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中間市 -21:08-

「……っと」


 すっかり暗闇に慣れた目がしばし焼かれ、しばしまぶたを開くことができないでいたが、それもすぐに収まる。

 明るい教室を見て、女子が大きくため息をついた。


「ハァ……やっぱり、明るいほうが安心できるわよね」

「だな……。暗いまんまじゃ、なんか落ち着かないもんな」

「あ……あ………!」


 電灯を見上げ、委員長はこの世の終わりのような顔で叫ぶ。


「ど……どうするつもりだ!? この明かりを見て、化け物たちが集まってきたら!! 今度こそ死ぬぞ……皆死ぬんだぞ!? それでいいのか、お前たちは!!」


 あからさまな焦燥と恐怖。怯えて動けなくなってしまっている委員長を見て、武蔵たちはため息を付いた。


「どんだけびびってんだよ、委員長……」

「さすがにないわ、それは」

「キモッ……。一人でそうして泣いてれば?」

「み、皆……」


 辛辣な三人の物言いに、湊は何とか委員長へかける言葉を捜すが、よい言葉が思いつかず、結局口を噤んでしまう。

 震える委員長からはすぐに視線を外し、三人は今後について話し合うことにした。


「……まあ、それはそれとして、これからどうするよ?」

「逃げるのも……ありっちゃありだよね、さすがに。ここまで誰も助けにこないとなると、さ」

「黒沢たちが逃げ延びていてくれれば、待ち続けるのが正しいんだろうけどな。あいつら今どこに――」

「――イイイイィィィィィアアアァァァァァアァァァッァア!!!!????」


 耳を劈く、突然の悲鳴。

 武蔵たちは思わず耳を塞ぎ、それから音源のほうへと視線を向けた。


「な、なんだいきなり……!?」

「アアアァァァァァァァァアァアアァァァァァァァァァァァ!!!!」


 髪を振り乱し、顔を手で覆い、あらん限りの声で叫んでいたのは秋山であった。

 手櫛さえ入れていない肩ほどまで伸びた黒髪はあらぬ方向に飛び跳ね乱れ、彼女の荒れ具合を示しているかのようだ。

 委員長は一瞬、顔に喜色を浮かべ、すぐにそれを取り繕って秋山の下へと駆け寄った。


「あ、秋山君、落ち着くんだ……!」

「アアアアアァァァァァァァァァァァッァァ!!!!」


 肩に手を置かれ体を揺すられても、秋山はそれに気が付いていないかのように必死に悲鳴を上げ続ける。


「クッ……!?」


 委員長は超音波のような悲鳴を至近距離で喰らい、かすかにめまいを起こしたように体を揺する。

 だがすぐに頭を振って我を取り戻し、電気をつけた武蔵たちの方を睨んで秋山にかき消されないように大声を上げる。


「オイ!! 秋山君が怯えているんだぞ!? 彼女だって不安なんだ、この明かりで化け物が寄ってくるかもしれないと!! 今すぐ消すんだ!!」

「そんなわけねぇだろ!! そもそも外の霧だって晴れてねぇんだぞ、化け物らはどうやってこの部屋の明かりを見つけるんだよ!!」

「そうよ!! やっと明かりがついて安心できたのに……また消すなんて真っ平よ! 明かりがいやなら、二人で暗いとこに避難したら!?」

「アアァァァァ……アアアァァァァアッァァァァァァア!!!!」


 怒声を浴びせ合う委員長と、武蔵の隣に立つ男女。意見は平行線を辿り、互いにただ罵声を浴びせ合うだけとなった。

 だが、秋山はそれさえ耳に入らない様子で、背中を覆う長く黒い髪を振り乱し、まるで自分の姿を隠すように――。


「……え?」


 そこで、湊が何かに気付いた。

 武蔵の服の袖を引き、小声で尋ねる。


「……む、武蔵君」

「……んえ? な、なに?」


 秋山の悲鳴に耐えていた武蔵は、湊の不意な疑問に戸惑いながら耳を傾ける。

 湊は自信なさげに秋山を指差しながら、こう尋ねた。


「秋山さんの髪……あんなに、長かったっけ?」

「……は? なにを言って……?」


 武蔵は湊の指差す先……つまり秋山の姿を見る。

 窓ガラスすら振るわせる悲鳴を上げ続ける彼女の全身には、長く黒い髪が纏わり付いていた。

 ……その髪は、こうしてみている間にもじわりじわりと伸びているように見える。さながら、それ単体が別の生き物であるかのように。


「――伸び、てる、な……? なんだあれ」

「伸びてる、よね? 私の気のせいじゃ、ないよね?」


 はっきりと秋山の髪型を覚えているわけではないが、それでも全身に纏わり付くような、超ロングヘアでなかったことだけは確かだ。

 しかも遠めにみても、明らかに今伸びている。秋山のそばにいる女生徒たちも、その異常に気が付き、慌てて秋山から距離をとり始めた。

 武蔵のそばの男女との口論に夢中になっている委員長は、まだ秋山の異変に気が付いていない。

 理解不可能な現象を前に、武蔵は混乱したように自分の髪を掻き毟った。


「なんだありゃぁ……!? どう考えたってやべぇじゃんか……!」

「委員長! 秋山ちゃんから離れて!!」


 秋山から漂う不穏な気配に、湊は精一杯の忠告を送るが、委員長はそれを受け取らなかった。

 小さく鼻を鳴らし、秋山の肩を抱くように腕を回しながら湊へと返事を返す。


「離れる? なにを言ってるんだ、湊君。怯えている秋山君のそばを離れては、彼女がかわいs」

「サァァァァワァァァァルゥゥゥゥナァァァァァァァァ!!!!」


 瞬間、委員長の体が弾き飛ばされる。

 彼からの悲鳴は上がらず、勢いよく宙を舞った彼はそのまま頭から床に落下した。

 嫌な音を立てて落ちた委員長のほうを睨みつけ、秋山は呼吸を荒げながらゆらりと立ち上がる。


「ア、アア……! ワ、ワタシ、ニ、サワラナイ、、デェェ……!」


 いつの間にか長く伸びた髪の毛で覆われた顔を覆う片手は、いつの間にか黒くひび割れた皮膚で覆われ。

 メキメキと、音を立てながら彼女の爪が長く、鋭利に伸びてゆく。


「ギ、ィイ、ガァ……! ワ、ワタシ、ワタシノ、カオ、カオガァァァァ……!!」

「な、なに……? なにが起きてるの……!?」

「湊、俺の後ろに!!」


 怯える湊を背中にかばい、武蔵は前に立つ。だが、目の前の異常についてゆけずに立ち尽くすことしかできない。

 教室内にいる他の者たちも、目の前で起きているクラスメイトの変貌を前に言葉を失い、動くことができない。


「イィィヤァァァァ……!? アタ、マノ、ナカデコエガ、コエガスルゥゥゥ!?」

「声? 声ってなんだよオイ!?」

「わかんないわよ!? ねえ、秋山!? あんたどうしたのぉ!!」


 さらに錯乱し始めた秋山は叫び声を上げ、天を仰ぎ、また喉を振るわせる。






―イイイィィィィィィアアァァァァァァァァァァァァ!!!!―






 ……サイレンにも似たその響は、窓ガラスはもとより、校舎すら揺るがしたかのような衝撃を武蔵たちに与える。


「ぐぅ……!?」

「きゃぁ!!」


 秋山の放った咆哮に身を震わせる武蔵たち。

 ……と、そのサイレンの響に誘われたのか倒れたままであった委員長がゆらりと立ち上がった。


「……っづ! あ、委員長!? 無事だったのか!?」


 彼のそばで耳を押さえて震えていた少年が、立ち上がった委員長に気が付いて慌ててそばに駆け寄る。


「頭からいったよな!? 首、大丈夫か!?」


 少年の声に、委員長は俯いたまま答える。


「 い ぃ た ぁ い ぃ よ ぉ … … 」

「――い、委員長?」


 気のせいか、委員長の声は彼の後頭部のほうから聞こえてきた気がした。

 少年は委員長の返事に不穏なものを感じ、一歩下がろうとする。

 ……だが、それより先に、委員長の手が伸びた。


「ぎゃぁっ!?」


 それも、比喩ではなく現実に。ずるりと皮の向ける音共に委員長の腕は赤黒い筋肉に覆われた触手状のものと化し、少年の両肩を掴む。

 さらに彼の両足も伸び上がり、見上げるほどの高さに委員長の体が跳ね上がる。


「な、なんだよなんだよなんだよいきなりなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」


 わけもわからず叫ぶ少年。突然の出来事に、誰も反応できない。

 涙を流し、己を見上げる少年に、委員長は。


「 い た ぁ だ ぁ き ぃ ま ぁ す … … 」


 頭頂部に突如生えた牙を剥き、少年の顔面に喰らい付いた。


「あぎ、ご、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」


 一撃で眼球を食い破られ、悲鳴を上げる少年。

 委員長であった化け物は数度の咀嚼で少年の眼球を嚥下し、さらに牙で彼の顔を貪る。

 骨を噛み砕き、肉を引きちぎり、その奥に隠れていた脳髄を啜る音が響く。


「――お、ぶ」

「―――」


 武蔵は喉元にせり上がってきた胃液を押さえるだけで精一杯だった。

 武蔵の肩越しに惨劇を見てしまった湊は、震えることすらできずに、ただ固まることしかできない。


―イイィィィィギィィィィィィィィィ!!!!―


 次に暴れたのは秋山だ。全身の皮膚が黒く変色し、甲殻かナニカのようにひび割れた彼女は両腕の長い爪を無造作に振り回し始める。

 幸い、距離をとっていたため誰かに当たることはなかったが……鋭い斬撃音と共に、教室の床が深く抉れた。


「づぉ!?」


 その威力に男子が一人飛びのく。その瞬間、秋山と彼の視線が結ぶ。


「――あきy」

―ミィィィィィルゥゥゥゥゥゥナァァァァァァ!!!!―


 彼がその名を呼ぶより早く、秋山が飛ぶ。

 間合いをつめるのに一瞬き。己を見た男子を縦に切り裂くのに、もう一瞬き。


「……あ、ぁ……!!」


 物言わぬ肉塊が二つのなるのに要した時間は、たったそれだけだった。

 ぐちゃりと臓物を毀れ落とす人だったものに、委員長だった化け物がのそりのそりと近づくうまそうに臓腑を貪り始める。

 ……彼に食われていた残骸は、頭だけがきれいさっぱりなくなっていた。


―アアァァァァ、イイィィィイ……!!―


 そして秋山だったものは自らを煌々と照らす電灯を憎憎しげに見上げ、大きく爪を振るう。

 風のしなる音が武蔵たちの耳に響き、次の瞬間、教室内の全ての電灯が粉々に破壊された。


「きゃ!?」

「なん!?」


 いかな理屈か、あるいはただの力技か。秋山は風圧のみ、しかも一度だけで教室の天井を破壊しつくしてしまった。

 瞬間、暗闇の帳に閉ざされる教室。

 だが、不気味に輝く秋山と委員長の赤い瞳がその中にいた人間たちを捉える。


―ミナ、ゴロス……ミナ、ゴロスゥ……!!―


 耳元に聞こえてくるのは、怨嗟の声。

 己の姿を見られたことか、あるいは己の声に耳を傾けなかったが故か。

 化け物と化した級友二人の怨嗟の声が、武蔵の耳朶奥にべたりと張り付いた。

 ゾワリとした感覚が、背骨を貫く。どうしようもなく、不愉快だ。文字通り、心臓を掴まれたかのようだった――。


「………湊っ!」

「武蔵君!?」


 だが、おかげで武蔵は体の自由を取り戻した。

 彼は湊の手を取り、素早く教室の外に出る。

 扉の開く音を聞き、他の者たちも我に返り、急いで化け物たちから逃げようとする。


―ウィィィアァァァァァァァァァ!!!!―


 だが、扉のそばにいなかったものたちは、化け物たちの次のターゲットとされてしまったようだ。

 武蔵たちと、彼のそばにいた一組の男女。それ以外は、悲鳴と共に教室内で肉塊と化してしまった。




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