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中間市 -6:07-

 ディスクはコーヒーを啜り、何から話すべきかゆっくりと思案する。


「……大雑把に噛み砕いて言うのであれば、“機関”とは秘密結社のようなものだ」

「秘密……結社……?」

「悪の組織って、奴か?」


 ディスクの言葉に武蔵は噛みつかんばかりの敵意を放つが、彼は鷹揚に首を横に振って否定した。


「いや、悪の組織ではない。君の言うところの悪の組織は、世界征服を企んだりする輩だろう?」

「違うってのかよ?」

「ああ、違う。“機関”の下地は世界そのものだからだ」


 ディスクの発言を聞いて、武蔵と湊の思考が数瞬止まった。


「……は?」


 意味がわからない。たった一言、息が漏れたような言葉にあらん限り込められたその感情を、ディスクは正確に読み取ったようだ。


「世界を征服する必要などないのだよ。世界が望んで完成したのが“機関”なのだ。組織としての固有名詞を持たないのも、そんなものが必要ないからだ。この世界が存在する限り、“機関”は存在し続けるのだからな」


 彼はそう補足を入れてくれたが……二人は余計に混乱する。

 あまりにもあいまいというか……概念的な話し方だ。

 よく、高度なレベルを持つ技術者の話はよくわからないなどという笑い話を聞くが、なるほどと武蔵はぼんやりと納得した。

 今の説明も、ディスクの中では明瞭な部類に入るのだろう。一般人にはまったくといっていいほど理解も共感もできない内容だったが。

 湊は額を押さえながらも、果敢にそのことを訴えようとする。


「……あの、何がなんだか……はっきり、わかりません……」

「ふむ……やはり、自分の知る知識を万人に平坦に伝える、というのは難しいものだな……」


 ディスクは湊の言葉から、二人が理解してくれていないという一点を汲み取り、小さくうなり声を上げる。

 しばらくして、ディスクはポツリとこう説明した。


「………世界中の先進国が、“機関”のスポンサーである……と言えばわかるかね?」

「……世界中の?」

「先進国が……?」


 二人の声色に理解を見て取り、ディスクは小さく頷いて説明を続ける。


「ああ。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、ロシア……どこでも構わない。君たちが思いつく限り「技術が進んで」いたり「経済的に発展して」いる国を思い浮かべればいい。それらは全て“機関”のスポンサーであり、“機関”は彼らの依頼を受け、種々様々な技術を開発すべく日夜活動している組織だ。活動範囲は世界中の全て。この国、日本は当然として、ユーラシア、アフリカ、オーストラリア……南極を除く全ての大陸全土に“機関”の支部が存在している」

「「………」」


 “機関”とやらの概要こそつかめたが……その内容はおおよそ信じがたいものであった。

 世界中の国をスポンサーに持ち、それらのために様々な技術を開発すべく活動している組織……。

 そんなものが実在しているのであれば、何故誰も知らないのだ? そもそも、世界中の国と接点を持つのであれば、何故今もなお戦争はなくならないのだ?

 しかも活動範囲が世界中と来ている。もはや与太話としても笑えないレベルだった。


「そんな……信じられません」

「そんな組織があるんなら、何で俺たちはそれを知らないんだよ。そんなでかい組織が、誰にも知られずに活動できるわけないだろう!」


 はっきりとした否定の言葉。それを受け、ディスクは納得するように頷いた。


「君たちの言葉も理解できる。あまりにも、荒唐無稽だろう? 私も、こうして“機関”に属す前はそう思っていた。……納得できるかどうかはわからないが、誰にも知られていないとされている理由ならいくつか存在する」


 ディスクは一拍置き、二人がまだ静聴してくれているのを確認してから、理由を口にした。


「一つは“国絡みである”からだ。“機関”のスポンサーには当然日本も含まれる。国が協力してくれているので、こうして大規模な活動ができると言えるだろう」

「……それは誰も知らないの理由にはならねぇだろ」


 胡乱げな眼差しでディスクを睨む武蔵。

 彼の視線と言葉を当然のものと受け入れ、ディスクは頷いた。


「うむ。もう一つの理由は“非合法である”からだ」

「非合……法?」


 その言葉を、湊は小さく繰り返す。

 それは、つまり一般的には禁止されているような薬物を使った実験を行なうというものだろうか。

 武蔵と湊はディスクの次の言葉を待った。


「ああ。例えば、君たちの国でも騒ぎになったことがある化学物質を用いたテロ事件……。今なお世界に深い爪痕を残す痛ましい事件だったが、“機関”においてはこうした化学物質テロを実際に再現し、世界各国に対策プランの一環として提出するという活動も存在する」


 ディスクが語って見せた内容は、武蔵と湊の想像を遥かに上回るものであった。


「………………は?」


 彼の言葉の意味が理解できず、言葉を失う二人。

 ディスクはそんな二人に構わず、さらに説明を続けた。


「机上ではなく、現実において、可能な限りテロが起こりうる現場を再現し、化学物質と生きている人間を利用して、どの程度の被害が発生するか、どのような対策を講じれば被害を食い止めることができるかの試行錯誤を――」

「……待てよ。待てって!!」


 理解ができず武蔵は慌ててディスクを止める。

 彼の制止にディスクはおとなしく、口を噤んだ。


「……えぇっと……待ってくれ、頼む」

「ああ。君の言葉がまとまるまで待とう」

「……ありがと。ええっと……」


 混乱した頭を何とかなだめ、武蔵は半笑いになりながらディスクへと問いかけた。


「……つまり、“機関”は、テロ組織ってこと?」

「その表現は間違っているな。テロリズムは政治的目的を持って行なわれる行為を指す。組織の実験行為に、政治的目的はまったくない。まあ、政府からの依頼で行なわれる実験は数多く存在するが……」


 ディスクの言葉は的を射ているかのように冷静なものであったが、武蔵の得たい回答ではなかった。

 自らの問いかけが間違っていたことに気が付いた武蔵は、そのまま感情に任せて言葉を吐き出した。


「……ああぁぁ、そうじゃねぇよ!! なんだ、“機関”ってのは人殺しもするのか!? しかもテロ!? 無差別に、何人も殺してるってのかよ!!」

「実験の過程で死者が出ることは否定しない。その犠牲者の人数も、私が知る限り一万程度ではまだ足りないほどだ」

「―――なん」


 武蔵の吐いた言葉に対するディスクの回答は、どこまでも冷静……いや、平坦なものであった。

 そこに一切の感情は含まず、ただ事実のみを彼は語っている。

 言葉を失う武蔵と絶句する湊に、ディスクは淡々と言葉を紡いでゆく。


「不思議かね? だが、この国だけでも年間八万程度の人間が行方不明となっている。そのうちの何割かは、“機関”の実験のためにこうした地下施設へと移送され、実験に利用されているのだよ」

「――っで、そんなにぃ……!!」


 どこまでも淡々とした回答に、ついに武蔵の限界が訪れた。

 その顔を怒りに染めた武蔵が、ディスクの胸倉を乱暴に掴んで問答無用で吊り上げた。


「平然としてられんだ!! ええっ!?」

「っ……」

「武蔵君!?」


 武蔵に襟首を吊り上げられたディスクは息を詰まらせる。

 ディスクの事を一切顧みない武蔵の暴力的な行動に湊は驚きの悲鳴を上げる。

 武蔵は湊の悲鳴を一切意に介さず、さらに無遠慮にディスクの襟首を締め上げた。


「人を殺してぇ!! 他人を利用して!! 実験!? 実験してるだと!? 正気かテメェ、一体なに考えてやがる!!」

「………」

「つまりこういうことか!? 今、俺たちが暮らしてた町が、あんな地獄みてぇな状況になってんのは!! 全部テメェら“機関”がやらかした実験が原因ってことか!? ええっ!?」

「……そういうことだ」

「だ・か・ら、何でそう平然としてられんだよクソがぁぁぁぁぁ!!」


 武蔵は怒りに身を任せ、ディスクの体を問答無用で投げ飛ばす。

 素人の、力だけに任せたその一撃を受け、ディスクは地面に叩きつけられそのまま転がってゆく。


「づっ!?」

「つまりテメェが! テメェらが! 全部、全部やらかしたってことだろうが!!」


 地面に叩きつけられて息を詰まらせるディスクに、武蔵はさらに詰め寄ってゆく。

 目の前に座り込んでいるディスクを今にも殺しそうな勢いだ。

 だがディスクは武蔵を見上げ、どこまでも平坦に彼に向かって頷いた。


「そうだ」

「―――てめぇぇぇぇぇ!!」

「武蔵君、やめてぇ!!」


 ついにぶちギレてディスクに殴りかかろうとする武蔵を、湊は体を張って止める。

 振り上げたほうとは反対側の腕にすがりつき、何とか武蔵が前に進もうとするのを止めた。

 湊にすがりつかれた武蔵は、かすかに残った理性のせいで無理やり彼女を引き剥がすことができず、足を止めてしまう。


「離せ、湊……! 離せぇ!!」

「駄目! そんなことしても、誰も喜ばないよ! 英人君だって、きっと止めるよ!!」

「ふざけるな!! こいつが……こいつのせいで、みんなも、英人もぉ!!」

「やめてぇ!! 武蔵君、そんなことしちゃ駄目だからぁ!!」


 怒りのあまり壊れた涙腺から涙を流す武蔵。

 湊もまた、涙を流して武蔵を止めようとする。

 ディスクはそんな二人の様子を静かに見つめ、ゆっくりと立ち上がる。

 そして襟を正しながら、ディスクは湊に向けて呟き始める。


「……彼を止めるかね。彼の怒りは正当なものだろう。一研究者として、私もその怒りを真摯に受け止める義務がある」

「いい度胸じゃねぇか……!」

「やめてください!! 武蔵君に、人殺しなんて……!」


 ディスクの言葉に武蔵は凶悪な笑みを浮かべ、湊は険しい表情で彼を睨み付ける。

 まるで命を自ら捨てるかのような発言に、今度は湊が怒りの言葉を吐き出した。


「私はあなたに死んで欲しくないわけじゃないんです! ただ武蔵君に、人殺しになって欲しくないんです!!」

「構うなよ湊……! これもそいつら“機関”の言う実験の一環だ……! 自分のミスで、荒れ狂った暴徒に殺されるって結果のな!!」

「その通り。例えどのような形であれ、今回の研究に携わった私には、そのミスに対する責任を何らかの形で負わねばならない」


 ディスクは武蔵の怒りが正当であると認め、自ら全ての責を負うと認めた。


「……だが」


 その上で……彼は目の前の二人に向かってこう告げた。


「叶うことならば、最期の瞬間まで研究者としての任は全うさせて欲しい。私が何者か、それを話した上で……君たちには最後まで説明しなければならないことがある」

「そんなものはねぇ! 今ここで、テメェをぶっ殺して――」

「君たちがすでに罹患しているウィルスに関する話だ」


 声を荒げる武蔵の叫びの中でも、不思議とディスクの一言はよく聞こえた。

 武蔵と湊は一瞬で黙り、ディスクを見つめる。

 彼の表情の中に一切の偽りがないと悟った二人は、彼がたった今継げた言葉を繰り返す。


「……すでに、罹患している……」

「うぃ、るす……?」

「そうだ」


 ディスクは頷き、ゆっくりとその先を告げる。


「今君たちの体内には極めて危険なウィルスが存在している。一研究者……そして医者の一員として、その危険性と対策について君たちに話さねばならないことがある」

「「………」」

「聞いてもらえるね?」


 ディスクのその一言に、二人はただ頷くことしかできなかった。






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