中間市:櫛灘家・邸宅 -7:00-
日本の片隅の存在する、山間部のとある都市。
名前は中間市。……大きな山と長い川の間にあるから「中間市」なんだと、古くから住む老人たちは冗談交じりに笑ってそう言っている。
風光明媚と言えば聞こえはいいが、中間市には誇れるものは何もない。都心に近いわけでもないし、何か名所があるわけでもない。
古い遺跡やお城もなければ、真新しいビルもタワーも存在しない。
何か名産の果物がいるわけでも、特別珍しい動物がいるわけでもない。
日本のために働くお父さんたちのベットタウンでもなければ、未来輝く子供たちのための名学校があるわけでもない。
著名な歴史上の人物の生誕の地でもなければ、今を生きる有名人の故郷でもない。
日本全国でも、ここまで何もない市は珍しいんじゃないか?と誰もが口をそろえて首を傾げる街……それが、中間市だった。
そんな街に暮らす一人の少年、櫛灘英人は大欠伸を掻きながらゆっくり体を起こした。
喧しい音を鳴らすのは、目覚まし時計だ。眠れる英人を叩き起こした憎いやつは、今日も元気に勉強机の上で体を揺らしている。
「くぁ~……!」
両手を上げ、伸びをして、半開きの目を擦りながらカーテンを開く。
まだ上がったばかりの太陽は、今日も元気に中間市を照らしている。
「今日もいい天気だこと……ふぁ」
英人は欠伸を掻きながら体をベットの上から引き出し、机の上で鳴り響く目覚まし時計をやや乱暴に叩く。
自らの役目を果たしながらも乱暴に扱われた時計は、抗議するようにベルを一鳴らしするが、抵抗もむなしくそのまま沈黙する。
もう次の朝まで鳴り喚かぬよう、英人はスヌーズ機能もしっかり切って……また一つ、欠伸を掻く。
「あ~ぁ……まだ寝ていたいなぁ……」
「英人ぉー! 起きたなら、もう降りてらっしゃい! 朝ごはん、できてるわよぉー!」
「はーい……」
下階から呼ばわる母の声を聞き、未だ怠惰を貪りたいと切望する体を引きずりながら階段を下りてゆく。
そうしてキッチンを抜けてリビングまで行くと、もう自分以外の家族は起きてテーブルの上の朝食を食べ始めているところだった。
英人はまず、キッチンで自分の分の牛乳を注いでくれている母に挨拶をする。
「おはよう、母さん……」
「はいおはよう! ほら、これ飲んでシャンとなさい!」
母はそう言って、良く冷えた牛乳を英人に手渡す。
英人は寝ぼけ眼でそれを受け取り、ゆっくりと白い牛乳を嚥下しはじめる。
そんな英人の姿を見て、英人のように牛乳を飲んでいた妹が、おかしそうに声を上げた。
「お兄ちゃん、お寝坊さんだー。いいのー? 仮にも受験生がそんなことでー」
「うっさい、礼奈……。受験生受験生って、いたいけな学生いじめて何が楽しいんだよー……」
牛乳を飲み干した英人は恨みがましくそう言いながら、空いている自分の席に腰掛ける。
軽く朝刊を読み流していた父は、英人と母が席に着くのを待ってから手にした朝刊を折りたたみ、英人の言い分に小さく苦笑する。
「まあ、そうぼやくな英人……。確かに勉強は父さんも大っ嫌いだが、怠けたせいで、ロクなことにならなかった、なんてのは嫌だろう? ゲームのLv上げみたいなもんさ」
「俺、Lv上げあんまり好きじゃないからなー」
「……人生で縛りプレイは、あまり感心しないぞ?」
「はいはい、話しこんでると、英人が遅れちゃうでしょ? その話はまた今度!」
脱線しかかる父と子の会話を強引に結び、母は両手を合わせる。
「それじゃあ、みんな一緒に――」
母の音頭に合わせ、父も礼奈も、英人も手を合わせる。
「「「「いただきまーす」」」」
ご飯の前の、いつもの挨拶。朝食はつつがなく、一家の胃袋の中へと納まっていく。
――八月初旬。世間一般は猛暑に苦しみ、まだ幼い学生たちは夏休み真っ只中を満喫している、そんな時期。
ごく当たり前のように昨日が終わり、そして明日へ向かって今日が始まるところであった。