎる。
互いが互いの生存を願うが故のすれ違い。お互いの命を慮ったが故の発言であるため、お互いに譲る余地はないだろう。
武蔵が道化を演じることも出来るが……どちらも、今は極端に視界が狭まっているように思える。
どちらも、今は相手のことしか見えていない。そんなところに道化を演じた武蔵が身を投げ出したところで、完全に無視されるのがせいぜいであろう。
つまるところ、今の時点で武蔵にできることはまったくない。
(……とりあえず、待ちますかね。礼奈ちゃんの治療が完了したら、もう少し事態が変わるかもしれないし……)
手の中で英人の血液から造られたワクチンを弄びながら、武蔵は深いため息をついた。
ディスクはひとまずこのワクチンを使えと言っていたが、今使うのはどうにも気分が悪い。
ひとまずここは安全なのだ。湊の分のワクチンが完成してから打っても、特に問題はないはずだ。
そう考え、武蔵は適当な椅子に腰を下ろす。
その時だ。赤いランプとけたたましいサイレンが鳴り響いたのは。
「―――っ!?」
「なんだ!?」
「はぁ!? んだよ、またかよ!!」
聞き覚えのあるサイレン。これは、総合病院地下で英人が発見された時にも聞いたものだ。
立ち上がり、インターホンへと駆け寄る武蔵の背中に、英人が声をかけた。
「武蔵! このサイレンは!?」
「なんかどっかがぶっ壊れたりするとなるんだとさ! おい、ディスク! 聞こえてるか!?」
『聞こえているとも』
インターホンへと呼びかけると、ディスクの淡々とした声が返ってくる。
『またこうしてサイレンが鳴り響くとなると、この都市には適合者が多く存在していたのだろうか。彼女も、確かこの都市の出身だったような』
「そんな情報いらねぇよ!? どこでなにが起きてるか、俺たちにわからねぇのか!」
『今、私は手が離せない。テーブルの上にある、タブレットリモコンを使ってモニターを操作してくれたまえ』
ディスクの言葉を聞き、英人はテーブルの上に落ちていた小さ目のタブレットを手に取った。
画面内には複数のタップボタンがあったが、全て英語で表記されている。
辛うじて理解できるものもないではなかったが、あいにくと英人は日本語以外に興味の持てない典型的な高校生であった。
「リモコンって、もしかしてこれか? 英語だらけなんだが」
「いやわかんねぇけど。ディスク!?」
『タブレットタイプのものだ。画面の隅に、言語切り替えのタップボタンがあるはずだが』
「これか? 日の丸ボタンがあるけど」
ディスクの言うとおりに、画面隅の日の丸ボタンをタップしてみると、タブレット内のタップボタンが全て日本語表示となった。これで操作が出来そうだ。
「日本語になった。これをいじれば、モニターが出るのか?」
「だと思う!」
『モニターを出したら、マップを呼び出したまえ。特に何もせずに、どこに異常が発生しているかわかるはずだ』
英人はタブレットをタップし、大きめのモニターを天井から呼び出す。
そしてマップをモニターの画面に映してみると、現在位置らしい研究室が3Dの半透明模型として映し出された。
そこからあちらこちらに向かって通路が延びているようだが、倍率の関係で遠くまでは映し出されていない。
「……近すぎるな」
「倍率変えろよ」
「待ってろ」
英人がタブレットを操作し、マップの遠景が見えるようにする。
少しずつ遠くなってゆく現在位置。そしてそこから蜘蛛の巣のように延びてゆく通路。
そしてその端々が、なにやら赤く点滅を繰り返していた。
「異常が起きてんのはこの赤いとこか?」
「らしいな。しかしずいぶん多いな……」
眉をしかめる英人の言うとおり、研究室に繋がる通路の端は全て赤く染まってしまっている。それなりに近い場所だけでも四ヶ所。遠くまで含めると二桁はくだらなさそうだ。
「監視カメラかなにかで見れたりするか?」
「映像を出せるみたいだな。ちょっと待ってくれ」
タップスイッチの説明を確認しつつ、英人は赤く点滅している場所の付近の映像を映し出す。
数瞬の砂嵐の後、マップの上にいくつか重なるように、監視カメラの映像が映し出された。
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何の変哲もないはずの十字路。
今そこに、無数のゾンビたちが集まっていた。
「 あ ぁ ー … … 」
「 う う ー … … 」
ゾンビたちは所在なさげに体を揺らしながら、十字路の中心をじっと見つめている。
そこからどこかに移動しようとする気配はなく、まるで何かを待っているようだった。
そうしてゾンビたちが風に揺られていると、遠くのほうから重苦しい音が響き始める。
「 き ぃ ー た ー … … ? 」
ずしん、ずしんと地響きを鳴らすように近づいてくる音の正体は、小山ほどの大きさを持った、甲殻の巨人であった。
ゴリラが歩くように、手を前に突き出しながら歩く巨人は、十字路に集まっているゾンビたちの体を踏み潰しつつゆっくりと、十字路の真ん中へと近づいていった。
「 お べ 」
「 ぎ ゅ ぃ 」
つぶれたトマトのようになるゾンビたちには一切構わず、巨人は十字路の真ん中に手を付く。
―グルルル……―
唸り声を上げながら十字路の真ん中を睨み付ける巨人。
そしておもむろに腕を振り上げると、全力で地面に向けて拳を振り下ろした。
―バァァァァ!!―
重たい衝撃音と共に、砕け散るコンクリート。
巨人の拳の形に抉れた地面。だが、巨人はそれでは満足できないといわんばかりに、何度も砕いた部分に拳を叩き付けた。
―グゥゥゥ、ガァァァァ!!―
砕ける。地面が砕ける。何度も何度も拳をたたきつけられ、地面は容赦なく砕けてゆく。
衝撃は日々という形で地面を伝い、十字路を形成する塀へと伝播してゆく。
ブロック塀が砕け、倒れたそれにゾンビが巻き込まれ、潰されて行く。
やがて、砕け粉塵と化したコンクリートの下から何かが見えてくる。
それは、金属。鈍く輝く、鋼鉄の扉のようなものがコンクリートで覆われた地面から現れたのだ。
―バァァァァァァ!!!―
巨人は渾身の力を、鋼鉄の扉へと叩きつける。
轟音と共に歪む扉。しかし、破損には至らず、その下にあるものを晒す事はなかった。
―グゥギィィィィィ!!!―
咆哮を上げ、なおも拳を叩きつける巨人。
しかし、鋼鉄の扉はただ歪むばかりで開くことはなく、逆に巨人の拳が砕けてしまう。
拳を守る甲殻が砕け、真っ黒な体液が傷口からあふれ出し、巨人は痛々しい悲鳴を上げた。
―ギィゲェェェェ!!!―
「 あ ー … … 」
一歩下がった巨人の代わりに、何人かのゾンビが鋼鉄の扉に近づいてゆく。
鋼鉄の扉は一見すると酷く歪んで見えたが、その実、扉としての機能をなんら失っていないことが窺える。
何人かのゾンビたちはぺたぺたと鋼鉄の扉に手をふれ、取っ手になりそうな部分を探す。
だが、そもそもこちら側から開閉することを想定されていないのか、人の指先に触れるような部分は存在せず、せいぜいが巨人の打撃によって僅かに浮き上がったふたの隙間がある程度であった。
「 あ ー … … 」
ゾンビの一人が、そのふたに出来た隙間に指を突っ込む。
辛うじて人差し指一本程度であれば入る隙間。これ以上腕を突っ込むことも出来ない――。
「 あ ー … … 」
だが、そんなこと知ったことではないといわんばかりにゾンビは指を、手を突っ込もうとする。
指の骨はあっという間に歪み、さらに鋼鉄に引っかかって皮膚が裂け、筋肉が露出し、血が溢れ出す。
無理やり隙間に突っ込まれたせいでボロクズのように歪むゾンビの掌。
だが、それでも尚ゾンビは腕を突っ込んでゆく。
「 い ぎ ぃ … … 」
そして、己の腕をてこ代わりにふたをこじ開けんと力を入れ始める。
みぢりと音を立てて裂ける筋肉。程なくして、軽い音共に腕の骨が折れ、ゾンビの腕はもげた。
そのまま勢いよく仰け反り、倒れこむゾンビ。ゾンビがてこの原理を持って開こうとした鋼鉄のふたは……その隙間を僅かに広げていた。
そのふたの隙間を見て、他のゾンビたちが後に続く。
「 あ ー … … 」
「 う ー … … 」
あるものが足を突っ込み、別のゾンビが力を込めてふたをこじ開けようとする。足一本と引き換えに、また少しだけふたが開く。
別のゾンビが今度は肩口まで腕を突っ込んでゆく。だが、今度はてこの原理でふたを上げられなくなった。
ので、代わりにゾンビの体を隙間に詰め込み、その圧力でふたをあけようとし始める。
「 い ぎ ぃ ー … … 」
「 ぶ 、 ご ぇ ぇ … … … 」
一人潰し、二人潰し。三人目を強引に押し込んだ辺りで、ふたが軋みを上げて浮かび上がる。
浮かび上がったのはほんの僅か。だが、それでも巨人が指を突っ込み、ふたをつかめる程度には浮かび上がった。
―ッガァァァァァァ!!!―
そうなると、後は早かった。隙間に詰まったゾンビを穿り出し、巨人は全霊の力を持ってふたを持ち上げようとする。
歪で甲高い金属音が鳴り響き、鋼鉄のふたが勢いよくこじ開けられる。
同時に、辺りにサイレンが鳴り響く。けたたましい音でゾンビと巨人の鼓膜を震わせるが、目の前の開いた扉に比べればそんなことは些細なことであった。
―グゥゥゥ……バァァァァァ!!―
開いたふたを持ち上げ、己の力を誇示する巨人。
ゾンビたちは、そんな巨人には一切目もくれず、開いた扉の中へとゆっくり歩みを進めていった。
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