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??? -18:12-

「……これが、私が実際に体験した記憶と……ウィルスを通じて夢に見た、おにいちゃんの記憶……になります……」


―ウィルスによる、記憶の交感共有……。脳が発達しきっていない子供がCVに感染した際によく見られる現象だけれど、ここまで詳細なものは君以外には無理だろうね―


「はい……。私は……私には、ZVもCVもありますから……。でもこの記憶は、子供の頃から時折見るものを何とか思い出したものもありますから……整合性には、その、自信が……」


―いや、十分だよ。あの日に起きた謎の爆破現象……その中から、現状唯一生き延びたとされる君の言葉には……ええっと、日本の言葉で“値千金”だっけ? ともかく、それだけの価値と重みがあるんだからね―


「……私は、生き延びてない、です……。いつだって、私は……生かされている、だけだから……」


―それは君の人徳……いや、君を生き延びさせようとした人たちの意思さ……。気休めにもならないかもしれないけれど、君は生き残るべくして残ったのさ……。今、この世界に起こっている危機を何とかするために、ね―


「……皆さんは、そうおっしゃってくれますけれど……けれど、私では、何の役にも……!」


―そんなことはないさ! 君の細胞から作られたウィルスカウンターは、十分に機能している! これが開発されただけでも、世界はだいぶよくなっているんだ! もっと自信を持たないと!―


「でも……!」


―……よし! 今日の聴聞会はこれで終了としようか! ずっとしゃべりっぱなしで、疲れただろう? ご飯にしようか!―


「え? でも……まだ、質問があるんじゃ……?」


―それは、日を改めて行なおう! それに、今日はうちの奥さんが張り切ってご飯作っててね……。下手にディナーに遅れて、ご飯が冷めちゃったら、僕が怒られちゃうよ―


「えと……」


―それじゃあ、食堂に行こうか! 今、そっちに行くからね!―






 マイクの向こうの人物……顔見知りの研究員は一方的に言い置いて、マイクを切ったようだ。

 白い部屋の中でじっとしていた礼奈は、小さくため息をついた。

 露骨過ぎる話題転換のおかげで、礼奈も気が付いてた。気を使われたのだろうと言うことに。

 ……もう、十年ほど前になるのだろうか。生まれ故郷である、中間市が消滅してから。

 あれから、世界には少しずつZVとCVが蔓延していった。

 “組織”の存在は明るみに出て、各国が世界を守ると言う大義名分のために証拠隠滅を図ったが、自分たちが生み出した世界の闇は、そう容易く払えるものではなかった。

 むしろ逆に、追い詰められた組織はウィルスと変異者たちを使い、世界を牛耳るべく動き始めたのだという。

 連合国機関と呼ばれる組織に保護された礼奈が聞いた世界の現状は概ねそんな話であった。

 ……この話の中にどれだけの真実が含まれているかを推し量ることは礼奈には出来ない。或いは、どれだけの真実が隠されているのかも。

 だがはっきりしているのは、どうやら今の自分は世界の命運の端を握る存在であるらしいということであった。原因は、あの日の中間市にて行なわれた治療らしいのだが……詳細は、礼奈にもよくわからない。ウィルスとの共生が重要らしいのだけは理解しているが。

 おかげで“組織”と連合国機関……この双方に身柄を狙われ、そして今は連合国機関に身を寄せることとなっている。連合国機関は、世界の表の部分が集結し、“組織”に対抗するための機関らしく、少なくとも礼奈の待遇は悪くない。実験動物のような扱いを受けることはないし、世話をしてくれている研究員の人たちは皆良い人だ。

 ……一方で、世界で安全な場所は少しずつなくなっているとも聞く。すでに発展途上国や原油生産国は“組織”の手によって押さえられてしまった。全て変異者とウィルスによって、短時間で制圧されてしまったらしい。

 現在は、礼奈の細胞から得られたワクチンにより多少状況はよくなっているとも聞くが、恐らく焼け石に水といった程度だろう。一人の人間から生産できるワクチンの量などたかが知れている。世界中の人間を救うのには数が圧倒的に足りない。

 このままでは、恐らく世界を浄化するという名目で、“組織”が存在する場所に向かって放射能が……核ミサイルが使用されてしまうかもしれない。


(……そうなったら、どうなっちゃうのかな……)


 礼奈は、ギュッと血の気が失せるほどに強く手を握り締める。


(そうなったとき……世界は、どうなるのかな……?)


 滅びに傾く世界の中心に据えられた、小さな少女。

 彼女の心は少しずつ、その重圧で押し潰されようとしている。

 研究員がやってくるまでの数分の間、礼奈は心の奥で強く叫ぶ。


(助けて、お兄ちゃん……! 助けてよ……!!)


 もはや、記憶の中にしか存在しない兄の幻影を求め、少女は心の中で泣き叫ぶ。

 黒い獣……そう呼ぶことしか出来ない、異形の兄に向かって、ひたすらに助けを求めることしか、彼女には出来なかった。






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「機関の連中、相変わらず無駄な抵抗を続けていますね」

「中東を押さえても、向こうには原子力がある……当然、たやすくは折れないわよ」


 “組織”の本部。座標からその姿まで全てが隠匿されている場所で、二人の男女が会話を行なっている。

 男は直立不動の体勢で女の傍らに立ち、大きな椅子に腰掛けた女はけだるげな仕草で手にした資料をめくっている。


「そのうちミサイルでも撃ってくるでしょうね」

「それほど、愚かでしょうか?」

「愚かかどうかはともかく、切羽詰れば躊躇はしないでしょ? 明日は我が身……誰だって命は惜しいわ」


 手にした資料に期待していた成果が書かれていなかったのか、女は苛立たしげにため息をつきながら机の上に資料を放り投げた。


「だからってやられてやる義理もないけれどね……。変異者の生産ライン、効率落ちてるわよ」

「向こうもワクチンが手に入ったためか、ウィルスが散布された地域にも強行してくるようになりましたからね」

「ああ、劣化適合者のワクチン? 短時間しか効かないって言うけど、そんなに強力なのあれ?」

「少なくとも、噛まれた程度では発症しませんね。一時間程度の作戦であれば、ウィルスをものともしない作戦行動が可能なようです」

「面倒ね……。ただまあ」


 女はちらりと背後を見上げる。


「……ワクチンの精度はこちらが上だから、優位は変わらずよね?」

「ええ、その通りですね」


 女が見上げる先に存在するのは、二つのシリンダー。


「適合者は、こちらが抑えている。劣化ごとき出は覆せないことを、証明しようじゃないの」


 邪悪に微笑む女が見上げるシリンダーの中には、培養液のようなものが満たされ、一組の男女がその中に浮かんでいた。

 どちらも体は半分ほど存在せず、辛うじて頭と手だけがあるような状態であった。

 さらに言えば、女はまだ人としての原形を止めていたが、男のほうはもはや人であるのかどうかすら危うい。

 その男の顔は、まるで……獣のように、黒く醜く崩れていたのだ。


「中間市で発現した、二人の適合者……。“組織”が露見したのは手痛かったけれど、この二体を確保できたのは大きな収穫……いいえ、その後十年の間の後退を考えてもおつりがくるわ……」


 適合者……生き延びるためにウィルスとの融合を果たし、その全身は万能細胞とも呼べるほどに強靭となる、人類の遥か遠く先を行く者たち。

 それを手中に収めた“組織”の女は、深く笑う。


「神がもたらしたアダムとイヴ……。新たなる世界の鍵は今、ここにあるの。……足掻くが良いわ、古い人害どもが。いずれ、世界を書き換えてやる……新しい、世界にねぇ……」


 己が口にした文句がよほどおかしかったのか、女は哄笑を上げる。

 男は直立不動のまま、女のそばに恭しく頭を垂れる。

 暗い“組織”の一室に、ただただ女の哄笑が響き渡る。

 誰に憚るわけもなく、ただただ哄笑が響き渡る―――。




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