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中間市 -7:33-

「…………」

「…………」


 ZVが生まれた経緯を聞き、愕然となる武蔵と湊。

 核兵器をただ使うだけ……それだけのために、ZVは作られたのだと言う。

 世界で唯一、核兵器による被爆経験を持つ国に生まれた二人にとって、それはあまりにも信じがたい理由だった。

 幼い頃に見たことがある、核兵器を使用した際の悲劇を表したアニメや漫画……その凄惨な光景が武蔵の脳裏に蘇る。

 ――爆風の熱波を直接くらい、肌が爛れ、ずる剥けになり、赤い筋肉を剥き出しにしながら歩き回る人たち。身を焼き焦がすような熱さから逃れるべく、川に飛び込みそのまま絶命し、川は水ではなく人でいっぱいになった光景。

 そうした絶句するような激痛から逃れられた者たちは幸運にも建物の影に隠れられたか……あるいはただの黒い影と化したか。たった一発の爆弾が生み出した犠牲者は、十万人を遥かに超えたと言う。

 そして、核兵器が落とされて五年余りの間に、放射能被爆によって命を落とした人たちの人数は、それをあっさりと上回ると言う。

 つまりZVの誕生を願ったものたちは、あの光景を繰り返したいと言うことだ。あんな、人が人でなくなるかのような地獄を幾度も生み出したいと願っていると言うことだ。


「……馬鹿げてやがる」


 怒りも憎悪も通り越し、もはややるせなさだけを吐息に混ぜて一言呟く。

 ZVを望んだ者たちは、その光景を例え作られた映像であっても見たことが無いのだろうか? あの凄惨な光景を目に、脳に刻めば一発でも核兵器を撃とうと言う気概が無くなるはずだ。

 ……あるいはその光景を知るからこそ、それを望むのかもしれなかった。自国ではなく、敵国であるならば、いくら地獄が生まれようとも構わないはずだ。どれだけ人が死のうが、構わないはずだ。


「………一人の死は悲しみを生むが、大勢の死は単なる統計に過ぎない……って奴なのかよ……何考えてやがるんだ……!」

「……己に利することだろう」


 武蔵の呟きに答えるように、ディスクがポツリと言葉をこぼした。


「今の世界において、正当な侵略戦争の理由を生むのが難しくなっている。かつてであれば宗教や人種など様々な火種があったが、今となってはそれすら大火を生むには難しくなっている。肥大化した国を支えるに、自国のみでは当然為しえず、さりとて他国との貿易でも完全とは言いがたい。互いに追い落とし合い、そして己が頂点に立つことを考えているのだからな」


 ディスクはすっかり冷めたコーヒーを口元に運ぶ。

 そして一息ついて、口を開いた。


「……であればどうすべきか。答えは単純、“奪う”か“消す”かだ。だが、奪うのはもはや常套手段とは言えない。火種を起こさねば、奪いにはゆけないからな。であれば……消すのが容易いと言うことだ」

「……もっと、自国の成長を促して……そうして、利権を得ていくんじゃ駄目なんですか……!?」


 ディスクの言葉に精一杯の反論を返す湊。

 今にも涙をこぼしそうなほどに瞳を揺らし、彼女はディスクに噛み付いた。


「ひどすぎます……! 自分のために、たくさんの人を、地獄に叩き落してもいいって言うんですか……!? 自分さえ、良ければいいって言うんですか……!?」

「世界が成長の過渡期にあればよかったのだがな。だが、もう遅い。今の世界に成長の余地は無い。だからこそ、消さねばならないのだ。今以上に、利権や利益を得るためにはな」

「そんな……!」


 高度経済成長を終えた現代。世界には種々様々の技術が氾濫し、お互いに切磋琢磨を繰り返し、世界は豊かに、肥え栄えたかのように見える。

 だが、その実大きな問題を抱えてもいる。もっともわかりやすいのが、エネルギー問題。化石燃料の枯渇が懸念される中、中東の石油需要は肥大化し、生活に必要なガソリンの値上がりは止まらない。日本を含めた世界は新たなエネルギー開発に躍起になり、その活動拠点を宇宙にまで広げようとしている。だが、そうした開発にもエネルギーがいるため、大規模な宇宙開発に着手している国は、いまだに存在しない。

 今の世界は、まさに袋小路に行き当たっているかのようだ。この中で、己の居場所を確保しようと思ったのであれば……邪魔な輩を消すしかないのだろうか……。


「………?」


 と、そこまでディスクの話を聞いて、武蔵は一つ引っかかることがあった。


「……なあ、おい。ZVの来歴はわかった。どっかの偉いさんが、クソ忌々しい理由でそういうのを必要としたってことだろ?」

「その通りだ」

「じゃあ……あの化け物はなんだよ? あれもZVの研究成果の一つなのか?」


 武蔵の言葉に、ディスクは軽く片眉を上げる。


「あの化け物とは?」

「しらねぇなんて言わせねぇぞ? 空を飛ぶガリガリに痩せた人モドキとか……俺たちのクラスメイトが変わっちまった、あの化け物だよ」


 脳裏に浮かぶのは、変わり果てた秋山と委員長の姿。

 悲鳴を上げ、変容してゆく秋山。その秋山に殺され、無残な死体となっても動き続けた委員長。利権を得るというのであれば、いっそあれらの化け物を兵器として売り出したほうが利権を得られるような気がするが、ディスクはまだそのことについて言及していない。

 二人の姿を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔になりながらも武蔵は問いかけた。


「……ゾンビなんていえねぇ、妙な化け物だよ。あれも、ZVが体を変化させたもんなのか?」

「………いいや、違う」


 武蔵の言葉に、ディスクはゆっくり首を振った。


「違う?」

「ああ、違う……。ZVが持つ効果は、生物のゾンビ化のみ。通常、ZVに感染した生命体にそれ以上の変化は起きないのだ」

「……じゃあ、あれは一体なんだってんだよ。俺たちが見た幻とでも言うのか?」


 ディスクの言葉が信じられない武蔵は、蓮っ葉にそう返す。

 屋上から襲い掛かってきた怪鳥たちの鳴き声は今でも耳の中にこびり付いているし、奴らに噛まれた英人の血の熱さはまだ掌の中に残っている。

 秋山の変容はまぶたの裏に焼き付いて離れないし、異形と化した委員長の姿は夢に出てきた。

 あれらが幻だなどと、そんな事実が認められるはずが無い。そうでなければ、英人が外に追い出された意味がなくなってしまう。


「俺たちは見たぞ。空を飛ぶ化け物を。それを、あんたたち研究者が把握してねぇなんてことがあるかよ」


 武蔵の詰問に、ディスクは小さく頷いた。


「もちろん、知っている。君の言う空飛ぶ化け物はガーゴイル……我々の間で“変異者”と呼ばれる個体のうちの一つだ」

「……変異体、ですか?」


 ディスクが告げた変異体という言葉に、湊が小首をかしげる。

 ストレートな名称だ。この上なくわかりやすい。人間以外に変異しているのだから、変異者であっているだろう。

 だが、意図的に開発したものにつける名前とは思えない。わかりやすいのはいいことだが、簡素すぎるのもどうかと思う。

 そんな湊の考えを読んだわけではないだろうが、ディスクは静かに変異者の説明を始めた。


「ああ、そうだ。……これは、ZV研究の……いや、CV開発の副産物のひとつ。我々としては失敗作の一つと言ってしまってよいものの一つだ」

「あれが? 失敗作?」

「そうだ。ZVに求められているのは感染拡大により、大量破壊兵器の使用理由作成。だが、感染拡大といってもその範囲を制御できなければ意味が無い。ガーゴイルのように、下手な場所に飛んでいって不必要な感染が始まってしまうような個体が存在しては、本当に世界が滅んでしまう。ZVのスポンサーたちも我々も、そのようなことを望んではいない」

「……まあ、それは信じる。じゃあ、ありゃなんなんだよ? どうして生まれたんだ?」


 ディスクの言葉に、武蔵はしぶしぶ頷いてみせる。利権を得るために大量破壊兵器を使いたいと言うのなら、世界が滅ぶのは本懐ではあるまい。むしろ真逆と言える。

 だが、それなら何故生まれたのか? 必要ないのであれば、生み出さないほうが良いのではないか?と視線で語る武蔵に、ディスクは緩やかに首を振りながら答える。


「先に言ったように、あれはCV開発の副産物の一つであり、失敗作の一つ。CVはZVを脳に定着しやすくなるようにするために開発されたウィルスというのは説明したな」

「ああ」

「そしてCVはZVに感染しやすい環境を作るため、体に様々な変化を起こす必要がある。体温低下はもとより、ゾンビ化した人間がCVに感染した人間をスムーズに発見できるようにフェロモンや特殊な磁場を発するようにすると言った試行錯誤が行なわれた」


 ディスクの言葉に、湊は目を丸くする。


「え、フェロモン……? 磁場……? そんなこと、できるんですか?」

「できるできないではなく、必要だったのだ。ただ闇雲にぶらつくだけでは時間がかかり、感染拡大する前にゾンビを取り押さえられてしまう。故に、ゾンビには素早くZV未感染者に襲い掛かる必要がある。CVもまた脳を操るウィルスだ。フェロモンにしろ磁場にしろ、いじって放出させる分には問題は無かった」

「その発言自体が大問題だと思うけどな……」


 どっちにしろ、少し脳みそをいじっただけでは出せるようにはならないだろう。

 だが実際、ZVに感染したゾンビたちは中間高校を大挙為して襲い掛かってきた。恐らくあれがフェロモンだの磁場だのの効果なのだろう。

 まだZVに感染していない人間の居場所を感知し、自然とそちらのほうへと向かい、ZVを感染させてゆく。そうした自発的感染行為によって爆発的に増えるようにし、大国のエゴを叶えられるようにするという寸法なわけだ。


「……君たちも知っているように、ゾンビ化した者たちを誘導する仕組みを完成させることはできた。ZVの発症速度に感染速度。この二つを完璧なものにしたCVの存在。これで、スポンサーの求めを完全に叶えたと、“組織”は考えたのだが――ここでイレギュラーが発生した」

「イレギュラー?」

「ああ。先の変異者……これがCV感染者から発生してしまったのだ」

「………なんだって?」

「脳細胞を変質させたのが原因か、あるいはCVの毒素が原因か……ともあれCVに感染したものの中でもごく少数の人間がゾンビになる前に人ではない異形に変異してしまったのだ」


 ディスクの言葉に、武蔵と湊は呆然となる。それはつまり――。

 二人が自分の胸にわきあがった疑問を口にする前に、ディスクは説明の続きを始めた。




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