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中間市 -16:02-






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 中間高校に残った武蔵たちは、最後に残っていた椅子と机を階段付近に設置し終え、ようやく一息ついた。

 隙間なく積み上げられた椅子や机同士を切り裂いたカーテンを使って固定しながら、武蔵は隣のクラスの友人に問いかけた。


「これで全部だよな?」

「おう。つかえるもんは全部ぶち込んだ。これで、大丈夫だと思いたいけどな……」


 武蔵の隣に立つ少年は大きくうなずきながらも、不安そうな顔で目の前のバリケードを眺める。

 階段へ、椅子や机などを用いてバリケードを形成する作業。外からやってくる化け物たちを防ぐための防壁であるが、三階で同様のものを形成したときよりもはるかに頑丈なものが出来上がっていた。

 まあ、当然といえば当然だろうか。三階へ逃げ込んだ際は突貫作業な上、化け物に襲われている最中ということもあり、乱雑に椅子や机などを積み上げるだけであった。だが二階にて同様の作業を行なった際は、学校の中からありったけの物資をかき集めた。

 一階から三階に存在するすべての椅子や机、持ち運べそうなロッカーやソファ、果ては家庭科室にあったまな板や、外に転がっていたベンチなど等……。

 文字通り、使えるものはすべて使って形成されたバリケードは、ちょっとやそっとのことでは突破できないだろう……おそらく。

 階段だけではない。化け物の中には窓ガラスを突き破る個体もいるということで、廊下の窓ガラスに関してもできうる限り板張りやロッカーを用いて蓋をするなど、外部からの侵入者を防げるように可能な限りの工夫を用いた。これで、少なくとも一昼夜は持つだろう。

 武蔵はひとつ頷き、友人の背中を軽く叩く。


「まあ、どっちにしろ使えるもんはもうねぇんだ。ひとまず、部屋に戻ろうぜ?」

「ああ、そうだな。腹も減ったしな」


 武蔵の言葉に頷きながら、少年は今学校にいる全員が集まっている教室へ向かう。

 場所としては階段から最も離れた教室だ。侵入口を考えればもっとも安全といえる。その為、付近の窓蓋や内部の防壁なども一段と強化を施されている。……その分、教室内はだいぶ狭くなってしまってはいるが。


「ただいまー」

「あ……お帰り、武蔵君」


 武蔵ががらりと扉を開けて中に入ると、保健室から持ち込まれたベッドの上に腰掛けていた湊が小さく微笑みながら出迎えてくれる。

 彼女のほかにも何人かの女子生徒たちはベッドの上に座り込み、あるいは気分の優れないもの同士がひとつのベッドの上でまとまって眠っていたりする。

 さながら野戦病院か、天災に襲われた避難小屋の様相を呈している教室内には、学校で生き残れた生徒たち……残り、二十名前後がまとまって座り込んでいた。

 教室内は窓側に形成された防壁のおかげで三分の二程度の広さしか残されていない。その残った面積も、持ち込まれたベッドのおかげで半分程度に狭まっている。

 しかし、ゾンビや化け物たちが撤退したチャンスでかき集めた物資はベッドやバリケードだけではない。購買内に残されていた保存の利く食べ物や、職員室に残っていた電気ポットやライト、延長コード類のおかげでこの教室内にこもっていれば二、三日程度であれば生き残ることが可能だろう。

 幸いにして、電気はまだ生きている。水も、多少は歩くが水道があるし、念のためということで2ℓペットボトルに水道水をつめたものが十本以上用意されている。

 少なくとも、誰かがすぐに死ぬということはないだろう。

 武蔵は湊の隣に腰掛け、一息ついた。


「バリケード作業、ようやく終わったよ……。これで、一安心だなー」

「そっか……お疲れ様、武蔵君」

「ご苦労様。すまなかったね、力仕事を押し付けるような形になってしまって……」


 武蔵の帰還に気が付いたらしい委員長が立ち上がり、武蔵の労を労おうとする。

 彼はかき集めた食料の中からジュースのペットボトルを一本取り出し、武蔵へと差し出した。


「疲れただろう。飲んでくれ」

「―――俺はいいや」


 だが、武蔵は委員長を胡乱げな眼差しで見上げながら、ゆっくりと首を横に振った。


「体動かしてないと、どうにかなりそうな気分だったから引き受けただけだし……。他に欲しがる奴がいるだろ? 喉が乾いたら、様子伺いもかねて、水道に行くわ」

「――そうか。わかった」


 武蔵の様子に委員長はかすかに眉を寄せるが、すぐに取り繕うように頷いて武蔵のそばを離れる。

 湊は委員長の背中と、微かな険を宿す武蔵の顔を交互に見やり、それから不安そうな表情で武蔵に問いかける。


「……ねえ、武蔵君。大丈夫?」

「……すぐにゃあ、仲良しこよしとはいかないや、やっぱり」


 ペットボトルを食料を詰め込んだ段ボール箱の中に戻す委員長の背中を睨み付けながら、武蔵は湊にだけ聞こえるようにつぶやく。


「どうにも鼻に付く態度だわ、委員長……。上から目線って言うか」

「それは武蔵君もだよ」


 湊は同じように武蔵にだけ聞こえるように声量を抑えながら、彼の言動を注意する。


「せっかく、委員長は武蔵君を気遣ってくれたんだよ? 好意は受け取ってあげなきゃ……」

「好意、ねぇ。そもそも、あの食料はみんなが生き残るためのものだろ? それを、委員長一人の判断で優先的に回していいのかよ」


 そのまま食料箱のそばに腰掛け、瞳を閉じて瞑想か何か始める委員長を睨み付けながら、武蔵はあふれ出す敵意を何とか押さえ込もうとするかのように、顔をしかめる。


「……それに、他の連中がどんどん出て行っても、止めもしなかった」

「それは……みんなが、生き残るために必死だったからじゃないかな?」


 湊は、ここのバリケードが完成するまでにあった出来事を思い出す。

 空を飛ぶ化け物の襲来が収まってから、しばらく。

 避難場所を二階に変更し、残ったものたちで集まりバリケード形成などの作業を始めたわけだが、その後も黒沢たちのように外に逃げ出すものは後を絶たなかった。

 家に帰る。学校なんか信用できない。篭っていても何も解決しない――。

 口々に告げられる理由は様々であったが、怯えたように学校を後にしたのは全員一緒であった。

 ……そんな彼らの様子を、委員長は静かに見送っていただけだった。

 武蔵たちの教室に篭っていたときに黒沢と激しく議論を交わしていたときのように、脱出しようという者たちを止めようとはしなかった。

 皆を見送る静かな委員長の姿を思い出しながら、湊は小首をかしげた。


「あんなことがあった後だから……皆、生き残りたいと思って必死に行動したよ。だから、委員長も無理に止めようとしなかったんじゃないかな?」

「……そうかな。まあ、あんなことがあったからっていうのは同意するけど」


 武蔵は湊の言葉に頭を振る。

 ……自分と、湊の言葉の意味の差異を考えながら。

 おそらく、湊は化け物たちの襲撃のことを言っているのだろう。

 あんな、直接的な死に繋がるような出来事があった後であれば、誰もが生き残るための必死になるし、それを止めるような真似はしないだろうと。

 ……だが同じタイミングで、委員長はひとつの行動を起こしている。


「……あんなことがあった後だ。生き残るために必死なんだろうさ……」


 ――同じように、生き残るために……英人を殺そうとしたのだ。

 武蔵は逃げ出す者たちを見送る委員長の背中を見て、何度も彼が英人の後頭部を殴った光景がフラッシュバックした。

 何の感情も移さない瞳で、逃げたいという者たちを見つめる彼の表情に、微かな怖気を感じていた。

 そうして、止めることなく彼らを送り出す委員長の姿を見て、彼の心の声を聞いた気がした。


――ああ、逃げてくれたほうがいい。そうすれば、僕たちは生き残れる――


 ……と。

 学校に残る者が少ないほうが、残された物資はより長く持つだろう。消費するものがいなければ、食料も水も減らない。

 外で動き回る者が多いほうが、学校への注意は逸れるかもしれない。化け物たちは、生きた人間を襲う性質がある。当然、外で動き回った人間のほうが、注意が引きやすいだろう。

 始めは五十人程度残っていた同級生たちも、階段のバリケード形成着手に至るまでに二十人程度に減じてしまっていた。

 それだけの人間が残ることなく外に出ることを選択しても……委員長は止めることも咎める事もしなかった。

 ただ、黙々と逃げる者たちを見送っていたのだ。

 そうして残されたのは、逃げる気力も持たない気の弱い者がほとんどだった。

 委員長は、そんな彼らに対して声をかけながら、バリケードを形成していった。

 生き残るためだ。頑張ろう。きっと大丈夫だ――。

 逃げるものとは打って変わって、残る仲間たちにやさしく声をかけてゆく委員長。


「でも、あんなことがあっても、周りに気が使えるんだから委員長すごいよね……」

「……そうな」


 そんな彼の姿を湊は好意的に捉えているが、武蔵にはどうにも受け入れ難かった。

 英人を殺されかけた恨みも手伝っているのだろうが……なんとなく、委員長の行動に黒いものを感じるのだ。


「………」


 先の労いの言葉。誰の断りもなしに差し出されたペットボトル。

 ……まるで、自分のものを臣下に差し出すかのような行動。


「……チッ」


 武蔵は湊に隠すように小さく舌を打つ。

 いくらなんでも穿って考えすぎだろう。恨みが先走りすぎたせいで、委員長のことを色眼鏡でしか見れなくなってきているのだろうか。

 そもそも、こんな狭い世界で王様気取りになったところで、一体何が満たされるというのだろうか。

 ……きっと、疲れているのだろう。そう考え、武蔵は床に腰を下ろす。


「武蔵君?」

「ごめん、湊。ちょっと眠るわ」


 武蔵はベッドの足に背中を付け、瞳を閉じる。あいにく、ベッドの上はすすり泣く女子たちでいっぱいになっている。

 湊はあわてて場所を空けようと、腰を浮かせた。


「そんな、床の上じゃだめだよ。私が降りるから!」

「気にしなくていいよ。それじゃ、お休み……」


 武蔵は湊の気遣いを聞かぬまま、まどろみの中へと落ちる。

 思いのほか、疲れていたのだろうか。睡魔は瞬く間に武蔵の意識を奪い去り、全てを忘れさせてくれた。






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