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中間市 -21:02-

「……ふぅ」


 トイレを済ませ手を洗いながら、武蔵は陰鬱にため息をついた。

 バリケードが完成してから五時間程度、家を出てから半日以上が経った。

 その後、特に変化もなく、そして誰も何も言わぬままに時間だけが過ぎていった。

 家族からのメールの返事はまだ返ってきていない。そのことが、余計に武蔵の気持ちを重くし、気分を悪くする。

 常に頭をよぎる最悪の想像を首をふるって払いながら、武蔵は携帯電話を開いてインターネットにつないで見る。


「………」


 これは少し前に気が付いたのだが、ネットには繋がるようだった。状況としては、市外への通話のみが不可能な状況、と言うことだ。……それがわかったところで、理解不能な現象が発生していることくらいしかわからなかったが。

 さらに言えば、ネットのニュースサイトは実に平和なものだった。何しろ、どこを探しても中間市のことを取り上げているサイトがないのだから。

 街一つが霧に埋もれ、さらにゾンビや化け物までも闊歩していると言うのに、どうしてどのサイトもそのことを話題に上げないのだろうか。

 中間市とて、市を名乗る以上相応の規模を誇る街だ。様々な街への中継地点ともなるし、ここ自体も多少は観光産業を立ち上げている。まあ、街で暮らしている武蔵たちも覚えていないような、ささやかな分野ではあるのだが。

 そんな街に、これほどの異常が起きて、どうして誰も気が付いていないのか。

 まるで、誰かがこの街の存在を無いものであるかのように扱っている気がしてくる。


「……いや、まあ、ありえなくはない、のかねぇ……」


 武蔵はぼりぼりと頭をかきながら、ポツリと呟いた。

 ずっと考えていたことがある。

 この街にあふれ出したゾンビたち……あれらがどうして発生したのか、だ。

 少し考えれば分かることだが、あれらが自然発生的に生まれたとは考えづらい。

 広い世界のことだ、どこかにはそういうウィルスが存在する可能性もあるかもしれない。だがそれが中間市にだけ、ピンポイントに発生するのはさすがにありえないだろう。ここでバイオハザードが起こる前に別の場所で問題になっているはずだ。そうだと思いたい。

 まだ、この現象がウィルスによるものだと決まったわけではないが、噛まれればゾンビになる以上、ウィルスのように感染してゆくなにかなのには間違いないだろう。

 では、これらのウィルスはどこから発生したのか? 中間市にこんな危険なウィルスが存在しているなんて話は聞いたことがない。少なくとも武蔵の生まれる前から今日までずっと、ゾンビが街を徘徊していたなんて怪談すら聞いたことはなかった。

 ならば考えられるのは……極めて低い可能性であるが……。

 中間市の地下に、ウィルスの研究施設があり、そこがバイオハザードで壊滅し、地表にゾンビや化け物たちが這い出してきたと言う可能性である。

 中間市の地下にそんな施設があるなどと聞いた事はないが、逆に一般に知られていないのであれば中間市の現状が外部に伝わっていないのも理解できる。

 一般より遥かに大きな力を持つ組織……日本国、つまりこの国が地下の研究施設を運営し、その失態を隠すために各情報組織に圧力をかけることで、この異常事態を黙殺しようとしているのだ――!


「………いやいやいくらなんでも………」


 そこまで考えて、武蔵は首を横に振って自分の考えを否定する。

 いくらなんでも、漫画やゲームに毒されすぎだろう。国絡みでこんなバイオハザードを起こしたとあっては、日本が国際社会から黙殺されてしまう。

 ただでさえ二回目の大戦時に米国に喧嘩を売り、そのおしおきとばかりに二発も原爆を叩き落されているのだ。こんな、下手をすれば世界が滅びかねないウィルスを国が開発していたとあっては、世界から日本の名前が先に消滅するだろう。

 ……だが、いかにも荒唐無稽な話ではあるが、ここまで考えなければ理屈に合わない事態ではあるのだ。

 中間市丸ごと一つを巻き込むほどの規模だと言うのに、外界はそんなことすら知らぬと言わんばかりに平和な様子だ。

 この事象に、国が何らかの形で関与していると言われても、不思議ではないだろう。


「………はぁ」


 武蔵はため息をつきながら教室へと戻る。

 どちらにせよ、まだ助けが来そうにないということだけは確かだ。

 すっかり暗闇の中に落ちてしまった教室内に戻り、武蔵は顔をしかめた。


「……しっかし、いやになるほど暗いよな……」

「明かりが漏れれば、外の化け物たちも寄ってくる。暗くても、我慢してもらうしかない」


 ぼそりと呟いた独り言に、返ってくる言葉があった。

 武蔵が声の聞こえたほうに目を向けると、暗闇の中で腕を組んだ委員長が扉の近くに立っていた。


「うぉ!? ……なにしてのお前、そんなところで」

「戻ってくるのが遅かったからな。迎えに行こうかと思っていた」

「なにいってんのお前」


 委員長の言葉に、武蔵は顔をしかめる。

 さすがにトイレに一回赴くだけで迎えにこられてはたまったものではない。


「遅いも何も三十分も経ってないだろ……」

「例え十分であろうと、君に何もないと言えるのか?」

「実際なかっただろ……。委員長、さすがにうっとうしいぞ」


 武蔵は委員長の言葉に耐え切れず、とうとう彼への言及を始めてしまう。


「いくらなんでもトイレに行く時間まで拘束されちゃたまらない。俺はお前に所有物でもなんでもないだろうが」

「そうして君の身になにかあればどうなる。君は、湊君をひとりにする気なのか?」

「なに言ってるんだお前……。それとこれとは関係ないだろう……」

「君こそ何を言っているんだ。危機感が足りないんじゃないか?」

「これだけ静かで危機感も何もあるかよ……。ゾンビも化け物も夜は寝てるだろうさ……」

「見たこともないのによく言える。いつから君はゾンビ共の専門家になったんだ?」

「ああ? 何の話だよ」

「君の知識でどれだけの危険が掻い潜れるというんだ? 下手な行動をして、屍を晒さない、絶対の根拠はどこにあるというんだ?」

「………」

「そんなもの、君にはないだろう? だったら一番安全なのは皆で一緒にいることだ。英人君だけじゃなく、君まで失えば湊君も後を追いかねない。そうさせないためにも、今は僕の言うことを聞いてもらうぞ、武蔵君」

「……いい加減にしろよ、委員長」


 委員長の言葉に、武蔵は強い苛立ちを覚える。

 彼の言葉はほとんど言いがかりにしかなっていない。確かに危険予測を行なったうえで行動するのは大切だろう。

 こんな状況では、一般的な危険予測も役には立たない。今まで生きてきた時間の中で、こんな状況に対応するための知識なんてものを獲得した覚えはない。

 みんな一緒にいれば安全と言う彼の言葉ももっともだろう。少なくとも一人でいるよりは死角は少ないし、化け物やゾンビが少数であれば皆で対処することも可能だ。

 だがそれは一個人の人格を縛ってよい理由にはならないし、ましてや委員長の命令を絶対聞かなければならない理由になどなりはしない。


「なにが悲しくてそこまであんたに指示されなきゃいけないんだ……。小便する時間さえ、掌の上になきゃ満足できないのかあんたは……」

「この学校に残った以上、僕には君たち全員を死なせてはならない義務がある。その為にもっとも効率のいい方法を――」

「―――ッ!!」


 死なせない義務。その言葉を聞いて、武蔵の頭に炎が灯る。


「思い上がってんじゃねぇぞ、クソがっ!!」

「あがっ……!?」


 それ以上、委員長の不愉快な言葉を聞きたくなくて、武蔵は彼の襟元を容赦なくねじり上げた。

 突然聞こえた怒号に、教室内の生徒たちが何事かとこちらの方を見る気配がするが、それに一切構わず武蔵はまくし立てた。


「死なせない義務? 誰がそんなもんテメェに課した!? だれがそんなもんテメェに頼んだ!? いの一番に英人を殺そうと切り捨てた奴が、いまさら生温い事ほざいてんじゃねぇぞ!!」

「だ、だが君は……! 僕が皆を守る、と言った言葉に同意しただろう……!?」

「ああ、そうだな! けどな、それと俺たちの自由を拘束していいのとはわけが違うだろうが!! 俺たちゃ籠の中の鳥じゃねぇんだぞ! 一から百まで徹底頭尾、テメェの指図を受けなきゃ死なねぇようなやわこい生き物じゃねぇんだよ!!」

「ひ、一人で生きられる、わけじゃ、ないだろう……!?」

「ああ、そうだな! 一人じゃ死ぬかも知れねぇからこうして集まってんだ! 決してテメェの言うことだけ聞いてりゃ生きていられると感じたから集まってんじゃねぇんだ!!」

「う、ご……!」

「武蔵君、やめて!!」


 ねじり上げられた襟首が気道を塞ぎ、だんだんと顔色が変わり始める委員長。

 それさえ構わず委員長をつるし上げ続ける武蔵を止めたのは、湊であった。

 委員長をつるし上げる腕にすがりついた彼女は、武蔵に必死に懇願した。


「駄目だよ武蔵君! そんなことしたら、委員長が死んじゃう……死んじゃうよ!?」

「…………ッ」

「ご、ご………!」


 湊に言われ、委員長の手から力が抜け始め、ぴくぴくと震え始めるのを見て。


「――チッ!!」

「うあぁっ!?」


 武蔵は極めて乱暴に委員長の体を放り投げた。

 武蔵に投げられた委員長の体は黒板にぶつかって大きな音を立て、そのまま床に落下する。そのショックで、顔にかかっていた眼鏡は飛んで、グラスがひび割れる。

 そのまま床に這い蹲った委員長は、吹き飛んだ眼鏡を探してそのまま床を手探りし始める。


「う、あ……! め、眼鏡……眼鏡……!」

「……繰り返すぞ委員長。テメェが俺たちを守ろうとするのはいいが、それを理由に俺たちを縛ろうとするのはゆるさねぇ。俺たちゃお前の所有物じゃねぇんだ」

「武蔵君……! 委員長は、そんなつもりじゃ……」


 湊は何とか武蔵の気持ちを落ち着け、委員長との間を取り持とうとするが、武蔵はそれを首を振りながら拒絶した。


「いや……委員長にあるのは善意なんかじゃねぇよ。うすっぺらい自尊心を満足させて、ただ悦に浸ってるだけの屑だよ」

「武蔵君、そんな……!」


 あまりにも乱暴な武蔵の言葉に湊は絶句するが、それに同意するように一人の男子が頷いた。


「……武蔵の言うとおりだわな。ちょっと委員長、言いすぎだぜ」

「そうよね……いちいち、トイレに行く時間にまで干渉されちゃね……」


 さらに一人の女子も加わって同意する。

 息の詰まりそうな空間の中で、さらに全ての行動を監視、制限されていては、気の休まる暇もないだろう。

 女子は嘆息しながら、教室の明かりのスイッチまで近づいてゆく。


「それにいくらなんでも暗すぎよ……。暗幕は引いてるんだから、外から気がつかれにくいでしょう」

「ま、まて! 明かりを付けたら――!!」


 眼鏡を探り当てた委員長があわてたように声を上げるが、その静止を聞くものは誰もいなかった。

 パチリ、と小さな音を立てて教室の中に明かりが灯る。




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