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中間市 -17:07-

 道行くゾンビを避けつつの行軍は、決して楽なものではなかった。

 辺りを漂う霧は自分の姿を隠してくれるが、ゾンビや化け物の姿も隠してしまう。

 ゾンビのうなり声が至近で聞こえることに気が付いてあわてて来た道を戻ったり、真上に例の空を飛ぶ化け物の存在があることに後で気が付いて冷や汗を何度掻いたかわからない。

 おかげで、ここまでたどり着くのにかなり時間がかかってしまった。辺りを漂う霧も、心なしか茜色に染まり始めているような気がしてならない。

 中間北小に向かう途中であるとはいえ、ここに立ち寄っていると北小に到着するのは夜になってしまうかもしれない。

 だが、そのリスクを勘案してもここに来るだけの価値はあるだろう。

 英人は広々とした駐車場に立ち、目の前にあるその大きな店の看板を見上げた。


「ホームセンター・シロガネ屋……やっと着いた……」


 大型ホームセンター・シロガネ屋。近隣の市や県外にも店舗を構える、コンビニエンス・ホームセンターだ。

 聞くところによると元は金物屋から始まったらしいが、昨今のホームセンター事情の常として、今では食料品を取り扱う多角経営のホームセンターの一つであり、最近は食料品はシロガネ屋のほうが安いと近隣の奥様方にも好評であるらしい。

 取り扱っているのは生活雑貨や食料品だけではなく、洗剤や板材、さらにそれらを加工するための工具や道具など……おおよそ人が暮らすために必要なものはたいてい揃うと考えていいだろう。

 英人がここを目指した理由は単純明快。この街をもう少し自由に歩くための装備が欲しかったのだ。

 それはゾンビを倒すための武器であるし、今手にしているコンビニ袋の中に入っているよりも多くの食料であるし、それらを持ち運ぶためのかばんや、夜になれば必要になる明かりなどもそうだ。

 そうしたものが一気に手に入る店として、英人はこのホームセンター・シロガネ屋を選んだ。

 中間北小に向かう途中で、様々な道具を入手するという条件を考えれば、家の近くのスーパーなども条件に入ったが、英人はあえてこちらを選んだ。

 ……単純な話、スーパーなどにはゾンビがあふれかえっているのではないかと思ったからだ。

 アメリカ発のゾンビ映画などではよくモール街やスーパーに生存者たちが逃げ込んでいるが、あれは割りと人間の心理に叶った行動なのであると、英人は同じ状況に陥って感じた。

 人間、想像し得ない恐怖を感じ、抜け出しえない状況に陥ったとき、まず何を欲するのか。

 安全な隠れ家? 外部との通信手段? それとも、身を守る武器?

 ……おそらく、どれも違うのだ。まず人が欲するのは食料である、と英人は感じていた。

 腹がすいては戦ができぬという言葉もあるように、胃袋が満ちているかどうかで人の行動力に大きな隔たりがあると、英人は実体験から考える。

 事実、腹が満ちる前には後ろ暗い思考が頭の中を占め、あまり遠くにも行こうとは思えなかった。

 だが、コンビニで弁当をしっかり食べた後は少なくとも後ろ向きな事を考えることはなかったし、こうして家族に出会える前に寄り道をする余裕も生まれた。

 人間の三大欲求は睡眠・食欲・性欲であるといい、どれか一つでも満たされていればとりあえず人間は幸福であるなんて聞いたことがあるが、確かにそのとおりだと英人は感心してしまった。

 ゆえに、人々はまずスーパーに集まるんじゃないかと英人は漠然と考えた。スーパーであれば、おそらく武器も道具も手に入るし、何より食料はホームセンターよりも遥かに豊富だ。外部からの侵入を完全に防ぐことができれば、立て篭もるのにスーパー以上に最適な店はないだろう。……完全に防げれば、の話であるが。

 対し、ホームセンターであるが、食料があるといってもスーパーほど多種多様というわけではない。あって袋菓子類や、インスタント食品が置いてある程度。その量も、そこまで多いわけではないだろう。武器や道具はホームセンターのほうが豊富だと思うが、立て篭もるのに一番必要なものが足りないのだ。

 もちろん、誰もホームセンターに逃げ込まないわけではないだろうが……それでもやはり、何かあって立て篭れる場所として真っ先にあがるのはスーパーだろうと、英人は当たりをつけていた。

 ゆえに、ホームセンターには逃げ込んだ人間がおらず、ゾンビ化した人間もいないだろう……そう、考えた。


「……まあ、希望盛りすぎだよな」


 念願のホームセンターを前にしながら、英人はポツリと自虐的に呟いた。

 実際、そこまで都合のいい話はないだろう。英人が思いついたことなのであるから、他の誰も思いつかないなんて事はないはずだ。

 当の昔に他の誰かが逃げ込み、ちょっとやそっとでは破壊できないバリケードを築き上げているかもしれない。

 そんなところに英人一人で尋ねに行って、中に招き入れてくれるわけもないだろう。拒絶されてしまい途方にくれるという可能性だって十分にありえる。

 英人は少しだけ、ありえるかもしれない最悪の状況について考える。


「……まあ、結局はいってみるしかないか」


 しかし、悩むだけ無駄だと結論付け、やや駆け足でホームセンターへと駆け寄っていった。

 ホームセンター・シロガネ屋は郊外からの立ち寄りも考え、店舗に対してかなり広い駐車場を有している。この広い駐車場のおかげで、シロガネ屋のない近隣市からも足を運ぶお客さんがいるらしいと聞いたことがあった。

 そんな駐車場には、今駐車している車は一台もなかった。

 異様に広く感じる駐車場を駆ける英人は、そんな状況を複雑な顔で眺めていた。


「……この騒ぎのおかげで、誰も来てないだけだよな?」


 霧が生まれ、ゾンビが中間高校に押し寄せてきたのは朝の割と早い時間……もっと言えばホームセンターなどの店が開店する前の話だったはずだ。

 確か夏期講習の一時限目、その途中で鳴り響いたサイレンが、すべての始まりだったのだ。

 よく覚えている。あれから、すべての悪夢が始まった……。

 ……それはともかく、車の一台もない駐車場というのはなかなかに怖気の走る光景だ。シロガネ屋開店前だというのなら当たり前だが、こうして霧に包まれた駐車場に車の一台もない光景を眺めていると……もう、世界には誰もいないような気がしてくる。


「……っ」


 英人は歯を食いしばって、その思考を噛み潰す。

 まだそう結論付けるのは早い。コンビニの電気は生きているし、GPSだって動いている。どちらも、人間がいなければ動かないもののはずだ。

 なら、まだ世界に人はいる。当然、湊や武蔵、礼奈に両親だって生きているはずだ。


「―――スゥー……ハァー……」


 足を止め、大きく深呼吸をする。

 今は、深く考えすぎてはいけない。あまりにも深く考えすぎてしまえば、それだけで足は凍り、動けなくなる。

 誰も見ているものがいないからといって、また泣いているような余裕は自分にはないはずだ――。

 そう言い聞かせ、英人は再び歩き始める。

 今は、ただ目的を達成することだけを考えればいい。道具であふれかえった素敵なホームセンターは、目の前にあるのだから。

 やや無理やりに明るく考えながら、シロガネ屋エントランスに到着した英人。

 霧の中から現れた出入り口を見て、彼は絶句した。


「―――なん」


 彼の目の前にあったのは、厚手の板で塞がれた、シロガネ屋エントランス……。


「―――だよ、これは……!」


 ……その、残骸であった。

 何か、巨大なものがぶち当たったのだろうか。中から打ち付けられた板張りごと破壊されたエントランスは、無残な姿をさらしている。

 英人は大きな穴が開いたエントランスを見て、とある映画のワンシーンを思い出した。

 犯人が立て篭もったビルに、主人公がトラックで突っ込んでゆくというシーンだ。ガラスが割れる音が大きく響いたそのワンシーンは強烈なカタルシスを生み出し、幼い彼の心を興奮させたものだ。

 今、彼の目の前に広がっているのはまさにそんな光景だった。大きな違いをあげるとするのであれば、穴を開けたはずのトラックがどこにも存在していないということだろうか。


「………」


 英人は慎重に、成る丈音を立てないようにガラスを避けながらシロガネ屋の中へと進む。

 エントランス部から覗ける限り、シロガネ屋内部の荒れようはそこそこであった。

 商品棚はいくつかなぎ倒されており、さらには血痕や……化け物の食事後と思しき肉片がこびりついた床が散見される。

 だが、それも一部だけだ。想像していたよりはだいぶ少ない。


「………」


 ゆっくりと、見渡せる限りシロガネ屋の中を見渡す。

 視界の中に動くものはなく、さらに静まり返った店内から音が響いてくることもない。

 ……化け物も人も、いる気配はしなかった。

 おそらく、この破壊されたエントランスから化け物は侵入したのだろう。

 だが、そうなると。


「……誰が、どうやって、こんなことを……?」


 英人は破壊されたエントランス部を見上げながら、小さく呟く。

 これだけの破壊痕、トラックが突っ込んでこない限り生まれないだろう。トラックがないのは、目的を達成した後、そのままトラックを運転して帰ってしまったからだろう。

 中に残された血痕や肉片が少ないのも、破壊されたシロガネ屋から人々が逃げ出し、それでも居残った人たちが後でやってきた化け物たちに襲われたからできたのだろう。

 ……しかし、そうまでしてシロガネ屋に突っ込んでくる理由が英人には思いつかなかった。


「………」


 エントランス部に申し訳程度に残された木片や、内側から打ち付けられた板などを見る限り、誰かがシロガネ屋の中に立て篭もろうとしたのは間違いないだろう。

 エントランス破壊の下手人は、このバリケードを破壊するためにトラックを持ち出したのだろうが……それを為すだけの理由は何だ?

 道具や食料であれば、別にシロガネ屋にこだわる必要はない。中間市にはスーパーもホームセンターもそれなりの数がある。エントランスに突っ込んでおきながら動くような頑丈なトラックを持っているのであれば、ゾンビや化け物など気にすることなく別の店を探しに行けばいいだけだろう。

 だがトラックがいくら頑丈であろうと、大型店舗の入り口に突っ込むなどという無茶をして言い訳ではないだろう。その一回でトラックが壊れる可能性は0ではないのだから。

 状況を考えれば、それだけ切羽詰っていた可能性は否定できないが……だが、それでも……。


「……ああ、くそ」


 理解できない事象を前に英人は弱弱しく首を振りながら、店内へと歩みを進める。

 思わず考え込んでしまったが、考えるだけ無駄だろう。

 無体な行動をして、人に迷惑をかけるやからの考えることなど、理解できようはずもない。

 そんなことより、今は目的を達成することのほうが大切だ。


「……まずは、かばんからだよな」


 英人は小さく呟きながら、かばんを探すべく倒れた棚に近づいていった。




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