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中間市 -7:20-

「……じゃあ、なんでZVは潜伏期間があるんですか?」


 湊の単純な問いかけに、ディスクは静かに頷きながら答える。


「調査の結果、ZVが脳の一部を変容させるのに脳細胞をある程度ZVに馴染ませる必要があることが分かった。ZVの目的は己の増殖……そのために必要な宿主が死なぬよう、下準備が必要なのだ」


 ディスクの解答に、納得したように頷く武蔵と湊。


「……そっか、脳の一部ですもんね……」

「変に弄っちまったら、そのまま死ぬかもしれないのか」


 言われてみれば納得だ。脳は生き物が持つ器官の中で最も重要なものの一つだ。人間に思考を司り、生き物の体を動かす司令塔。そんな場所がある日突然変容してしまえば、どうなるか……。

 ZVの特性を考えると、脳死判定が下されてしまうかもしれない。であれば、確かにZVを馴染ませる期間は必要だろう。


「……で? その潜伏期間は? どんくらいなんだ?」

「ざっと一年前後。それが、ZVが下準備を行うのに必要な時間になる。

「……一年、って……」


 ディスクの言葉に呆然となる湊。

 その長さに驚愕したのではない。

 その言葉が信じられないのだ。


「そんなわけないじゃないですか! 私の学校の友達……えりなちゃんは噛まれてすぐにゾンビになりました! 一体どうしてなんですか!?」


 えりな……湊の学友の一人は、電話をかけたときにはもうゾンビ化していた。

 本当に噛まれてすぐにかどうかは不明だが、少なくとも一年もかかっているわけがない。


「どういうことですか!? 説明してください!!」

「お、おい、落ち着けって!?」


 いきなり吼える湊を落ち着かせようとする武蔵。普段であれば逆の構図だ。

 ディスクは吼える湊を見据え、冷静なまま言葉を紡ぐ。


「……一年。ZVをどんな目的で利用するにせよ、その潜伏期間は長すぎる。その問題を解決するために“組織”が開発したウィルスこそCV……Career Virusなのだ」

「そのキャリアなんとかが、一体なんなんだよ!?」

「Career Virus……CVはZVの潜伏期間中に引き起こす遺伝子変容のための定着を行うためのウィルスなのだよ」

「変容の定着……?」

「言ってみれば、分業なのだよ。CVで感染者の脳を変容に耐えうるようにし、ZVでゾンビ化を引き起こす……。一人であれば時間のかかる作業も、二人で分担すれば単純な効率は二分の一。それぞれがそれぞれの行程に特化していれば、さらに効率は上がるだろう?」

「た、確かに……」


 少し違うかもしれないが、水と油を混ぜるのに石鹸水を使うようなものか。水にただ油を注いだだけでは二つの液体が混じるのに相当時間を浪費するだろうが、その間に石鹸水を挟むことで混ざりやすくするわけだ。


「ある目的のためにZVの利用法を模索する中で開発されたCVは絶大な効果を発揮し、CVに感染してから短ければ一時間程度でZVの即時感染を引き起こすことができるようになった。CVがあれば、ZVの潜伏期間は最長でも一日前後まで短縮できるのだ」

「……とんでもねぇウィルスだな」


 武蔵の言葉に頷きながら、ディスクはさらに説明を重ねる。


「それだけでなく、CVは感染者の体温低下を始めとする、ZVに感染しやすい環境作りまで可能となった」

「体温低下って……」


 その言葉に、武蔵は心当たりがある。

 霧が広まった途端感じた寒気……あれは霧だけではなく、いつの間にか感染していたCVが原因でもあったのだ。

 だが湊はそんなことはどうでもよいと言わんばかりにディスクをねめつける。


「……体温低下がどう感染しやすい環境に繋がるんですか?」


 鬼気迫る表情になり始めた湊に、ディスクは淡々と説明を続けた。


「体温低下はすなわち運動能力の低下……つまり、ゾンビ化した者からの逃走を難しくするのだ。そうして感染者を広げ、広範囲にZVをばら撒くのがCVの役割だ。ZVと違い、CVは空気感染するウィルスというのも感染を容易なものとしている」

「……そんな、偉そうに……!!」


 どこまでも淡々としたディスクの説明に湊はまた激高しかける。

 武蔵はそんな彼女の気持ちは理解したが、説明を遮られてはいつ終わるかわからないし、気になる点もある。

 片手をあげて彼女を制しながら、武蔵はディスクに問いかけた。


「……ご高説の最中に悪いんだけどさ。ZVってなんの役に立つんだよ? パッと見ゾンビたちの身体能力が上がったわけでもなさそうじゃんか」


 ZVの性質は自己増殖。そのための手段に人間を始めとした生物を利用しているのだろう。

 そのために感染した宿主の身体能力を上げるのであればわかるが……街に現れたゾンビたちにそんな兆候はなかった。少なくとも学校の扉のガラスを割る力は連中にはないし、即席のバリケードも突破できなかった。ZVに身体強化の作用はないのだろう。

 そこで思い出されるのは、昨日学校を襲った化け物や、委員長や秋山が変貌したあの姿だった。


「……ひょっとして、ZVにゃ人間を変化させる毒素みたいなもんがあったりすんのか? “組織”はそれに目を付けて……」

「いや。先に説明した通り、ZVはゾンビ化を引き起こすが、それ以外の性質は持たない。そもそもZVが作用するのは脳の一部領域のみで、それ以外に対しては無力なのだ」

「じゃあ――」

「突然だが」


 いったい何故?と問いかけようとする武蔵を制し、ディスクは先を続けた。


「……ZVは熱や寒さに強いが、ある一定の波長に極めて弱い性質を持つ。その性質を持つゆえZVは空気感染できず、粘膜感染に頼らざるを得ないのだ」

「……ある性質?」

「そう。ZVそのものは電離・非電離問わずに放射線に極めて弱い性質を持つ。その弱さたるや、人体にそこまで悪影響を及ぼさない紫外線を短時間浴びるだけで殺菌されてしまうほどだ」


 紫外線にすら殺菌されるウィルス、ZV。そう言われてしまうと、大した脅威を感じなくなる。紫外線は常に地球に降り注いでいる。生物の体内以外では、ZVは生きていられないわけだ。


「……だったら、ZVってそんなに脅威にならないんじゃないのか? 紫外線で殺菌できるんだろ?」

「ああ。だが、それはあくまでZVが直接浴びた場合だ。体内に侵入したZVを紫外線で殺菌することは難しい」

「あ、そうか……」


 武蔵の疑問を、ディスクはたった一言で返した。

 確かに、体の中にあるウィルスまでは紫外線も殺菌できない。ZVにとって生物は繁殖のための手段であると同時に、己の身を守るシェルターでもあるわけだ。

 そこまで説明し終えたディスクは、不意に声のトーンを落とす。


「……だが、体内に侵入したZVを確実に殺菌する方法がある。しかも、このように広範囲に広がったZV感染者……すなわちゾンビを一掃することもできる」


 ぼそぼそと呟くようなディスクの言葉に、湊は再び懐疑的な視線を送る。


「……そんな方法が、本当にあるんですか……?」


 そんな便利な方法が果たして存在しうるのか?

 そう言外に問いかける湊に対して、ディスクははっきりと告げる。


「ある。君たちにも覚えがあるはずだ。直接知らずとも、歴史の流れの一つとして、君たちは……君たちの国は唯一、この方法を体験しているのだから」

「……? 何を言ってるんだ、あんたは? そんな方法が……」


 一瞬、彼が何を言っているかわからなかった。

 だが、武蔵はZVの性質である放射線に弱いという言葉を思い出す。


「……放射線……。なあ、まさかとは思うんだけどさ……」


 放射線。この一言で思い出されるもの。


「なにかね」


 そして武蔵達の暮らすこの国……日本が唯一体験したという、その方法。


「まさか……その方法って……爆弾、だったりしないよな……?」


 その答えは、二発の爆弾。

 世界でも、たった一国だけ。日本だけが受けた、大量破壊兵器。

 その存在を否定したくて問いかけた武蔵の言葉に理解を感じ、ディスクは大きく頷いた。


「なんだ――わかっているではないか」

「え……? っ! まさか!?」


 湊も一瞬遅れ、その爆弾の存在を思い出す。

 彼女がその名を口に出す前に、ディスクがZVを殺菌する方法を述べた。


「お察しの通り……ZVを確実に殺菌する方法は、君たちの国にも落とされた原子爆弾……この世界にある最悪の大量破壊兵器である核爆弾のことだ。核爆弾を一つ、ZV感染区域に落とせば一撃で全てのZVは死滅する。……もっとも、しばらくその地域に近づくこともできなくなるだろうが、その影響もなくなることは君たちの国が証明してくれている」


 淡々とした説明を聞き、武蔵の脳裏にさらに嫌な考えが思い浮かんでしまった。

 まるで核兵器の使用を前提としているかのような、ZVの殺菌方法。


「……まさか。まさかよ……CVとやら作ってZVを使えるようにした理由って……」


 武蔵はごくりとつばを飲み込み、問いかけた。


「……核爆弾を、使う、ためじゃないよな……?」


 まさか、そんなばかな。

 そう目で訴える武蔵に向かって、ディスクは間髪入れずに肯定した。


「聡明だな。まさしくその通り……。世界に非難されず、核兵器を使用するためにZV、そしてCVが開発されたのだ」

「……んなあほな」


 全身から力の抜けた武蔵が、椅子の背もたれに全身を預ける。

 そんなバカな話があるのだろうか。核兵器を使うためだけに、街一つをゾンビで埋め尽くすなど。


「なんで、そんな……手段と目的が逆じゃねぇか!! 核兵器を使うためにゾンビを増やすんじゃなくて、増えたゾンビを殺すために核兵器を使うのが普通だろ!!??」

「その通り。君の言っている通り、これでは手段を目的としてしまっている。意味を問うのであれば、これほど無意味なこともあるまい」


 吼え猛る武蔵に向かって頷き、肯定するディスク。

 だが彼はどこまでも淡々と、冷静な――いっそ冷徹な眼差しでつぶやいだ。


「……だが、それが今の世界なのだよ。確かに、表面上は平和だ。だが、この世界で生きている国家元首という連中は、隙あらば敵国を潰したくて仕方がないらしい。それも合法に、しかも一瞬でケリの突く核兵器を使用して、な」


 ゾンビ滅殺が合法かどうかはともかく、仕方のない方法であるとは言われるかもしれない。

 CVのおかげとはいえ、感染して一日以内、最悪一瞬でゾンビと化すウィルス。その感染力は、たった一日で中間市が汚染される程だ。いや、一日もかかっていないかもしれない。

 それほどのウィルスを前に、核を撃つななどと言える国があるか? 大を活かすために小を殺す決断こそ、国を支える元首や首相といった者たちに求められる資質だ。

 国を守るため、街一つを核で焼く。非難こそされるかもしれない。だが、否定はされないかもしれない。国を……あるいは世界を守るため、仕方ないと言われてしまうかもしれない。

 湊は愕然としながら、ディスクに問う。


「……いったい、どこが、そんな依頼を……?」


 何者が、発端なのか。

 それに対する答えは、無慈悲であった。


「……名前を伏す必要はないな。君たちが知る限り、全ての核保有国家が今回の一件における首謀者であり、依頼者だ」

「………」

「………そんな」


 言ってしまえば、力を持つ国家のほとんどだ。

 核兵器は良くないものだと、世界は叫ぶ。だが、その懐には何十発もの核兵器が収められている。

 つまり、世界そのものがZVの存在を望んだということなのだ……。






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