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中間市 -8:17-

 英人の振るった手刀が唸りを上げて触肢人間の首筋を捕らえる。


「シッ!!」


 そのまま体ごと手刀を回し、触肢人間の頭部を一息に刈り取る。

 そのまま力なく廊下の上に崩れ落ちる触肢を飛び越え、怪鳥が英人へと飛び掛った。


「ウラァ!!」


 英人はそのまま後ろ足を蹴り上げ、怪鳥の腹部に踵を叩き込む。

 振り上げられた踵は鋭く怪鳥の腹に突き刺さり、鈍い音共にそのはらわたを粉砕した。

 軸足を中心に体を回転させて足に突き刺さった怪鳥を振り飛ばした英人は、忌々しげに唾を吐き捨てる。


「うっとうしい……。どれだけ群がってきやがるんだ、こいつら……」


 英人はそのまま背後を一瞥する。彼の背後には点々と、ここに至るまでに殺してきた化け物たちの死体が転がっていた。全て英人が素手でもって打ち破ってきた連中だ。

 礼奈が連れ去られてしまった今、もはや英人になりふり構うような余裕はなかった。自らが化け物である利点を最大に活かし、とにもかくにも前進し続けてきた。

 現在は全七階層にて構成される入院患者用の病棟区画の目の前まで来ている。礼奈がどこに連れ去られたのかは不明であるので、とりあえずまっすぐ歩いてきた結果だ。

 とはいえ完全に適当と言うわけでもない。こちらのほうへと向かう途中、頻繁に化け物たちの追撃があったのが根拠の一つだ。

 この病院に来るまでの間の化け物たちの不可解な行動が、一つの意思による統率された動きであるならば、追撃に来た化け物たちの行動にも当然意味があるはずだ。単純に考えれば、英人の迎撃。来て欲しくない方向に向かっているからこそ、化け物たちはこちらを迎撃しようとするのだと英人は考えた。

 ……安直ではあるが、今はとにかく動かねばならない。礼奈をさらった理由がはっきりしない以上、時間を掛けるのは良くないだろう。


「さて……」


 入院病棟直前で足を止めた英人は、目を閉じて意識を集中する。

 今まで周囲に敵がいるかいないか程度にしか使ってこなかった、ノイズの傾聴……というべきか? ともあれ、ノイズによる索敵をもっと意識的に使用してみようと試みる。

 感覚としては、目で見る感じに近い。自分を中心にした円形のレーダーがあって、建物の材質に関わらず、そこに何かがいる感覚を透視しているような感じだろうか?

 目を閉じることで生まれた闇の中に、ぼんやりと何かが浮かんでくる……と言うイメージだ。英人は化け物の感覚として無意識に忌避していたそれを積極的に受け入れてゆく。


「………」


 意識が広がり、感じられるノイズの数があっという間に増えてゆく。それに伴い、病院の全景もぼんやりとではあるが脳内に浮かんできた。部屋の中の小物までは無理だが、それでも病院の全体図がなんとなくわかる。ノイズがソナー代わりにでもなっているのだろうか? 奇妙な感覚だ。

 だが、英人はその感覚をありがたく受け入れ、より深く敵の現在位置を探ってゆく。

 これから侵入しようとしている入院病棟にはかなりの数の化け物たちがいるようだ。ゆらゆらとノイズがいくつも廊下を徘徊しているのがわかる。

 そして入院病棟に地下があるらしいこともわかった。こちらのほうにも相当数のノイズが感じられる。いくつかの部屋に密集している様子だ。動かない辺り、休憩でもしているのだろうか。

 ――と、ここまでノイズを観察していて、英人は奇妙なことに気が付いた。


「………?」


 もう少し、意識を集中してノイズの傾聴に神経を注ぐ。特に、二階から上の病室と見られる個室郡に。

 だが、どれだけ意識を集中しても、病室らしい個室の中からノイズを感じることは出来なかった。廊下を徘徊するノイズの数から考えて、部屋の中には化け物がいない……なんて状態は考えられないと思うのだが……。


「………どういうことだ?」


 英人は目を開けて、軽く首をかしげる。

 あれだけ集中したおかげか、目を開いている状態でもある程度ノイズの位置を感じることが出来る。

 入院病棟の一階にはあまりノイズは感じられず、二階以降にかなりの数がいる……だがやっぱり病室からはノイズが感じられない。


「……いってみるか」


 英人はポツリと呟き、駆け足で階段へと向かう。

 特に化け物たちの妨害もなく、英人は階段を駆け上がり、そのまま二階へと突入する。

 と、正面に現れるのは全身が甲殻で覆われた等身大の化け物。


―ギッ!?―

「チッ」


 巨人をそのままコンパクトにしたような化け物を前に、英人は軽く舌打ちをする。

 見たことのない化け物だ。どんな力を持っているのか、はっきりとわからない。

 だが、立ち止まっている暇もない。英人はそのまま前進し、甲殻人間と相対する。


―ゴォォ!!―


 瞬間、甲殻人間は大きく息を吸い込んだ。

 途端に体が膨れ上がり、さながら風船のような様相になる甲殻人間。特にボコリと膨れ上がった腹部が異様で、鋭く尖った無数の甲殻が刃のようにずらりと並んでいた。


「……まさか」


 甲殻人間の腹部を見て、英人は一瞬足を止める。

 膨れ上がった腹部と刃の甲殻。その使用用途と方法に思い至ってしまったのだ。

 しかし今英人がいるのは差して広くない廊下。逃げようにも避けようにも、とにかく広さが足りない。

 どうすべきか。その数瞬の迷いが、決定的な隙となった。


―……ンボァ!!―


 次の瞬間、甲殻人間の腹部がへこみ、その中にあった空気の圧力によって刃の甲殻が勢いよく飛び出した。

 弾丸にも匹敵しそうな速度で飛んだ刃が、英人の体を切り刻む。


「づっ!?」


 わき腹をかすめ、胸に突き刺さる甲殻。十分な重さを伴った刃の一撃に、英人の体がぐらりとよろめいた。

 甲殻人間はそれを好機と見て再び息を吸い込んだ。


―ゴォォ!!―

「くそったれ……」


 刃がまだ残る甲殻人間の腹部。次に何をするのかは想像に難くない。

 英人は小さく呟きながら、胸に突き刺さった甲殻を引き抜く。

 勢いよく鮮血が吹き上がり廊下を汚すが、それを一切気にせず英人は大きく振りかぶった。


「お返しだ……テメェご自慢のこいつでなぁ!!」


 握り締めた刃の甲殻を、英人は勢いよく投げ抜いた。

 空を裂きながら飛翔する刃は狙い違わず甲殻人間の膨れた腹にぶち当たる。


―!?―


 鋭い刃は風船にぶち当たったかのように甲殻人間の腹を破り、その向こう側に飛んでゆく。

 大きな音共に腹が破れた甲殻人間は破れた場所から臓物を取り落とす。

 痛みに体を句の字に曲げ、出来上がった傷を押さえる甲殻人間であったが、下がった頭を英人はがっしりと握り締める。


―ッ!―

「くたばれぁ!!」


 甲殻人間は慌てて頭を上げようとするが、それより先に英人は握り締めたその頭を下へと下ろし、勢いよく膝頭を叩きつける。

 スイカが砕けるような景気のいい音と共に、甲殻人間の脳髄がそこらじゅうへと飛び散った。


「クソが……」


 物言わぬ死体をその辺りに捨て置き、英人は二階の廊下を睥睨する。

 上がってきた英人の姿を見て慌てふためく触肢人間。そして、二階中のノイズが一斉に動き、こちらに向かってくるのがわかる。

 結構な数が動いているが、それにも動じず英人は不敵に言い放つ。


「こうなったら皆殺しだ……全員ぶちのめせば、なんだろうが関係ないね……」


 そのまま目の前で立ち往生する触肢人間へと近づく英人。

 ……その時だ。


「――だ、だれ!? 誰かそこにいるの!?」

「……ッ!」


 通り過ぎた病室の中から、怯えたような人間の声が聞こえてきた。

 声の感じからして若い……英人と同じ年くらいの少女の声だった。

 まさか生存者がいるとは思いもしなかった英人は、思わず声のした病室のほうへと顔を向ける。


「だれか……いるんでしょう!? お願い、いたら返事をして!」

「………」


 必死にこちらを呼ぶ少女の声に、英人は声を詰まらせる。

 果たして返事をして良いものか。彼女への返事がきっかけで、化け物に彼女が殺されるかもしれない。何も聞かぬうちにそうなっては、さすがに目覚めが悪い。

 そんな英人の逡巡を感じ取ったのかどうかはわからないが、少女はここぞとばかりに捲くし立て始めた。


「私、中間高校の三年生で……! 昨日、夏期講習に出たの! そしたら町がこんな有様で……! 学校から逃げたはいいけど、町の外に出られなくて! だから家に戻ろうとしたら、今度は化け物につかまっちゃって! 昨日の夜からずっとここに閉じ込められてるの! お願い、ここから出してぇ!!」

「……聞こえてるよ。静かにしてくれ」


 狙っていた触肢人間は、英人の逡巡を見てか姿を消していた。他のノイズと一緒にかかってくる気だろうか。

 ともあれ余り時間はないだろう。英人は声のする病室に近づき、軽くノックをしながら扉の向こうの少女に声をかける。


「っ! 誰、誰なの!?」

「アンタと同じ、中間高校の生徒だった奴だよ。妹と一緒にここに逃げ込んだんだけど、妹が化け物に連れてかれてな。今探してるんだが、小学校高学年くらいの子供を見たことは?」


 名乗らず質問だけよこす英人に少女はしばし沈黙を返したが、すぐに思い直したように返事を返してくれた。


「……みて、ない。私はずっとこの病室に閉じ込められてたけど、私以外は誰もこの部屋には……」

「そうか」


 英人は落胆のため息を吐く。知っていれば儲けもの程度ではあったが、やはり残念ではある。

 そんな英人の心情を察してか、少女は精一杯の猫なで声を上げながら、こちらに媚を売り始めた。


「ね、ねえ? 私をここから出して? もし、出してくれたら……私、何でも言うこと聞くわ。ねえ、いいでしょ? これでも体に結構自信が……」

「心配するな。外には出してやるよ」


 英人はその先を言わせないように、軽く扉を叩く。

 少女はその音に驚いたように声を詰まらせた。


「ひっ!?」

「そうビビるなよ。すぐに出してやりたいが……さすがに今は駄目だ」


 右側から三体の触肢人間、左側から群れたゾンビの塊が迫ってきている。

 それを睨みつけながら、英人は扉の向こうの少女に声をかける。


「化け物どもが寄ってる。こいつらを片付けなきゃ、先には進めないだろ?」

「化け物……!? あ、あなた大丈夫なの!?」

「ん……? ああ、心配するなよ」


 怯えるような少女に向かって、英人は凶悪に嗤いながらこう言ってやった。


「俺もただの化け物なんでな。すぐ済む。ちょっと待ってろ」

「――え」


 呆けたような少女の声を置き去りにし、英人は近場の化け物に飛び掛る。

 数瞬の間を置き、化け物の絶叫だけがしばし辺りを支配した。




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