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中間市 -8:53-

 恐らく、二人目までは偶然で片付けられるだろう。しかし、三人目となると若干話は変わってくる。

 今この町で中間高校の制服を着て、動き回っているであろう人間はそう多くはあるまい。

 今は夏休み。わざわざ学校に用事もないのに、好き好んで制服を着て歩く人間はいないはずだ。であれば、中間高校の制服を着ているであろう人間は、昨日夏期講習のために学校に集まった生徒たちや、部活動でたまたま来ていた者たちに限られる。部活動で来ていた者たちは……一番最初の襲撃の際にそれなりに数が減ってしまっていた。それらと夏期講習に来ていた生徒たちを合わせると大体百人に手が届くかどうかといったところだったろうか。

 その後英人が気絶させられている間に学校から出る人間と、学校に立て篭もる人間とに別れたはずだ。どちらのほうが比率的に多いのかは分からないが、それでも制服を着て中間市を歩いている人間は数十名程度ではないだろうか。

 だと言うのに、この総合病院に三人も中間高校の制服を来た人間が連れてこられたという。他にも生きているであろう人間はいるかもしれないというのに、だ。


「シッ!」


 最後のゾンビの首を殴り飛ばし終えた英人は、軽く手首を振りながら、少女たちの隠れている病室に声をかけた。


「……今ので最後だ。もう出てきても大丈夫だぞ」

「ん、わかったわ」

「え、もう……?」


 少女は小さく頷きながら外に出てくる。一方少年は英人の言葉を疑うように、恐る恐る部屋の外に出てきた。

 そして、外の光景を見て絶句する。折り重なり合うゾンビや化け物たちの死体。そのいくつかは頭部が粉砕され、体の上下が分断されている死体さえ存在していた。

 凄惨な病院の廊下、そして血まみれの英人の姿を交互に見て、二歩三歩下がり、病室の中へと戻ってゆく。


「……な、なんなんだ、これ? 一体、何があったんだよ!?」

「見ての通りだ」


 英人は吐き捨てるように言い捨て、別の病室の確認へと向かう。

 少年は怯えたように英人の背中を見つめ、体をぶるりと震わせた。


「……な、なんなんだ、彼……」


 強い恐れの篭った言葉。彼には理解できなかったのだろう。

 これだけのことを人間が本当になしえるのか。

 そして、それが出来る人間が本当に自分にとって安全なのか。


「化け物だってさ。人は食べないらしいけど」


 怯える少年に向けて少女は肩をすくめ、英人を追う様に歩き始める。

 そんな少女の背中に、少年はあわてたように声をかける。


「お、おい!」

「置いてくわよー?」


 ゾンビの死体を避けながら、止まることなく歩き続ける少女。

 床に転がっている全ての死体が、先を行く英人の手によって作られたものであるなどとは意識していないような動きだ。

 信頼か、諦観か。いずれにせよ、少年には彼女の背中も真っ当には見えなくなった。

 このまま外に出て、本当に大丈夫なのだろうか。化け物ではなく、あの男――英人に殺されてしまうのではないか?

 だが、ここを出なかったら化け物はまた現れるかもしれない。そうなったら、もう出る方法は……。


「……えぇい!」


 少年はしばし葛藤していたが、やがて意を決したように二人を追いかけ始めた。

 ゾンビの死体を避け、砕けた甲殻に躓きそうになりながらも、少年は少女の背中に何とか追いついた。


「ま、待ってくれ! 待ってくれよ……」

「置いてかれたくなきゃ、しっかり着いてきなさいな。……で、どうしたの?」


 少女は、少し先の扉の前で立っている英人の姿を見て、軽く首をかしげた。

 扉を開けたところで動きを止めていた英人は、少しして首を横に振って答えた。


「……絶望したかなにかかね。なんにせよ、もう駄目だな」

「駄目って……なにが?」


 少女は英人に追いつき、部屋の中を覗き込もうとする。

 だが、それより早く英人は扉を少し乱暴に閉じた。

 鼻先を掠める扉に驚き、飛びのきながら少女は声を荒げる。


「ちょ!? いきなりなにすんのよ!」

「女が舌を噛み切って自殺してる。うちの学校の制服を着てた」


 端的に中の状況を説明する英人。

 少女はその一言を聞き、スッと冷静な表情を取り戻して頷いた。


「……うん、わかった」

「襟首のカラーのラインが一年のだった。……部活で来てた奴かね」


 英人は一瞥で確認できた部分よりそう当たりをつける。一番初めの襲撃を生き延び、制服のまま何とか逃げ遂せていたところを化け物につかまり、ここまで連れてこられ絶望し……と言ったところであろうか。

 英人は少年の方を一瞥する。


「なあ、あんた。あんたが見たうちの学校の生徒ってのは一年生だったか?」

「っ!? い、いや……」


 英人に声をかけられた少年は、挙動不審になりながらも必死に首を横に振る。


「通り過ぎたのはあっという間だったし、隙間からちらりと見ただけだったから、そこまでは分からない…です……。でも、小柄で……女性だった……と、思い、ます」

「そうか。じゃあ、こいつかね」


 英人はそう判断すると、軽く腕を組んで廊下の壁に背中を預ける。


「これで、ここに連れてこられてるのはうちの学校の生徒が中心らしい可能性が高くなったわけだ……」

「……でも、なんでそんなことに?」


 英人の言葉に、少女は首をかしげながら問いかける。


「そもそも、化け物にこっちの認識とか識別が出来るの? その辺に転がってる……手足がキモいくらいに長い連中とか、個体認識も出来なさそうじゃん」

「個体認識できても、わざわざ僕たちを集める理由も分からないよ……。なんで、僕たちなんだ……?」


 少年も肩を落としながら首を振る。

 二人の意見を聞きながら、英人は目を閉じてノイズの場所を確認する。


「……だが、こっちを見つけて発音する程度に知能が残ってる化け物はいる。そもそも、個々で動いてるんじゃなくてチーム単位で動いてるような感じの連中もいた。誰かが、そういう指示を出してるのかもな」


 一階から三階のノイズはだいぶ消えたが、そこ以外のノイズは相変わらずだ。

 だが、ある程度掃除をし、時間を置いたことで地下のノイズ反応が割りと濃いことに気が付いた。病室のように徘徊しているのではなく、一箇所に固まっているようだ。

 眠るかのように瞳を閉じ、ノイズを探っている英人に少女が声をかける。


「指示? 一体誰が? 化け物が指示を出すって言うの?」

「そういう化け物にも会ったことがある。黒い肌と長い髪をした、化け物女だ」


 昨夜、小学校でゾンビの群集を操っているようにも見えた黒い女の姿を思い出す英人。

 あれはゾンビだけだったが、ひょっとして化け物も操れる個体がいるのかもしれない。


「どういう風に指示を出しているかまではわからないが、ここにいる連中は、そういう命令を受けて動いてる、と考えたほうがいいだろうな」

「……それなら、何でそんな指示を出すと思うんですか?」


 英人に不信の眼差しを向けながら、少年が質問してきた。


「僕ら中間高校の生徒を捕まえ、閉じ込めて……一体何のメリットがあると?」

「分かるわけないじゃん、そんなの。化け物の考えなんてさ」


 だが、少年に答えたのは少女であった。

 小ばかにするように鼻を鳴らしながら、少女は口を開く。


「ひょっとしたらー、あたしらを助けるつもりでやってるのかもよ?」

「それが……拉致監禁だと?」

「そ。……化け物に助けられるのは、あたしの趣味じゃないけどさ」


 少女は不愉快そうに肩をすくめる。ありもしない仮定を自分の口で告げていることに嫌悪感でも覚えているのだろうか。

 ……だが、辻褄は合うかもしれない。

 助けるつもりで拉致し、死なせないために監禁しているのであれば化け物たちの行動にある程度理由は出来る。英人に襲い掛かってきているのは、ひょっとしたら化け物たちから見たら英人は敵に見えているからかもしれない。

 ノイズと共に聞こえてくる化け物たちの声のようなもの。それが英人からも発生していて、化け物たちに届いているならば、中間高校の生徒を助けようとしている化け物たちにとって英人は敵だろう。少なくとも、異物ではある。


(……そんな風に仮定してみても、結局“誰が”“どうして”って部分は解決しないけどな)


 英人は嘆息と共に目を開く。結局問題はそこなのだ。誰の意図も見えない状況。礼奈を連れ去っていった化け物の動向。生きている人間を助けても、不透明な部分が多すぎる。

 このまま生きている人間を探しても同じことの繰り返しだろう。一体どうすべきか……。

 と、その時だ。


「―――ぁぁぁぁぁあああああ…………!!!」

「! 人の声!」


 階段のほうから、悲鳴が聞こえてきた。三人は一斉にそちらのほうへと視線を向ける。

 すると、中間高校の制服を着た少年が一人、宙吊りの状態で階段を下りてゆくのが遠目に見えた。

 だが、彼を中空に支えているなにかの存在は確認できず、さながら少年が空中でバタ足をしながら空を飛んでいるように見えた。


「は、離せ! はなせよぉぉぉぉぉ………!!」


 だが、少年の意思と関係なく体は飛んでいるらしく、暴れる彼は逃げようとしているらしいがそれが叶う気配はなかった。

 少年の姿はそのまま階下へと消えていったが、目にした光景が信じられずに少女と少年は絶句していた。


「……え? 何、今の……」

「宙に、浮いて、た……?」


 人が支えもなく、空に飛ぶなどありえない。ここにきて、ありえない現実が再び現れてしまった。パンク寸前の頭を抱え、二人はうめき声を上げる。

 しかし、英人には見覚えのある光景だった。あれは、礼奈が連れ去られたのと同じ状況だった。


「っ!」


 弾けるように駆け出す英人。そのまま一目散に階段を目指し、階下へと連れ去られていった少年を追いかける。


「え、ちょっと!?」

「あっ!?」


 背後から突然の出来事に非難じみた悲鳴を上げる二人の声が聞こえてくるが、もう英人の耳には入ってこない。

 眼前で起きた再びの誘拐劇。もう二度と目を離すまいと英人は一気に階段を駆け下りてゆく。


(あれがさらわれた人間であるならば、あれを追いかければ礼奈のいる場所にたどり着けるかもしれない……!!)


 英人はひたすらに駆け下りる。階段の段を飛ばして飛ぶように消えた少年を追いかける。


「―――たすけ、たすけてぇぇぇぇ………!!」


 涙の入り混じる悲鳴が聞こえる。声がするのは一階を超えた地下室に向かう階段だった。

 英人はさらに階段を駆け下り、地下一階に到着する。


「―――」


 待っていたのは、闇。ライトの光も差さないほどに、暗い闇が待ち構えていた。




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