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中間市 -19:52-

 家族の名を呼び、英人は立ち上がり北小校舎へと駆け出す。

 バシャバシャと人の欠片を跳ね飛ばし、英人は一気に北小の扉に張り付く。


「………」


 かすかに開いた扉から、中の様子を窺ってみる。

 北小の廊下は、体育館と異なり静謐の雰囲気に包まれていた。

 血や肉で節々が汚れていることはなく、見える範囲に人影もない。

 ……というよりは、奥の方を窺うことができない。今が夜であることと、街が霧に包まれていることが合わさり校舎内が完全に闇の中に沈んでしまっていた。

 廊下に電気もついていない。校舎の外からも、どこかに明かりがともされている様子はなかった。故に誰もいないと思っていたのだが……。


「―――ァァァァ………!!??」


 遠くのほうで、また悲鳴が聞こえてくる。誰かが逃げ回っているのは間違いないようだ。

 だが、なぜ明かりをつけないのだろうか? 町の中に電気が通っているのは、ここに来る途中でコンビニが動いていたことから明白だ。学校の中の電球も、窺える限りでは割れている様子もない。

 目が慣れれば闇の中でも結構見えるものではあるが、それを頼りに校内を逃げ回るのはかなり危険ではないだろうか。廊下はともかく、階段の上り下りが危険そうだ。階段を踏み外して転び、化け物に襲われる前に首の骨が折れては文字通り骨折り損だろう。

 ……まあ、逃げている人たちが電気をつけられないというのであれば、こっちでつけて回ればよいだけだろう。


「………」


 英人は扉を静かに開け、素早く校内へと入り込む。

 聞こえてきた悲鳴は、三階からだろうか? ならば、手近な階段から上を目指すべきか。

 幼いころの記憶を頼りに、階段へと向かう。懐中電灯は視線の先に向くように頭の横に、片手にバールを握り締めながら。

 一寸先の視界も利かぬ闇の中、懐中電灯の明かりは何よりも頼もしく、目の前に空間を裂いて英人の進路を照らしてくれる。

 奥のほうに少し進むと、犠牲者のものらしい血痕が現れ始めた。傷口からこぼれたらしい斑点状のものや、転んでぶつかったのか、こすり付けたような血痕も見える。

 だが、校内の生存者たちは逃げることに終始したようだ。少なくとも、食事跡と思しき痕跡は見当たらない。

 そのことに安堵しつつ、英人は階段と記憶しているほうへと懐中電灯の明かりを向ける。

 と、そのとき。


「―― あ 、 あ ー … … ? ――」

「っ!?」


 奥のほうから町の中で聞き覚えのある、生気のない人の声が聞こえてきた。

 英人はあわてて懐中電灯の明かりを消し、その場に屈み込んで息を潜める。

 ずるり、ずるりと体を引きずるように、二人ほど体に噛み傷の残されたゾンビが姿を現した。


「 あ ー … … ? 」

「 う ぉ ー … … ? 」


 バタバタと傷口から血を垂れ流しながら、ゾンビたちは先ほど自分たちが見たはずのものを探すように首を巡らせる。

 闇の暗さと、体勢の低さのおかげでゾンビたちは英人の姿を見つけることができず、それぞれに折れたのかと思うほど首をかしげて呟いた。


「 ひ と ー 、 い た ー … … ? 」

「 ひ と ー 、 い な い ー … … 」


 ゾンビたちは首をかしげながら辺りを見回し、なおも不思議そうに呟いた。


「 あ か り ー 、 み た ー … … 」

「 み た ー … … 。 で も ー 、 み え な い ー … … 」

「会話してんのか、あいつら……」


 英人はゾンビたちの言葉を聞きながら、少し驚いたように囁く。

 学校でもえりなはこちらの言葉に応答して見せたし、商店街でもゾンビ化した後の人間が皿洗いするなどとほざきながら店の中に入っていったのは見た。

 だが、それらは全てゾンビ化した直後の出来事だ。まだ人の意識が残っているからこそ、そうした反応が返せるのだと英人は考えていたのだが、目の前の二人を見る限りその考えは改める必要がありそうだ。

 目の前にいる二人のゾンビは、英人の目の前でゾンビ化した訳ではない。いつと言われるとはっきりとはいえないが、少なくともその角でゾンビ化した訳ではないだろう。そんな生々しい音も悲鳴も聞こえてこなかった。角の奥のほうにゾンビが待ち構えていたと考えるのが自然のはずだ。

 そして今、目の前にいる二人は英人の懐中電灯の明かりを認識した上で、こちらの姿を探し、目視で確認ができないとなるとお互いに見えていないことを確認して見せた。

 普通ゾンビといえば、思考も意思も全て破壊され、行動原理を食欲に支配されて人間を襲う存在だ。大本がどういう存在なのかは知らないが、英人はゲームからそう学んだ。

 だが、目の前の存在は同種と会話ができる程度には思考が生き残っている。さらに、目にした光景から何がいるのかを推察し、それを探すように行動できる知能も残っている。


「 で も ー 、 ま だ ひ と ー 、 い る ー … … 」

「 ひ と ー 、 さ が す ー … … ひ と ー 、 か む ー … … 」

「………」


 自らの目的を口にし、それを実行しようと歩き出すゾンビたち。

 それを見て、英人は考える。……いや、ためらいを覚える。

 まるで、人間として生きているかのように見える……。人を襲いさえしなければ、重度の痴呆に襲われただけの人間といわれても信じられそうだ。

 一度は、手にしたもので殺してでも押し通ると考えた。

 だが、まるで生きているかのように振舞われてしまうと――。


「………」


 自分の中の決意が揺れるのを感じて、英人はしばし瞑目する。

 ………………。


「……通れるようになったら、進もう……」


 無理に、殺す必要はない。

 通れなければ押し通る。だが、通れるのであれば危険を冒す必要はない。

 そう考え、英人はゾンビ二人組みがどこかへ立ち去るのを待つことにした。

 重要なのは、家族ともう一度会うこと。会って、今生の別れを告げること。

 その為であればなんでもすると誓ったが、だからといって不必要に血を流す必要はないはずだ。

 このまま立ち去ってくれれば、無理にゾンビたちを手にかける必要はなくなる。

 だから、このまま―――。


「 あ ー … … ? 」

「っ!」


 不意に、ゾンビの片方がこちらを向いた。

 何か気になることでもあったか、あるいは呟きが聞こえてしまったのか。

 ゾンビの顔が英人のいるほうを向いて、止まった。


「………」


 英人は息を潜めたまま、動けない。

 体勢は屈んだままだし、この暗闇の中だ。英人でさえ、ゾンビたちの影が辛うじて見える程度の状況で、体勢の低い人間を立ったままのゾンビが見つけることは難しいはず。

 しかし、ゾンビの視力が英人と同程度ならば……より長く闇にいたであろうゾンビのほうがこの視界に慣れているはず。

 下手に動けば感づかれる。英人はじっと息を潜め、ゾンビが離れてくれるように祈った。


「 う ー … … 」


 だが、ゾンビは一歩一歩、英人のほうへ向かって歩き始める。

 ゆっくりとした足取りで、確実に近づいてくるゾンビ。


「 う ぉ ー … … ? 」


 そんな相方の動きに、もう一人のゾンビまでこちらに近づいてきてしまう。

 もはや、退路すら塞がれたように感じる。

 英人は息が詰まるのを感じながら、ゾンビたちをじっと見つめる。


(……来るな……来るな……!!)


 ひたすらに祈り、ただ通り過ぎてくれることだけを期待して、英人は不動のままゾンビを見上げる。

 心臓が痛いほどに鳴り響き――。


「 あ ー … … ? 」


 不意に。ゾンビの視線が下を向く。

 まるで、こちらの鼓動の音を聞き分けたかのように。

 瞬間、ゾンビと英人の視線がぶつかり合った。


「 お ――」


 ゾンビが何かを口にするより先に。


「―――!!」


 そして、思考が言葉を成すよりも早く、英人は体を跳ね上げていた。

 片手に握り締めたバール、そのL字の先をゾンビののどに引っ掛けるように叩き付ける。

 柔らかな肌を突き破る感覚と共に、太い血管を挟み込み、喉仏と共に体の中から引きずり出した。


「 お 、 あ 」


 引き裂かれた肌から飛び出した血管はバールの刃に切り裂かれ、噴水のように赤い血液が噴出し、廊下の窓に降りかかる。

 英人は振りぬいたバールを引き、仰向けに倒れるゾンビの陰に隠れるように次のゾンビに近づいた。


「 お 、 う 」


 目の前で何が起きたのか判断が付かないのか、うろたえたようにゾンビが一歩下がる。

 そのゾンビの顔面に、バールの一撃がぶち当たった。

 角の部分を鈍器のようにぶつけられ、ゾンビは鼻血を噴出しながら吹っ飛び、倒れる。


「 あ ば ー 」

「っ!!」


 すかさず英人はそのゾンビの上に馬乗りになり、バールの長い辺をその心臓へと突き立てる。

 鈍い音、そして感触と共に突き刺さるバールであったが、その心臓を貫くには至らず。


「 あ 、 ぶ 」


 ゾンビはうめき声を上げながら両腕をあげ、英人の喉を掴もうとし。


「―――!!!」


 手にした懐中電灯の柄で、英人はバールを一気にゾンビの心臓へと押し込んだ。

 突然の衝撃に、ゾンビの体が仰け反りびくりと一度、大きく跳ねる。


「っっっっ!!!」


 口と目が大きく開かれ、痛みを訴えるかのように闇の奥を見つめ、声なき声を上げるように舌が震え。


「……………」


 ぱたり、と。電池が切れたかのようにその体は廊下へと落ちた。

 舌がだらりと口からこぼれ、横を向いたゾンビの瞳から、透明な雫がポロリと毀れた。


「―――ハッ……ハッ……」


 英人はゾンビに乗りかかったまま、荒い呼吸を繰り返す。

 バールに貫かれたゾンビの体の下から、赤い雫が広がり始めていた。


「ハッ……ハッ……」


 首だけを後ろに回してみると、喉を引き裂かれたゾンビの体が廊下の壁に力なくもたれかかっていた。

 彼の足元には、おびただしい量の血液が零れているのが分かる。


「……ハッ……ハッ……」


 英人は立ち上がり、ゾンビの死体から離れる。

 そのままふらふらと角のほうへと逃げ、ゾンビたちの死体が見えない位置で壁に背中をつけ、そのまま崩れ落ちる。

 ガチャリと、手の中から毀れた懐中電灯が音を立てた。


「……ハッ……ハッ……」


 英人はゆっくりと、手の平を見つめる。

 ゾンビの体からあぶれた血がべっとりと付着し、彼の両手は真っ赤に濡れていた。

 それを見て、英人は実感する。ゾンビを……人を、殺したのだと。


「あ、ぐ……!」


 顔が汚れるのもかまわず、目をつぶすようにギュッと手の平を顔に押し付ける。

 酷い鉄錆の匂いが鼻を付くが、それにもかまわず英人はしばしそのままでいた。


「――――!」


 体を動かさず、声も上げず。

 泣かず、喚かず。

 ただ、耐える。


「………」


 しばらくして、英人はゆっくりと立ち上がる。

 軽く頭を振り、それからそばに落ちたままになっていた懐中電灯を拾い上げる。


「………」


 そのまま、英人は無言で階段を上り始めた。

 ゾンビに突き立てたバールは、そのままに。




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