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中間市 -8:27-

「適合者……そいつの、体の一部でもあったら……」


 ディスクの話を聞き終えた武蔵は、怯えたように瞳を揺らしながらディスクに向かって問いかける。


「そいつがあれば……作れるのか? 俺たちの中にある、CVを何とかできる薬が……」


 揺れ続ける瞳の中にある輝きは、しかし強い輝きを放っていた。

 諦めない。諦めたくない。可能性があるのであれば、すがりたい。

 そんな強い願いに裏打ちされた武蔵の瞳の輝きに目を細めながら、ディスクは小さく頷いた。


「……いかにも。適合者の細胞片があれば、そこからCVを完全に凍結させるばかりではなく、ZVに対する抗原を体内に宿すことさえ可能となる。もっとも、今の彼女に近づくのは通常人類ではおおよそ不可能だろうがね」

「何故ですか? 見たところ、ゾンビを取り込んでるばっかりで……特に動きが見受けられません。うまくすれば、ほんの少しくらいは……」


 湊もまた、諦めてはいないようだ。

 モニターの向こう側にいる適合者の少女とディスクを交互に見ながら、小首をかしげた。

 ディスクは湊の言葉を聞きながら、緩やかに首を横に振った。


「確かに彼女には動きがない。……だが、その周囲に存在するゾンビや変異者が動くだろう」

「ゾンビや変異者が?」

「ああ、そうだ。CVはZV感染者を引き寄せることも出来ると話したね? フェロモンや特殊な磁場を形成することで、CVはZV感染者をおびき寄せるわけだが……彼女はCVの発する磁場に干渉して、ゾンビや変異者をコントロールする術を持つ」


 ディスクはリモコンを手に取り、何度かボタンを押す。

 モニターの中の監視カメラの映像は少し小さくなり、出来た隙間を埋めるようにいくつかの資料映像が流れ出した。


「君たちも見た覚えはないかね? こんな、黒い肌をした変異者を」

「……これ」


 言いながらディスクが移したのは、長い髪と黒い肌を持った女の異形。

 昨晩、秋山が変貌してしまったあの姿だった。


「秋山……! 俺たちのクラスメイトの一人がこんな感じだった!」

「そうか。……この変異者の通称は“バンシー”。光を極度に嫌い、暗がりの中を蹲るか徘徊するかと言った単純な行動をとる個体で、光を浴びて発狂すると己の姿を見たものを殺そうとする。その際に、どうも周囲に存在するゾンビを支配下においてコントロールする性質を持っていることがわかった」

「ゾンビをコントロール……ですか?」

「ああ。あまり複雑な命令は出せないし、同じ変異者には干渉できないようだがね。適合者である彼女は、このバンシーが持つ能力の上位版と考えて差し支えない」


 ディスクは資料映像を切り、再び適合者の少女の映像を拡大した。


「見ればわかると思うが……ゾンビたちが適合者の元へと集まっているね?」

「ああ……ゾンビを飯にでもしてるのか?」

「さて、それはわからないが……ああしてゾンビたちが彼女の元に集まっているのは、彼女が磁場を通じてゾンビたちを操っているからだろう。ゾンビたちは自身の知覚できる範囲にCV感染者がいない場合は、生前の行動をそのままトレースする」

「生前の? どういうことだよ」


 怪訝そうな顔になる武蔵に、ディスクは簡単に説明し始めた。


「自己の繁殖を旨とするZVではあるが、あまり行動半径は広くないのだ。己の目的が果たせなくなると、ある種の休眠状態に陥り、宿主をコントロールしようとすることもなくなる。すると、肉体のコントロール権が元の持ち主に変わる訳だが……すでに半壊してしまった脳髄は自身の異常に気が付けず、そのままの状態で日々過ごしていたことを繰り返そうとするのだ」

「ZVの感染で、死ぬんじゃないんですか……?」

「いいや死なない。表現として便利なのでゾンビや生前といった言葉を使ったが……生物学的にはZV感染者は死んでいないのだ」


 ディスクは腕を組み、神妙な表情になる。


「ZVは宿主を操るが、宿主を殺すわけではない……。脳死判定も出せないので、ZV感染者は死んでいないとしかいえんのだ。もっとも、ZVに感染する際の傷が原因で死亡するものは少なくないがね」

「あれで、死んでねぇとか……嘘だろ……」


 言いながら、武蔵はモニターの向こうで適合者の少女に群がっているゾンビの群れを見る。

 誰も彼もがだらしなく口を開け、しまりのない表情でゆらゆら揺れている。

 その瞳には生気は一切感じられず、酷いゾンビになると傷口が膿み、強い死臭を放っているようにも見えた。

 だが、そんなゾンビも列が動けば自分も動く。まだ死んでいないことを主張するように、体を動かしているのだ。

 武蔵は死人が歩いているようにしか見えない映像を見上げながら、つばを吐き捨てた。


「……胸糞悪い。あれで生きてるだなんて、頭沸いてるぜ、アンタ」

「あくまで肉体的には、と言う話だよ。ただまあ、ZV感染者を一箇所に集めて放置しておくと、独自のコミュニティを形成するところまでは判明している。人とは呼べずとも、新種の生き物とは認められるだろう」

「認めたくないです。その論理はおかしいです」


 残念な人を見る目で湊は首を横に振る。

 まあ、ディスクの言うとおりにゾンビたちが新種のコミュニティを形成するのだとしても、新種の生き物とは呼べないだろう。

 第一、誰がそう呼ぶと言うのだろうか。結局のところ、彼らは人類のエゴによって消し炭にされる運命だと言うのに。


「……いささか、話がそれたか。ともあれ、ZV感染者にも自我と言うか、一定の行動を繰り返す程度の理性は残っている。だが、バンシーや彼女はウィルスの感染者たちの脳に干渉してコントロールすることが出来るのだよ」


 ディスクはそういいながら、武蔵と湊を見下ろす。


「……そして、君たちも例外ではない」

「……!」

「私たち、も!?」

「そうだ。……今回の騒ぎが起こった直接の原因が、まさにそれだったのだ」


 ディスクは呟きながら、ゆっくりと首を横に振る。


「耐久実験から彼女の体細胞を用いたワクチン作成……それらが終了した後、彼女はこの中間市に存在する地下研究所の一室に幽閉されていた。ZVやCVの研究はもちろん、彼女の体細胞は万能細胞としての可能性も秘めたきわめて優秀なものだったからね。……だが、ほんの二日前。彼女を幽閉していた部屋が突然開放された。内側からは当然開錠できないし、彼女が肉体変異を行なって破壊できないよう可能な限り頑丈な部屋に閉じ込めていたのだが……彼女はあっさり外に出た。たまたま近くを通りかかった、VC非摂取の新人研究員を操ってね」

「何でそいつはVCを打ってなかったんだよ?」

「来て間もなかったと言うのもあるが、VCの製作には彼女の体細胞が必要不可欠だからね。……当然の話だが、我々に対する彼女の心象は最悪だ。彼女に対し何か行動を起こそうとすれば、彼女は死に物狂いで抵抗したよ」

「……当たり前じゃないですか。彼女は、あなたたちに殺されそうになってるんですよ?」


 湊の見下すような視線に、ディスクは曖昧に頷いた。


「……その通りだな。結果として彼女の体細胞を採取すること事態が困難となり、VCの数も相応に限定されてしまった。その為、VCが尽きた後にやってきた研究員に対してのVC処置がどうしても遅れてしまった。……だが、後からVCを処置すればよいというのは油断であった。気付いたときにはこの研究所の至る所にCVが存在すると言う状況に陥っていたのだ」

「……そんなにウィルスとかの殺菌に関して杜撰だったのか? この研究所」


 胡乱げな眼差しをする武蔵。ウィルスを扱う場所で、当の研究素材による汚染事故が起こったなどと、普通であれば一発閉鎖ものの重大事故だ。実際、この研究所ももうまともには機能していなさそうであるが。


「まさか。ここで取り扱っているウィルスはZVやCVのみならず、種々様々なウィルスが存在している。その中には比較的平和な種類のものもあるが、大抵は外の世界で極めて危険と判断されるようなものばかりだ。ウィルスに関する対策は特に厳密に行なわれている……はずだった」

「はずって、どういうことですか?」

「……これは完全に油断であった。適合者である彼女の部屋には、中にいる彼女が窒息しないように換気扇が当然存在していたわけだが……彼女はそこから通じるエアダクトを利用して研究所全体を汚染していたのだ」

「エアダクトを通じて?」

「それって、そんなに簡単なことなんでしょうか?」


 通風孔を通じて……というのはスパイものの映画などにはよくある展開であるが、それがウィルスとなると……媒介としては使いやすいかもしれないが、その分対策も練られているのではないだろうか?

 そんな二人の疑問に答えるように、ディスクは小さく頷いてみせる。


「当然、言うほど簡単ではないよ。ダクトなどの循環設備は特に厳重に対策されている……。だが、それはあくまでウィルスに対してだ。これが胞子類となると微妙に話が変わってきてしまったのだ」

「胞子? っていうと……キノコみたいな?」

「その通り。彼女がダクトを通じて研究所にまずばら撒いたのは胞子だった。それらの胞子をダクトの出入り口付近に配置し、CVウィルスをばら撒く性質を持つ菌糸系の植物を培養したのだ。ダクトの中途に殺菌するための機構があろうとも、さすがに出入り口付近にそうしたものは備わっていなかった……。研究所全体を汚染しつくすのにかかった時間は、そう長いものではなかっただろう」


 なるほど、と武蔵と湊は頷いた。

 空調の出入り口付近にそうした汚染源が存在しているのであれば、殺菌室などは別として普通に利用する廊下などにはCVが十分に蔓延するだろう。


「この研究所はそれほど人の出入りは激しくない……だが、年に一人二人程度は新しい人間がやってくる。我々にしてみれば、どうと言うことのない当たり前の行為であったが……彼女にとっては十全なチャンスとなった」


 新しく入ってきた人間にはVC処置を行なえず、その体内にCVが感染するのに十分な環境であった。

 ……適合者は、そんな彼を操った。己の持つ全能を持って。


「まさか彼女がただのCV感染者まで操るとはな。以前調べたときには彼女の肉体や脳は普通の人間とそれほど構造的な違いはなかったが……今調べれば、恐らく別種と言えるほどに変化しているのだろう。特に、DNAがな」

「……つまり俺たちもあの適合者に操られちまう可能性がある、ってことか」

「君たちだけではなく、VC処置の行なわれていない通常人類は全てだろうな。今の彼女の周辺にはCVがばら撒かれているだろう……一息吸えば、それだけで全身が感染されそうなほどに、な」

「……下手をすれば、近づくだけで操られるかもしれないってことですか?」

「そういうことだ。それを抜きにしても、あの体躯にあの触手腕だ。よほど重装備でなければ近づくことは出来ないだろうさ」

「「………」」


 モニターの中で蠢く無数の触手を指差すディスク。

 群がるゾンビたちの胴体などあっという間に締め上げかねないほどの太さを兼ね備えたそれを見て、武蔵と湊は無言になる。

 確かに、あんなものが武器として振るわれてしまえば、並の人間どころか重武装した軍人でさえ近づくのは困難だろう……。




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