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中間市:中間高校・3-B教室 -11:51-

 屋上から聞こえてきた悲鳴に、学校にいたほぼ全員が廊下へと飛び出していた。


「今の悲鳴誰だ!?」

「さあ? 裕子先生……?」

「どっちにしろやべぇぞ、何があったんだ!?」


 屋上で狼煙を上げるという教師たちの帰りをじっと待っているときに響いた悲鳴……少なくとも歓声ではなかった。何か、恐ろしいことが起こったのだろう。

 そうして皆が廊下に集まったとき、屋上へと続く階段から物々しい騒音と悲鳴が響き渡る。


「あああ、がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「! 今のは……!?」

「繁藤先生の声じゃねぇか!?」


 廊下に出た者たちは、急いで階段へと駆けつける。

 対して距離のないその道程で、彼らはなにが起こったのかを悟った。


「っ!」

「あ、あれは……!」

「おっ、おっ、あ、ぐぅ」


 バリバリと音を立てて折れた肋骨が初老教師の胸板を突き破って飛び出してくる。

 その彼の内臓を貪っているのは……見たこともない、羽の生えた、化け物。


「な、ん……!」

「あんなのがいるのか!? じゃあ、屋上は……!」


 想像しうる最悪の状況であるだろう。

 うかつにも開放した屋上より……化け物たちが襲い掛かってきたのだ。

 その証拠に、屋上からは真っ赤に染まった化け物たちが四つん這いになってやってくる。


「―――」

「――……」


 壁を。天井を。そして床を。

 虫か何かのように這い回る化け物の、黒い眼球が廊下にいるものたちを見据える。


「ひっ……!」

「う、うぁ……!」


 生徒たちの大半はその目に見据えられたとたん、足に根が生えたかのように動けなくなる。

 信じたくない、信じられない……。ここに、これだけの化け物がいるということは、屋上に向かった先生たちがどうなったのか……。

 化け物たちの血化粧が物語っているだろう。……あの一部になるのが、自分たちの未来だとでも言うのか。


「い……いやだぁぁぁぁ!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 誰かの悲鳴を皮切りに化け物たちは飛ぶように生徒たちに襲い掛かってゆく。

 そのスピードたるや弾丸のごとく。瞬く間に、棒立ちになっていた何名かの喉首が、鮮血とともに花開いてしまう。


「ぎゃっ!?」

「ごぼっ……!」


 化け物たちはそのまま倒れたものたちに群がり、止めを刺すように全身を食い破ってゆく。

 それも無視して乗り越えて進む化け物は、逃げる生徒たちを追って、その先へと向かう。

 ……すなわち、ほかの生存者たちが残っている教室内へと。


「ひ、ひぃぃぃ!!」

「バカ野郎! とっとと来いやぁ!!」


 黒沢は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け寄ってきたクラスメイトを乱暴に教室の中へと引き入れ、教室の扉を閉めようとする。

 だが、それをさせぬと化け物がその手に付いた鉤爪を教室の扉に滑り込ませてきた。


「ぐっ!? この、化け物がぁ……!」

「―――」


 扉を開けようとする化け物と、閉めようとする黒沢。しばし、両者の力は拮抗していた。

 ――だが、それも一瞬のこと。


「―――」

「ぐ、お、あぁぁぁ!?」


 ぶちぶちと、筋肉の筋が切れるような音とともに、教室の扉が異様な音を立てる。

 べこり、と。まるで、へし折れたかのような、嫌な音を。

 そして次の瞬間、黒沢の体は扉に引きずられるように横へと吹き飛んでゆく。


「あぁ!?」

「くっ……!?」


 教室の中から外の惨状をうかがっていたクラスメイトたちが、目の前の化け物を見て構える。

 化け物はゆらりと顔を上げ、きちきちと牙を鳴らしながらことさらゆっくりと教室の中へと侵入してくる。

 さらに、別の化け物も……天井や壁を伝い、教室の中へ入り込んでくる。

 合計、四匹。それが……英人たちのいる教室へと侵入してきた化け物たちの数だった。


「ひ……ひ……!」

「うぁ……!」


 教師たちは、おそらくもう頼れない。隣近所のクラスと携帯で連絡を取り合った結果、全員が屋上へ上がったらしいことがわかっている。

 その隣のクラスも、頼れない。侵入した化け物のせいで、阿鼻叫喚の地獄絵図になっているらしいのがここからも聞こえてくる。

 外に逃げるのも叶わない。上はもとより……下からも、先のゾンビたちが上って階段を塞いでしまっている。


「―――」

「く、くるな……」


 逃げ場など、ない。


「くるな……くるなぁぁぁぁぁ!!」


 委員長が、ゾンビたちを前に大きな声でそう叫ぶ。

 それを合図にしたかのように化け物たちは翼を、腕を使って教室中を動き回る。


「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」」


 悲鳴が、教室の中に木霊する。

 今を必死に生き延びようと、誰も彼もが体を動かし始めた。


「来るなよ! くるなよぉ!!」


 天井を飛ぶ化け物を追い払おうと、大きく腕を振る少年に化け物は一気に近づく。

 上昇からの急降下。猛禽を思わせる動きで、化け物は少年の喉笛に牙を突き立てた。


「くる、ご、が!?」


 パッ、と花が咲くように鮮血が宙を舞う。

 だがそれで満足できないのか、化け物は大きく体をのけぞらせ、少年の首を喉仏ごと食い破る。

 肉の引きちぎれる音とともに、少年の体が決壊し、真っ赤な血が噴水のように吹き上がった。


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」


 それを見て引きつった悲鳴を上げながら、女子の一人が外への逃亡を試みる。

 狭い室内より、広い廊下のほうが逃げやすい……彼女が、そう考えていたかどうかは結局わからなかった。


「―――」

「あ、ぎゃぁぁぁ!?」


 天井に張り付いて動いていて化け物の動きのほうが、彼女が逃げ切るよりもはるかに速かったからだ。

 背中に飛び掛り、化け物は少女の肩の肉をごっそりと食い破った。

 化け物の重みと傷の痛みで少女は倒れこむ。出口の目前で。


「あ、あ……!」


 あと少しで、教室の外に出られる……そう信じて、少女は必死に手を伸ばす。

 化け物は、そのまま少女の首根っこを食い破り、彼女の人生に止めを刺した。

 教室内のあちらこちらで繰り広げられる惨劇を前に、委員長は秋山の身をかばいながら、必死に考える。


「く、くそ……! どうすれば……!?」


 彼の脳内プランに、この状況は存在していた。

 長く時間がかかれば、こういうこともあるだろう……。化け物が、こちらの防備を超えて乗り込んでくることはあるだろう。そうなったときのための考えも、一応考えてはあった。

 だがこれはいくらなんでも早すぎる……状況が始まって半日も経っていない。

 まだ何も……誰がどう行動するのかを決められてすらいないのだ。

 教室の中を逃げ惑うものたちを、今から纏め上げるのは不可能に近い。


「どうすれば……いいんだ……!?」


 今いる化け物たちの興味は、まだ別の者たちに移っている。

 今のうちに、考えねばならない。

 どうすれば、助かるのか。どうすれば、助けられるのか。


「もう、無理よ……もう、みんな……みんな……!」

「秋山君、こっちだ!」


 茫然自失となっている秋山の体を抱えながら、委員長は比較的安全そうな場所へと移動してゆく。


「ぐ……くそったれ……!」


 弾き飛ばされ、倒れていた黒沢は、頭を振りながら立ち上がる。

 そして教室内の惨状を前にして、吐き捨てるようにつぶやいた。


「だからいったんだよ、とっとと逃げようって……!」


 長くいれば、こういう状況になるのは自明の理であった。ゾンビの動きから、化け物たちは生きている人間を探してえさにしているのは明白。化け物たちも、積極的にこちらの体をむさぼっているのはわかりきっているのだ。

 であれば、場所を移さなければ、徐々に化け物たちの捜索網は狭まってゆき、最終的には発見されてしまうことだろう。

 サバゲーでもこの程度は当たり前だ。隠れる場所は、定期的に移動しなければ危ういのだ。


「ちっ……!」


 黒沢は身を低くしながら、廊下の様子を伺う。

 今の状態であれば、ここから逃げるのは容易いだろう。混乱に乗じれば、一人二人いなくなっても誰も気が付きはしないはずだ。

 だが、廊下の奥のほうではまだ教師たちの肉体をむさぼっているらしい化け物の姿がちらほらと見える。

 ……一人であれを突破するのは、おそらく厳しいだろう。バリケードがなければ一気に駆け下りることができるだろうが……。


「くそったれが……!」

「黒沢!!」

「んだよ!」


 舌打ちと同時に自らを呼ばわる声に振り返れば、頭上から化け物が襲い掛かってくるところであった。


「うぉ……!?」


 慌てて体を投げ出し、転がりながら化け物の強襲を回避する。

 化け物は顔面から教室の床にぶつかるが、ひるむことなく黒沢のほうへと顔を向ける。


「くそがぁ!」


 黒沢はすばやく立ち上がり、ともかくこの場を切り抜けるべく立ち上がりこぶしを構えた。

 ――混迷を極める教室内で、英人は武蔵とともに湊を庇いながら何とか教室の脱出をしようとあがいていた。

 狭い室内で逃げ惑うよりは、まだ廊下のほうが安全……な気がするからだ。最悪、先ほどの消火栓のところまで逃げれば、武器はある。

 だが、逃げ惑うクラスメイトのおかげで身動きが取れないでいた。三人固まってるため、へんに動けばクラスメイトの体当たりを食らってしまいそうな様子だ。


「くそ……! みんな、めちゃくちゃに動くから、こっちも動きが取れない……!」

「しょうがないっしょ、これは! 何しろ四匹だ! いつ、どのタイミングでこっちに連中の興味が向かうか……!」

「英人君……武蔵君……!」


 おびえる湊が、英人の服の袖をぎゅっと握り締める。


「大丈夫だ、湊……!」


 英人はそんな湊の手を一度ぎゅっと握り、それから教室全体を俯瞰する。

 入り乱れる悲鳴。交差する肉体。そして、飛び回る化け物。

 確かに、今は身動きが取れない。だが、すし詰めというわけではないのだ。武蔵と湊をつれて、脱出する経路、タイミングがあるはずだ。


(飛び回る三匹に、這い回る一匹……。全員が飛ばないせいで、逆に逃げ惑う連中の動きが荒れてるのか。なら、移動できる道は……)

「英人君!」


 湊の悲鳴を受け、英人はすばやく顔を上げる。

 天井から飛び掛ってきた化け物を前に、英人は咆哮をあげる。


「っだぁぁぁぁぁぁ!!」


 大きく振舞わす拳。渾身の左ハンマーパンチは、化け物の右頬を完全に捉え、そのまま勢いよく弾き飛ばす。

 それをみて、武蔵は口笛を吹いた。


「ヒュー♪ やるじゃんか、英人!」

「化け物っても、人よりでかいわけじゃないんだ……。殴ってどうにかなるだろ!」


 英人は軽く返しながら、湊の手を引いて窓ガラスを背に、壁に向かって移動し始める。


「武蔵! このまま壁沿いで外へ行こう!」

「お!? おk!」

「え、皆は!?」

「まずは湊、お前だよ! その後、皆は助ける!」

「わ、わかった……!」


 手を引かれながら湊は、納得したようにうなずく。

 ……最も、英人自身に湊と武蔵以外を助けるつもりはなかったが。


(外に出て、安全な場所で化け物どもをやり過ごす……。隙を見て、学校を脱出できれば一番いいんだけどな……!)


 こうなってしまえば、学校は安全とは言いがたい。下に対してバリケードを組んだ程度では、化け物の侵入を防げないのであれば、ここにい続けるのは危険だ。


(下の連中がいなくなってれば、そのままバリケードを壊して外に逃げればいい……。最悪、適当な教室からスロープを使って脱出すれば……!)

「……悪いこと考えてる顔だなぁ、英人」

「……何か言ったか?」

「いや、別に?」


 ぶつぶつと考えをまとめているときに、ぼそりと耳元でささやかれ、剣呑に武蔵を睨み付ける英人。

 武蔵はおどけたように肩をすくめながら、油断なく化け物の動向を監視する。


「……湊優先は賛成だけど、この人数を相手取るのは厳しいと思うよ? どうすんの?」

「……今のうちなら、平気だろ。たぶん」


 やはり武蔵には筒抜けだったようだ。それとなく釘を刺されてしまった。

 自分たちでだけで助かろうとすれば、当然残った連中も死に物狂いで付いてこようとするだろう。それがどのような道であれ、かすかにでも生き残る可能性があるというのであれば。

 だが、それでは困る。全員に付いてきてもらっては化け物まで一緒に来るだろう。

 ゆえに、もっともベストなのは。


(ここに人が残り、化け物がそいつらを襲い続ける状況……)


 英人は湊に悟られぬよう、手の中にたまった汗をぬぐう。

 それはつまり、他の者を切り捨てるという思考。

 湊の……ほかのものを助けてほしいという願いを、捨て去る思考。

 その決意が固まっているわけではない。自分で、そう決めたわけではない。

 だが、そうせざるを得ない状況になってしまったのだ。


(このままここにいても、ただ死ぬだけだ……。なら、湊だけでも、外に……)


 英人は決意の固まらぬまま、教室を脱出するために窓際を移動してゆく。


「………」

「………ッ」


 また一人、悲鳴を上げ鮮血とともに倒れるクラスメイト。

 視界の端でそれを捕らえた湊は悲鳴を上げかけ……グッとこらえた。


「また一人、か……」


 武蔵の呟きが嫌なカウントダウンとなって耳の中に残る。教室内にそれほど人はいなかった。急がなければ、化け物の興味がこちらに向くだろう。


「くそ……!」


 焦りながらも、英人は湊を先に壁のほうへと押しやる。

 その時、だった。




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