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中間市 -16:01-

 思う様泣き、腹が八分ほどに膨れると、英人は少しだけ気が晴れた。

 いつまでも沈んでいる場合ではないだろう。このままコンビニに引き篭もっていたところで、生物は腐るばかりか、帰ってきた店主に泥棒としてしょっぴかれる未来しか見えない。

 英人は手早く手持ちのビニール袋に役に立ちそうなものを詰め込み、コンビニを後にした。

 袋に詰めたのは腐る心配のなさそうなクッキー系のお菓子に、五百mlペットボトル数本。

 そして、携帯電話に使える乾電池式の充電器だ。

 これで、今までは電池切れが怖くて使えなかった携帯電話を積極的に利用できる。

 ……今のご時勢であれば、各家庭に一個くらいは携帯電話の充電器くらいはあるだろうし、この状況であれば人が住んでいた空き家くらいは見つかるだろう。

 だが、英人にはまだ他人の家に土足で上がれるような心構えはなかった。先のコンビニと一緒だ。もし家主がいれば、犯罪者扱いされてしまう。

 ただでさえ人外疑惑が深まっているというのに、この上犯罪者にまでされてしまっては舌を噛み切るくらいしかできることが思い浮かばない。

 折れかかっている心に自分で止めをさせるほど、英人の覚悟は決まっていなかった。

 ……まあ、今手にしているビニール袋の中身は無銭で失敬してきたものなのだが。

 見つからなければいいんだよ、と万引き犯の常套句を脳内で呟きながら、英人は携帯電話に小さめの充電器を繋ぐ。


「……よし」


 きちんと充電していることを示すライトが点灯したことを確認して、英人は携帯電話を開いた。

 そして呼び出すのは、携帯電話の通信機能を利用した地図アプリだ。

 昨今の携帯電話には標準装備となっているGPS機能を利用した、ごく一般的なアプリケーションで、これを使っていれば少なくとも迷いながら中間市を歩くことはなくなる。

 今までこれを使ってこなかったのは、GPSによって現在位置を確認し続ける関係で常に通信を行なうため、電力の消耗が激しいからだ。充電の当てもなく使えば、半日以内に確実に電池切れになるだろう。

 それに、市外につながらない現在の状況でGPS通信が可能なのか不安であったのもあったが……。


「……起動した、な」


 携帯電話の地図アプリは、問題なく繋がった。

 携帯電話の電波状況もバリ3……良好な通信を維持しているといえる。


「……じゃあ、なんで市外には繋がらなかったんだ……?」


 英人はアプリで現在位置を確認しながら、フッと沸いた疑問を呟く。

 中間高校で市外との通話を試みた際、電波状況が悪いと呟くアナウンスが流れてきた。だが、学校内にいた友人に電話をしたら向こうの状況はともかく、携帯電話は繋がったし、家にいたであろう礼奈からの電話も無事に留守電に入っていた。

 これらの状況だけを見れば、現在中間市は謎の封鎖状態となっており、外との通信は一切不可能だと考えるのが妥当のはずだ。

 だが、今動かしているアプリはGPS通信が必要不可欠となる。いや、正確にはGPS通信がなくとも動くことは動くが、正確な現在位置を掴むにはGPS通信が必須となる。

 上の推論で行けば、外部との通信ができない以上、GPSが動かない可能性が極めて高いはずなのだが、現在動いているアプリのGPS機能に特に問題は見られない。

 少し歩いた場所にはきちんとコンビニがあるし、中間南商店街の場所も英人の現在位置からさして離れていない場所に描写されていた。おそらく、アプリの動作は正常だと判断して間違いないはずだ。ここから導き出される答えは“外部との通信が可能”である。

 ……なら、なぜ市外との電話が繋がらなかった? 市外通話が不可能で、GPS通信が可能である理由は?


「……人為的に、誰かが電話みたいな通信手段を封鎖してるってのか……?」


 浮かび上がった一つの答えに、英人は顔をしかめる。

 ありえない話では、ないと思う。

 こうした状況、つまりゾンビが町にあふれかえるなんてばかげた状況、天然自然に発生しうるものではないだろう。もし世界にそんなウィルスが存在しているというのであれば、とっくの昔にWHOのような世界機関が発見し、ウィルスの撲滅なり免疫抗体の発見なりを発表しているだろう。こうした変なウィルスを狙って、英人の知らない悪の組織が動き出さないわけがないだろう。

 十中八九、この状況は人為的に生み出されたものだ。故意か過失か、あるいは事故かはわからないが、はた迷惑な話である。

 であればこの霧もおそらくゾンビの発生元が生み出したもので、通信遮断の仕掛けはこの霧が握っている可能性が高い。

 街全体を覆い隠しほどの霧だ。発生源を突き止めたとしても、それを止める手立てはないだろうが……。


「………」


 英人は携帯電話をいじりながら考える。

 これが人為的で、通信遮断も故意によるものなら、こうした理由はなんだろうか。

 霧によって視界を、通信遮断によって外部との連絡を絶つことによって生まれるメリットは……やはり、事象の隠匿であろうか。

 霧が町を覆い隠しているのであれば、航空写真や衛星写真などで町の様子を窺うことはできないだろう。さらに、通信障害を装って市外との連絡を絶てれば、中間市は陸の孤島となるだろう。インターネット上の通信手段までは試していないので、完全に孤島になっているかどうかまではわからないし、中間市にも国道は走っている。そこが封鎖されているとなれば、市外の人たちも街の異常には気が付いてくれると思うが……。


「………」


 英人の顔が険しくなり始める。

 では、ここまで大掛かりに事を隠そうとした理由は?

 事故や過失だというのであればまだしも、これが故意によるものだとしたら?

 ここまで大掛かりになってしまっているのだ。とてもではないが個人でも組織でも隠蔽しきれるものではない。国が協力すれば緘口令を敷いたりはできるだろうが、人の口には戸を立てられぬ。そんなことをすれば国の威信は地に落ち、諸外国からの評価評判もガタガタになるだろう。

 何しろ、町一つにわけのわからないウィルスをばら撒き、住人をゾンビに変え、さらに正体不明の化け物まで放流しているのだ。死者の総数はそのまま中間市の住人数になるやも知れぬし、最悪、外に……日本中にゾンビが増え続ける可能性さえある。

 そこまでして、一体何の利益があるというのか。仮にこれが……あまりにも大掛かりで、常軌を逸した、狂気の実験だとするのであれば。

 ……被害は決してこれに終わらないだろう。このゾンビ被害は日本を、果ては世界さえ巻き込みかねない悲劇へと発展してしまうかもしれない。


「……………ハァ」


 そこまで考えて、英人は小さくため息をつく。

 いくらなんでも、深く考えすぎだろう。この街を襲ったゾンビ被害が世界を巻き込むなどと……。

 ゾンビになる条件が確定しているわけではないが、それでも被害を抑える方法はあるだろう。動くゾンビを全員殺し、化け物も皆殺しにすればそれで仕舞いだ。

 日本は法治国家であり、非戦闘国家だ。……だが武器はある。錬度の高い兵士……いや、自衛官の人たちもいる。

 彼らが動き出してくれれば、街一帯に潜むゾンビや化け物程度は殲滅してくれるだろう。最悪、空爆か何かで中間市全土を更地にすればいいだろうし。

 ……もちろん、そんな結末を望んでいるわけではない。できれば家族……そして湊と武蔵だけでも外に逃げ延びてもらいたい。

 その為には、外部への脱出手段を発見する必要があるわけだが。


「……黒沢たちはうまく逃げられたかね」


 ポツリと英人は自分を外に引きずり出した男の名前を呟く。

 英人を外に連れ出すという名目で中間高校を逃げ出した彼であるが、うまく外部との連絡や脱出の手段を整えられただろうか。

 ……それとも、途中でゾンビか化け物のえさにでもなってしまっただろうか。

 浮かんできた陰鬱な考えを、首を振って否定し、英人はやや乱暴にクッキーを噛み砕く。

 このままじっとしていては、また鬱に入って動けなくなりそうだ。

 早いところ目的地を探し出さないとならない。


「えーっと……」


 英人は携帯電話をいじり、付近か、あるいは中間北小に到達するまでで寄り道がないのが理想なのだが――。


「……よし、あった」


 英人はアプリ検索の末、条件に合致する目的地を発見することに成功した。

 すぐ近くにあるわけではないが、北小まで行く途上にある。さほど道が逸れるわけでもない。最短とは言いがたいが……それでもおそらくここが最善の場所になるだろう。

 目的地検索を追えた英人は、アプリを起動したままの携帯電話を握り締め、足を進め始める。

 さしあたって、今後のための準備は必要になるだろう。あの店にいければ、しばらくは持つくらいにいろいろ手に入るはず―――。


「――キャァァァァァァ!!??」

「ッ!?」


 ……不意に聞こえてくる悲鳴。どこかで聞いた覚えのあるその悲鳴は、どうも同い年くらいの女の子の声に聞こえた。

 音源は曲がり角の先だろうか。英人は慎重に顔だけ出して、先の様子を窺う。


「い、いやぁぁ!? やめて、ひっぱらないでぇぇぇぇ!!」


 ぎりぎり見えるくらいの位置に、中間高校の制服を着た少女の姿が見えた。顔まではよく見えないが、声にどこか聞き覚えがある。クラスメイトだろうか。

 少女は尻餅をついた体勢で、必死に自分の左足を握って引っ張っている。

 足先は角の先に入ってしまっているので誰……いや、何が引っ張っているのかはわからないが、少女がいくら暴れても彼女が解放される気配がない。恐ろしい膂力で握り締めているのだろうか。

 ……と、角から赤黒い何かが伸びてくる。


「ひっ!? いやぁぁぁ!!」


 それを直視した少女は絶望に顔色を染め、いっそう悲鳴を強くあげる。

 もはや足など要らぬとでも言わんばかりに体を放り出し、必死に角の向こうにいる何かから逃げようとする。

 だが、角から伸びた赤黒い何かはがっしりと少女の太ももを掴み、力強く彼女の体を引っ張った。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 むき出しのコンクリートに引きずられ、少女の柔肌が裂け、血が滲み出す。

 しかし少女はそんな痛みには頓着すらせず、爪がはがれるのも一切かまわずコンクリートにしがみつこうとする。

 だが、血に染まった指先はコンクリートで削れるばかり。少女の体はあえなく角の向こう側へと消え――。


「い!? ぎ、ひぐ、お、げぁ……――!!??」


 肉の裂ける音。水を啜るような音。硬い……骨のようなものが砕ける音。

 聞くに堪えない異音が響き、やがて少女の悲鳴は消え去った。


「………」


 英人は表情を険しくし、化け物が潜んでいるであろう角から離れるようにすばやく静かに駆け出した。

 ……しばらくして、角の向こうからころりと少女の生首だけが転がってきた。




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