表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/103

中間市 -9:08-

「―――」


 足を止め、目を細める英人。

 天井にライトのようなものが見受けられず、辛うじて足元をかすかに照らす赤いライトが存在するばかり。

 今存在する光源も、今しがた下りてきた階段の上からこぼれる明かりだけだ。

 異様な場所である。まるで、あらゆる場所から隔離するために存在するかのようだ。

 辺りから感じているノイズは酷く篭って感じる。……なにか、狭い場所にでも押し込められているのだろうか。この異常な暗さといい、とても病院の地下室とは思えなかった。

 ……病院の地下には死体をしまう部屋があり、そこでは夜な夜な遺体を洗うアルバイトが行なわれているなどと言う都市伝説を聞いたことがある。まさか、それが事実だったとでも言うのだろうか。遺体を閉まってあった場所にウィルスが入り込み、死んでしまった人間を化け物として蘇らせたのか――。


「――っとぉ! 待ちなさいってばぁ!!」

「ひぃ……ひぃ……ひぃ……!」


 目の前の光景に思わず硬直していると、階上から助けた少女と少年が駆け下りてきた。

 よほど急いできたのか息は乱れ、着ている制服もそこそこ荒れている。少年にいたっては足を止めた途端にへたり込み、苦しそうな呼吸を繰り返している。


「ぜぇ……はぁ……!」

「置いていかないでよ! 私はこんなところに閉じこもるのはいやなんだからね!!」

「……そりゃ悪かった」


 駆け下りてきた勢いのまま詰め寄ってくる少女に小さく詫びながら、英人は彼女たちの背後にある階段を改めて見上げてみる。

 病院……もっと言えば公に存在する施設の階段としては妙に狭い気がする。両手を広げると人一人分のスペースしかないように見える。

 病院などの公共の場に属するような場所の階段はもっと広く設計されている気がするのだが……。


「あんたの後を追うのも大変だったし! っていうか階段が変な場所にあるし! 探すの苦労したのよ!?」

「妙な場所?」


 少女の言葉に、英人は思わず首をかしげる。

 そういえば、透明な化け物に連れ去られていく犠牲者の後を追うのに必死で、自分がどうやってここまで来たのかどうにもはっきりしない。

 少女は大きく頷きながら、胸を張り自慢げにこう言った。


「そうよ? 階段駆け下りていってもその先はなかったから見失ったかってビビッちゃったけど、割とすぐ近くに階段があってね? 誰かが引きずられていったみたいな跡もあったから、すぐにそこだって分かったわよ!」

「へぇ」


 割とすぐ近くに階段とは。少なくとも二階に上がるときには気が付かなかったというのに。

 などとぼんやりと考えていると、上のほうからなにかが擦れる音が響き始める。

 それと同時に、三人を照らしている明かりも小さくなってゆく。


「……え? あれ?」

「ひぃ、はぁ……な、なんだ?」

「………」


 音が聞こえ始めて数秒。重々しい音と共に完全に辺りは暗闇に包まれ、足元をかすかに照らす赤いライトだけが暗闇の中で微かな視界を確保する術となってしまった。

 しばし舞い降りた沈黙の後、小さく英人は問いかけた。


「……ちなみに階段のあった場所だけど、どこで見つけたんだ?」

「……そういえば、階段の傍の妙に長い壁のところにぽつんとあった……」


 英人の言葉に、少女は囁く様に返した。

 これではっきりとしたが、どうも今いる場所は普段は隠されている地下室のようだ。室内が暗室であるかのように妙に暗いのはともかく、下りてくる階段が妙に狭いのはこれで説明がつく。隠された場所なのだから広い階段は不要だろう。

 呆然とする少女を押しのけ、少年は大急ぎで階段を駆け上がり閉じてしまった扉をノックし始めた。


「あ、ああ!? く、くそ開け! 開けよぉ!!」


 幾度かノックを繰り返したあと、彼はなにかを探すように壁をまさぐり始める。


「ドアノブ……! 鍵、鍵はないのか!? 諮問認証でもカードキーでもいいから、なにか、なにか開くもの……開くもの!!」


 蜘蛛かなにかのように壁を這い回りながら、少年はぶつぶつと呟いた。

 だが、指に引っかかるようなものは一切なく、平らな壁面だけがそこに存在していた。


「鍵……! かぎぃ……!!」


 ずるずると絶望したように壁にすがりつきながら滑り落ちる少年の姿を見上げながら、英人は軽く首を横に振った。


「内側から開くようにはなってないらしいな」

「じゃあ、どうやって出るのよ……?」

「別の場所にコントロールできるなにかがあるんじゃないか? それがどこかは知らないが」


 呟きながら、英人は階段から目を離し、反対側の通路を睨み付ける。

 点々と等間隔に据えられている微弱な赤いランプはどこまでも続いており、しばらく進むと両脇に分かれる通路まで存在していた。

 暗さもあいまって、今いる地下室の構造や広さの見当がまったくつかない。このまま先に進むのは危険だろう。


「………」


 英人は迷わずノイズの感覚に頼った。目を使わずともノイズである程度部屋の広さがわかるかもしれない。危険な化け物が徘徊しているかどうかも、これである程度分かるはずだ。


「ちょっと……?」


 不意に黙り込んだ英人の背中にすがるように、少女が服の裾を掴んでくる。

 英人は好きにさせてやりながら、ノイズの感覚を手繰り寄せる。

 ……眼前に広がるノイズの数々が、地下室の大まかな形と広さを教えてくれた。


「……この地下室、そんなに広かないな。下にもまだ続いてんのか?」

「え?」


 ぼそりと呟いた英人の言葉に、少女は驚いたような声を上げる。


「な、なによ? そんなことも分かるの……?」

「大掴みにだけどな。……化け物どもの気配もするが、ほとんど動いてないな」


 英人の脳内に広がるノイズ。それは碁盤の目のような広がりを見せていた。

 規則正しく並んだノイズが、部屋の中に篭っているように右往左往している。感じたまま、部屋の中にでも押し込められているのかもしれない。


「部屋の中で動けないならいいが、動かないだと厄介だな……。通路の幅がこのまんまなら、相当狭いぞ」

「……ど、どこかに抜け道とか、コントロールルームは? ありそうなの?」

「ちょっと待ってろ。気が散る」


 英人は少女の言葉を遮り、さらに意識を集中する。

 ノイズが密集している部屋には化け物がいる。逆に言えば、ぽっかりと穴が開いたようにノイズが感じられない部分に化け物が近寄らなさそうな部屋がある可能性が高い。


「―――」


 意識を集中する英人。

 怪しい場所はすぐに見つかった。ノイズの分布位置的に、微妙に寸足らずな部分があるのだ。その部分だけ、削ったかのようにノイズが存在しない場所。

 そういった部分は地下室の中にいくつかあったが、恐らく一番近い場所がコントロールルームだろう。制御する場所から離して遠隔操作しているかもしれないが、そもそもそんな迂遠なことをする理由が英人には思いつかない。


「……それっぽい場所が近くにあるな。ひとまずはそこを目指すか」

「ほ、ほんと!?」

「ああ。死にたくなきゃ、離れるなよ」


 英人はそういって、先を歩き始める。

 少女は掴んだ裾を離さないように、慌ててその背中を追いかけ。


「……置いてくわよ!」


 今だ階段の上で壁にすがり付いている少年に声をかける。

 だが、少年は少女の声が聞こえていないかのように必死に壁を探り続けていた。


「かべ……! かべ……!! かべ―――」

「ちょっと! ……ねえ、どうしよう」


 距離が離れ、壊れたように呟く少年の声が聞こえなくなる。少女は不安そうに先を行く英人に問いかけた。

 だが英人は少年の行く末などさして気にせず、ぶっきらぼうに答えた。


「無理に連れてく必要もない。途中で暴れられるほうが面倒だ。それに、ここの化け物は人間は襲わないだろう? なら安全だろ」

「……そうかな」


 少女は不安げに呟き、もう一度少年の方を振り返る。

 声はとっくに聞こえない。だが、少年がこちらの様子に気付いた気配もない。

 少女の歩調が遅れ、英人は体が引っ張られるような感じがした。

 一瞬顔をしかめ、振りほどいてやろうかと考えたが、すぐに気を落ち着けるように頭を振って少女に声をかける。


「暗所恐怖症かなにかなんだろ。こっちで扉を開けてやれば、勝手に飛び出していくさ」

「……そう、よね」


 英人の言葉に少女は自らを納得させるように呟き、英人の足にあわせるように歩調を速めた。

 背中を引かれる感覚がなくなったのを確認し、英人は目の前の十字路を左に曲がる。


「曲がるぞ」

「曲がってから言わないでよ……」


 危うく英人の背中から手を離しかけ、少女はふてくされるように呟く。

 彼女の言葉に肩をすくめながら、英人は注意を促すように声をかけた。


「気をつけろ。この辺、化け物の気配が濃い」

「え、ちょ! どういう意味―――」

―GIGAAAAA!!!―


 少女が英人に問いかけようとしたとき、すぐ傍の壁から轟音が響く。

 壁になにかがぶつかるような音と、咆哮。それに怯えたように、少女は飛び跳ねた。


「きゃぁ!!??」

「……すげぇ声だな」


 英人はその爆音に顔をしかめ、足を止めて音のした方を見やる。

 やや狭い廊下の脇に埋め込まれるようにして存在していたのは、鋼鉄の扉。

 格子状ののぞき窓の向こうからは、なにかがこちらをぎらぎらした眼差しで睨みつけているのが分かった。


「……なんだこいつ」

「え? 一体何――ッ!?」


 英人の呟きに顔を上げた少女は、ようやく壁の中に埋め込まれた扉と、そののぞき窓からこちらを見つめている存在に気が付いた。


「な、なによ!? 何がいるの!?」

「化け物だろう。部屋の中に閉じ込められてるっぽいが」

―GIGUUUU……!!―


 英人の呟きの答えるように扉の向こうの化け物は唸り声を上げる。

 英人はその化け物から目を離し、反対側へと視線を向ける。

 ちょうど反対側には同じような扉が埋め込まれており、のぞき窓の向こうには暗闇が広がっていた。

 ……そして、その中に蹲る黒い影のような人の姿も見える。


―…………―


 じっと、静かに蹲っている黒いヒトガタは英人の存在に気が付いていないようだ。

 それを確認し、英人は進行方向に顔を向ける。

 暗闇の中で伸びる廊下の両脇には、等間隔で鋼鉄の扉が並び、さながら牢屋のような様相を呈していた。


「……化け物がここに閉じ込められてるな」

「う、うそ!? だ、大丈夫なの!?」

「まあ、大丈夫だろ。中に化け物がいるってことは、出てこられねぇってことだ」


 怯える少女にそう言いながら、英人は目的地に向かって歩き始める。


(ここが感染源かと思ったが……この様子だと違ってそうだな)


 化け物たちが詰め込まれているならここからウィルスの類が漏れ出したのかとも思ったが、だったら化け物たちがここにいるのも少しおかしい。外で元気に活動している化け物たちもいるのだ。原因となる場所にいつまでも化け物が捕らわれているわけもないだろう。


(ここはハズレ……だが、こういう場所がまだあるんだろうな)


 総合病院の地下にある、隠された部屋。その中に大量の押し込められている化け物たち。

 英人は他にもあるであろう、こうした隠し部屋の存在を確信しつつ、目の前のノイズが存在しない部屋の扉をゆっくり押し開けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ