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中間市 -9:27-

 扉を越えた先は、手術室かなにかのような構造になっていた。

 普通の手術室との大きな違いは、部屋の広さ、そして手術台の数だ。

 部屋の中に存在する手術台の数は三つ程度。その間には簡易の仕切りが立てられている。

 ……そして、その手術台のいずれもこびり付いたような血の汚れが目立つ、酷い有様であった。


「………」


 部屋の隅のほうに目をやれば、大きなゴミバケツのようなものが見える。部屋全体を覆っている鼻を突くような異臭といい、この部屋で一体何が行なわれていたのか……想像したくもない。


「なに、このへ……あれ……?」


 英人の背中から部屋の中を覗いていた少女が、真ん中の手術台に注目して指を差す。


「……あれ、だれ……?」

「なに?」


 少女の言葉に視線を向けると、部屋の真ん中にある手術台の上に誰かが座っていることに気が付いた。


―イイコ、イイコ……―

「………」


 そういいながら誰かの頭を撫でるそいつの体は……どうも黒い肌で覆われているようだった。

 異様に長い髪を手術台の上から床にたらしたそいつは、膝の上に載せた誰かの頭をゆっくりと撫でているようだった。

 その姿形から、英人は手術台の上に載っているのが小学校で遭遇した黒い女であると断定する。


「チッ……」


 小さな舌打ちと共に少女を庇うように前に出る英人。

 一歩前に踏み込み、黒い女の出方を窺うように睨み付けてやる。


―イイコ、イイコ、カワイイコ……―

「……んぅ……」

「――ッ!!」


 そして、気が付く。

 黒い女が膝に乗せ、優しく頭をなでているのが礼奈であるということに。


「礼奈!!」


 英人は一声叫び、我も忘れて黒い女から礼奈を取り戻そうと駆け出す。

 だが、その機先を制するように、天井から長い影が飛び降りてきた。


―オオットマツンダ!―

「ッ!!」


 とっさに飛びのき、天井からの一撃を回避する英人。

 鋭い一撃が床に突き刺さり、轟音が当たりに響き渡る。

 天井に張り付いていたのだろうか、触肢人間が降ってきたのだ。


―アワテチャイケナイ……ソウダロウ? エイトクゥン……―

「てめぇ……」


 グニャリと間接を曲げながら床の上に着地した触肢人間はなれなれしい様子で英人に向かって声をかけてくる。

 ……ボロくずのような中間高校の制服を纏った、その化け物。首の骨が折られているのか、グラリと痛々しげに首をかしげるそいつの顔に、英人は見覚えがあった。

 先ほども、少女を天井から奇襲した触肢人間もこいつだろう。声に聞き覚えがあったのは、だからだ。

 英人は強い敵意を瞳に宿しながら目の前の化け物の愛称を呼んでやった。


「委員長……!」

「えっ……? アンタこいつの知り合いなの!?」


 目の前の触肢人間――委員長を指差し叫ぶ少女に、英人は小さく頷いてみせる。


「学校にいたときに頭をぶん殴ってくれた輩だよ……。だが、てめぇも化け物に降ったか。皮肉なもんだな」

―ハ、ハハッ! マサニネェ……コウシテボクハバケモノニナッテ、キミハマダヒトノカタチデ……ヒニクダネェ、アハハ!!―


 委員長は甲高い声で笑いながら、床の上から英人を見上げる。

 明らかに機能していない角度で曲がる首を、難儀そうに動かしている。


―アノトキハスマナカッタネェ、エイトクン……キミノアタマヲイキナリナグッタリシテ―

「……何だ唐突に」


 そうしていきなり出てきた謝罪の言葉に、英人は思わず面食らう。

 まさか、化け物と化した委員長からそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。

 階上にある病室での化け物たちの動向や、背後の少女に襲い掛かってきた辺りから、てっきり敵対意思があるものかと思っていたが。

 委員長はゆらりと体を動かしながら、申し訳なさそうに首をかしげた。


―ボクナリニハンセイシテイルンダヨォ。アノトキハ、セイキュウニコトヲハコボウトシスギタ。ナニガドウナルカモワカラズ、キミヲハイジョスベキダトキメツケ、オソッテシマッタ。ユルシテモラエルトモ、オモッテイナイケレドモ、ソレデモシャザイクライハサセテホシイヨ……―

「………んん」


 素直な委員長からの謝罪。英人は思わず頬を掻いて唸り声を上げてしまう。

 調子が狂う。化け物である委員長に、こんな明確な自我が存在するなど。

 ……まあ、自分と言う前例がいるのだ。化け物の姿で自我を保っている存在がいても不思議ではあるまい。

 無理やり自らを納得させ、英人はひとまず会話を続けてみることにした。


「……にしても、よく生きてたもんだ。そのなりならある意味当然かもしれんが、よくそうなる前に化け物どもになぶり殺しにされなかったな?」

―アア、コウナッタノハカノジョノオカゲダヨォ―

「彼女?」

―ソウ、アキヤマクンノネェ―


 そういって委員長は背後に視線を向ける。

 委員長の視線の先……手術台の上に腰掛けた黒い女。

 彼女が、秋山なのだろうか。英人からは、長い髪の毛に隠れているせいで横顔すら把握できない。


―マズ、カノジョガアアナッテ……カノジョニボクハコウサレタ。トォッテモシゲキテキダッタヨォ―

「……そうかい。そりゃよかったな」


 恍惚とした声色で語ってみせる委員長に、英人は胡乱げな眼差しを向ける。

 まるで、こうなったことを喜んでいるかのようだ。


―マア、コウナッテスグノトキニハワケモワカラズ、テアタリシダイニオソウコトシカシナカッタヨ―

「襲う……ね」


 襲う、と言う言葉を聞いて英人の気配に剣呑なものが含まれる。

 湊たちは……恐らく彼らと行動を共にしていたはずだ。彼らがこうなってしまっているのであれば、その末路は当然一つだろう。もし委員長が二人を手にかけているようなことがあれば、会話を続ける意味も消滅するだろう。

 自らを射殺すような彼の眼差しに気が付いたのか、委員長は言い訳をするように片腕を上げて振ってみせた。


―アア、シンパイシナイデイイヨ。ヨクハオボエテイナイケド……ソレデモムサシクントミナトチャンハブジダトオモウヨ? アノフタリヲオイカケテイタヨウナキガスルカラネ。タブン、アキヤマクンモカレラニテヲダシテイナイハズダヨ―

「……そうかい。本当に、そうならいいんだけどな」


 委員長の言葉を聞き、ひとまず剣呑な雰囲気を収める英人。

 今の委員長の言葉を信じてよいものかは甚だ不明ではあるが、ひとまず湊たちは無事と考えておくことにする。

 今、二人はどこにいるのだろうか……。無事、どこか遠くへ逃げ遂せているとよいのだが。

 そんなことを考えている間に、委員長は話を進めていく。英人は湊たちの事を考えるのを止め、委員長の言葉に集中した。


―キノウ、ボクタチガコウナッタアト……シバラクスルトコエガキコエテキタンダ―

「声? なんの?」

―ワカラナイヨ……タダ、ソノコエハヤメロトイッテイタキガスルンダ。ダカラボクタチハガッコウニイルコトヲヤメテ、ソトニデタ……―


 委員長はどこか遠くを見るように、天井を見上げる。


―ソノアトシバラクハ、マチナカヲホウロウスルバカリダッタ……。モクテキモナク、リユウモナク。タダマンゼントマチノナカヲアルクダケ……ケレド、ソレモスグニオワッタンダ―

「何故だ?」

―カノジョニアエタンダ! ボクタチノトッテ、ハジマリトナルカノジョニ!!―

「始まり……だと?」

―ソウサ! ボクタチガコノスガタトナッタ、ソノオオモトデアル、カノジョニボクタチハデアッタンダ!!―

「―――」


 英人はギュッと拳を握り締めた。

 まさか、こんなところでぶつかるとは思わなかった。全ての元凶である、感染源らしい存在の情報に。

 逸る心を抑えながら、英人は慎重に問いかける。


「大元、ねぇ……何者だ、そいつは?」

―イッタトオリサ。ボクタチニトッテノハジマリ……モウシヌコトノナイ、クルシムコトノナイ、ソンナセカイヲツクリアゲルコトノデキルユイイツノソンザイサ―

「うさんくさいな」


 正直すぎる感想が英人の口を出る。

 委員長はそんな彼の言葉に気を悪くした様子もなく笑い声を上げた。


―ソウダネ、ハナシダケキクトソウダロウサ。ケレド、カノジョニアエバソンナカンガエモフキトブ! カノジョノオカゲデ、ボクタチハヤリナオセタンダカラ!!―

「やり直せた?」

―ソウサ! カノジョニアエタ! ダカライマノボクラガアル! カノジョニアエナケレバ、コウシテキミトハナスコトモデキナカッタカモシレナインダ!―

「へぇ。ひとまずは感謝すべきかね」


 内心苦々しく思いながらも、英人は一応同意しておくことにした。

 どうも感染源となる彼女とやら、並みの病気持ちというわけではなさそうだ。

 少なくとも化け物と化した輩に理性を取り戻す何らかの手段を持ち合わせているようだ。


「……そいつは、どうしたら会える? と言うか俺でも会えるのか?」

―アッテハクレルトオモウヨ? タダ、イマハダメダ。ボクラモタイミングガヨカッタカラアエタケド、イマハイソガシインダッテサ―

「忙しいのか……場所は? どこにいる?」

―チュウカンシノニシガワサ。デモイマナラドコカラデモアイニイケルカモネ。ゾンビノレツヲオエバイイヨ―

「ゾンビの列か。覚えておこう」


 今までとは比べ物にならないほどの情報が、これほど容易く手に入るとは。委員長の口が軽いおかげだろう。

 ――と、そのとき。背中にいる少女が英人の服のすそを引っ張ってきた。


「……ねぇ、いつまで話してるの? と言うか、このままはなしを続けてて大丈夫なの?」


 不安そうな少女。もっともな意見だ。

 今は普通に話を出来ているが、最初は秋山に近づこうとした英人の頭を砕こうと攻撃を仕掛けてきているのだ。気を許せる相手ではない。


「心配すんな。聞くこと聞いたら、殺してしまいだ」

「……わかった」


 英人の言葉に一つ頷き、少女は口を閉じる。

 背中にいる少女にどれだけ時間が残されているか分からない以上、あまり長居も無用か。聞きたいことは聞けている。後聞くとすれば。


「……ところで委員長」


 英人はなんて事のないような、軽い口調で委員長に問いかけた。


「お前らはここで何をやってるんだ? ここに来るまでに、うちの高校の連中がいたが、ありゃなんだ?」


 扉の向こうを指す英人。恐らく今でも、己の変異に苦しむ級友たちがのたうっている筈だ。

 英人のその問いに、委員長はこう答えた。


―ナンダイ、ソノコトカイ? カンタンダヨ、コレガサイゼンノサクナンダ!―

「最善の策?」

―アア、ソウサ! ボクタチモ、カノジョトオナジソンザイニナレバシナナイシ、イロイロナヤムヒツヨウモナクナル!―


 委員長は楽しそうに、本当に愉快そうに叫んだ。


―ゼンジンルイヲカンセンサセ、ミンナオナジニシテシマエバイイ! カノジョガソウイッタンダ! ダカラ、ボクタチモソウスルンダ! ナカマタチミンナ、オナジニシテシマウンダヨ!―




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