中間市:中間高校・3-B教室 -12:21-
……黒沢はそんな二人の様子を痛ましげに見つめながら、ポツリとつぶやいた。
「……お喜びのところ悪いが、いい知らせってわけじゃないぜ? 委員長の言うとおり……英人が感染してる可能性はきわめて高いんだからな」
「っ!? それ、は……!!」
黒沢の言葉に、武蔵は息を詰まらせる。
彼の言うとおり……えりなの最期の言葉を考えれば、英人の感染している確率はきわめて高い。
依然として、英人の潜在的な危険度は高いままだ。
「いっそ、死んでりゃぁな……。下手に悩まずにすむ。英人が誰を襲うだの、誰が襲われるだの……考える必要はなくなるからよ」
「………っ」
痛ましげな黒沢の言葉に、武蔵は唇をかみ締める。
黒沢の言葉は乱暴であったが……確かに、先の一撃で死んでいれば余計なことを考える必要はなくなっていた。
生きている以上……そして、感染している可能性が高い以上、英人に対する処遇を考える必要はどうしても出てくる。
そして皆が助かる一番効率のいい方法は……改めて、英人の命を奪うことだ。
英人が生きていて、民主主義的に追放されたとして……英人は、生き残ろうとしたものたちを恨まずにいられるだろうか?
学校の外が、先の化け物のような連中がうろついていたとして……命からがらそれらから逃れたとき、ふとしたきっかけで学校に残ろうとしたものたちのことを考えるのではないか?
なぜ自分がこんな目に……英人が、そう思わずにいられるだろうか。
そうして恨みを抱き、復讐に現れないと……誰が言えるだろうか。
その復讐の矛先が、自分たちに向かないなどと……武蔵だって、口にすることはできないのだ。
「……だが、心配すんなよ。俺にいい考えがある」
黒沢はそういうと英人の携帯電話を拾い、さらに武蔵の手から英人の体を奪い、自分の肩に担ぎ上げてしまう。
「黒沢……? なにを……」
「俺が、こいつを外に連れて行きゃぁいいのさ。目を覚まさないうちに、な」
ナイスアイデアといわんばかりの表情で、黒沢はそう口にする。
武蔵は一瞬呆けてしまうが、すぐに首を横に振ってつぶやく。
「いや、それじゃあ……黒沢、お前も危ないだろう? 連れて行くなら、俺が……」
「俺ははじめっから外に出たいんだよ。そういう奴が、外に連れてくってんだ、素直に聞いておけよ」
黒沢は武蔵の提案を断り、それから湊のほうに目配せする。
「……それに、お前まで外に出ちまったら湊はどうすんだ?」
「っ! 湊……」
武蔵は湊の方を振り返る。
湊は、黒沢に担ぎ上げられた英人の体を見て、どうすべきか、なにを言うべきか……それらを考え、迷っているようだった。
うろたえたような表情で、武蔵と英人の体を交互に見比べている。
そんな彼女の様子を見て、武蔵は黒沢のほうへと振り返る。
「……黒沢」
「大丈夫だ、武蔵。英人のことはうまくやるさ……俺が手を下したりはしねぇし、起きるまでは付いててやるよ」
黒沢はそういって、委員長のほうを振り返る。
「……ってわけだ委員長。こいつを連れて行く代わりに、俺を外に出してもらうぜ? わるいはなしじゃあ、ないだろ?」
「……確かに、そうではあるが」
委員長は眼鏡を押し上げながら、まだ解決していない問題を口にする。
「……出るにしても、どこから出るつもりだ? 下階はゾンビで溢れ返っている……。階段も、脱出用のスロープも危険だぞ……?」
「……まあな」
黒沢は認めるように、軽く肩をすくめる。
ゾンビがいるような状態では階段のバリケードを引き剥がすことは当然できないし、ゾンビの身体能力がはっきりしないうちでは、スロープも下ろせない。下手にスロープを降ろしてそのまま上ってこられては脱出もままならないだろう。
黒沢が二の句を告げずにいられると、不意に階段のほうから大声が聞こえてきた。
「――おい! 来てみろ! 階段から、ゾンビが消えてんぞ!!」
「あん? 今の声……」
「隣のクラスの、委員長か? 生き残ったのか!」
「いや、それより今、すげぇこといってなかったか!?」
「行ってみましょうよ!」
口々にそういいあい、クラスの者たちは階段へと駆け出す。
黒沢は英人を担いだまま、武蔵と湊はそんな黒沢を追い、委員長も彼らを追って外に出た。
そして階段付近まで駆け寄ると、バリケードはすでに剥がされ、下のほうを覗いていた一人の生徒が歓声を上げていた。
「いつの間にかゾンビどもがいなくなってるぞ! これで、外に出られるんだ!!」
「おお……いつの間に」
「少なくとも、さっきまではいたはずじゃないか……? まだ、下のいるんじゃないか?」
「いや、そんな感じはしねぇ! 下も、誰もいないっぽいぞ!」
下のほうへとずんずん進んでゆく生徒の一人は、そのまま歓声を上げながら駆け下りてゆく。放っておくと、玄関も開放してそのまま外に逃げてしまいそうだ。
黒沢はそんな彼の背中を目で追い、それからにやりと笑って委員長たちのほうへと振り返った。
「……問題はなさそうだ。じゃあ、俺は行かせてもらうぜ?」
「黒沢……」
「黒沢君……」
武蔵と湊は黒澤の名を呼び、数瞬迷うように手を伸ばしかける。
……本当のことを言うのであれば、英人を外に出すなど賛成できなかった。
気が付いたときにはずっと三人で行動していた。いつだって、どんなときだって、三人で笑いあっていた。
それが、こんな事態に巻き込まれ、自分たちでさえ生き残れるかもわからないような状況で……下手をすれば、これが今生の別れになってしまうというのに。
英人は目を覚ますことなく、ぐったりと黒沢に担がれてしまっている。
だが、起こすことはできない。次に目を覚ましたとき……英人が、英人でいる保障など誰にもできないのだ。
……結局、二人はかけるべき言葉を見つけられる、静かに数歩下がった。
何も言葉にできぬ自身を恥じるかのように。
黒沢はそんな二人の様子を見て、肩をすくめてそのまま下へと駆け下りていった。
「……黒沢! 待てよぉ!」
「私たちも、一緒にいくわ!!」
そんな黒沢の背中を追って、クラスメイトが数名階段を駆け下りてゆく。黒沢の意見に賛成し、外に出たがっていた者たちだ。
さらに、これ幸いと外を目指して少なくない者たちが、階段を駆け下りてゆく。
委員長は、そんなものたちの背中をじっと見送ってゆく。
そんな委員長の背中を見つめながら、クラスメイトの一人が声をかけた。
「委員長……いいの? これで……」
委員長は眼鏡を押し上げながら、その言葉に答える。
「……良いも悪いも、僕には彼らを止められない。事実として、ゾンビたちは学校の中からいなくなったようだし……」
下から悲鳴が上がらないということは、そういうことなのだろう。
委員長は眼鏡を押し上げながら、その場に残った全員のほうへと振り返った。
「……それより、今のうちに避難場所を移動してしまおう。また、ゾンビたちが来ないとも限らない……。それに、下には購買がある。そう多くはないだろうけど、食料も集められるはずだ」
「そっか……そうだな」
「篭る準備をするなら、安全なうちによね」
「そうだ。場所は……二階が良いな。バリケードの再構築も必要になるだろう……」
委員長は一拍置いて、武蔵のほうへと視線を向ける。
「……君たちも、それでいいな?」
「……ああ、かまわない」
武蔵は委員長の視線を真っ向から受け止め、まっすぐに見つめ返しながら言葉を返した。
「お前が誰かを守るために行動するっていうのなら……その間は、お前の言葉に従って行動するよ」
「そうか……」
「けど、忘れるな委員長。お前が、別の誰かを手にかけようって言うんなら……」
安堵の息をつきかける委員長に、武蔵は鋭い刃のような言葉を突きつけた。
「その時は、お前にも支払ってもらうぞ……そのツケを。その場で、だ」
「……肝に銘じておこう」
委員長はまた眼鏡を押し上げながら、踵を返して階下を目指す。
その場にいたほかの者たちは、彼らのクラスメイトを除いて二人のやり取りの意味を理解し切れなかったが、それでもその場はおさまったと考えて、委員長を追って下へと向かう。
クラスメイトたちは一瞬武蔵を痛ましげな表情で見つめるが、すぐに気を取り直したように、やはり下を目指した。
「………」
「……武蔵、君」
湊は、武蔵のまとう痛々しい気配を前に、おずおずと肩に手を置く。
武蔵は肩に置かれた手を握り……そっと下のほうに降ろしながら、笑顔で湊の方へと振り返った。
「……大丈夫さ、湊ちゃん。こんなことになっちゃったけど……英人とは、また会えるさ。ああ見えて、あいつだって結構すごいとこあるし」
「……うん、そうだね」
武蔵の言葉は気休めにもならなかった。
だが、その言葉に込められた気持ちは湊にしっかりと通じ、彼女も武蔵に笑顔を返した。
「……また、会えるよね。だったら、私たちも、しっかりしなきゃね……」
「ああ、そうだな。委員長たちの手伝いに行こうぜ? やることは、たくさんあるんだ」
「うん、そうだね」
そして二人も委員長を追うように、下へと移動し始める。
気が急いているのか、少し急ぐように階段を駆け下りてゆく湊の背中を、武蔵は真剣な表情で見つめる。
(……英人……湊は、俺が守るから……だから、また、会おうぜ……)
拳を握り締め、武蔵は決意を固める。
また、友と会うために……。
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