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中間市:中間高校・3-B教室 -9:47-

「全員無事か!?」


 荒々しい呼吸と共に教室に戻ってきた教師の言葉に、英人や他の者たちはクラスの中を見回す。


「えっと……?」


 普段より少ないクラスメイト達の数は……いささか、減じているように英人には感じられた。


「……おい、足りなくないか?」

「確かに足りない……?」

「っ……! 先生! えりなちゃんは!?」


 誰が足りないか気が付いた女生徒が名前を叫ぶ。

 えりな。確か、クラスの女子グループの元締めのような役割を担っていた少女の名前だ。

 元締めというと言い方が悪いが、派閥によっては対立が生まれやすい女という集団をうまく取り纏め、クラスの平穏の一端を担っていた気のいい少女だ。


「えりな? えりなはどうした?」

「えりなちゃん、英人君たちの後から出ていって……! 自分も、見てくるって……!」

「え……? おい、武蔵。お前、見たか?」

「いや、見てない……えりなちゃん、俺らの後に?」

「う、うん……二人を追うように……」


 英人たちが確認すると、湊が蒼い顔をしながら頷いた。

 英人たちは愕然となる。自分たちの後から、しかも女の子が飛び出していたとは思わなかった。

 しかも二人はそのことに気が付かなかった……柱の陰に隠れていたから、外に飛び出していれば気が付いていたと思うが……。

 クラスメイトの顔を見回していた委員長が、平静を装ったような顔つきで小さく呟く。


「……山本君もいません。彼は、イの一番で飛び出していったはずですが……」

「山本もか……!? クソっ!」


 委員長の言葉に、教師はいら立ちを隠そうともせずに教室の扉を蹴飛ばす。

 扉が歪みかねないほど大きな音を立てたのを聞いて、隣のクラスからも教師が飛び出してくる。


「今度は何です!?」

「あ……ああ、いえ……うちのクラスのものが、何名か……」


 叱責の言葉に、扉を蹴飛ばした教師は我に返り、目の前に立つ初老の教師に現状を告げる。

 最期の言葉は尻すぼみになってしまった彼の言いたいことは伝わったのか、暗い表情で初老の教師も俯いた。


「……こちらのクラスもです。一人、二人……ですが……」

「そちらもですか……」

「ええ……。今年赴任してきた彼女も犠牲になっています……もう、何が起きても不思議ではないのかもしれません……」

「そうですね……」


 二人の教師は顔を突き合わせ険しい表情で頷き合うと、それぞれの教室の中に顔を突っ込む。


「……みんな、しばらくここにいてくれ」

「先生は?」

「他の……生き残った先生たちと話をしてくる。その間、何をしていても構わないが……教室だけは出るんじゃない」


 教師はそれだけ言うと、教室の扉を閉める。

 幸いにも歪まなかった扉は静かな音を立てながら締り、教師の足音が足早に遠のいていくのが聞こえてきた。

 委員長は残ったもう一つの扉も閉め、それからクラスメイト達の方へと振り返った。


「……だれか、えりなさんと山本君の携帯電話にかけてみてくれないか? ひょっとしたら、まだ生きているかもしれないし……」

「! わ、わかった」


 委員長の言葉に何人かが急いで携帯電話を取出し、電話をかけ始める。

 えりなと山本に電話を掛けた者たちの中で二人の電話がそれぞれコール音を鳴らし始める。


「あ……! 呼んでる! 電話で呼べてる!」

「……出てくれよ、山本……!」


 祈るように携帯電話を握りしめ、願うように友の名を呼ぶクラスメイト。

 二人の耳元に当てられた携帯電話はしばらくコールを鳴らし……やがて、えりなの電話の方が繋がる。


『   ―――』

「つなが……! つながった! えりなちゃんの携帯、繋がったよぉ!」

「スピーカーに!」

「う、うん!」


 委員長の指示を受け、えりなの携帯に繋がった携帯電話がスピーカーになる。

 同時に聞こえ始めてくるのは荒々しい呼吸音と、無数の雑音。音源が遠いせいでどんな音かはっきりとわかるわけではないが……どうも、水っぽい音が響き渡っているらしいのは分かった。

 周りのクラスメイト達はつながった携帯電話に群がり、固唾をのんで向こう側にいるはずのえりなの言葉を待つ。


「………!」

「えりなちゃん? 聞こえる? えりなちゃん!」


 必死に呼びかけを行うクラスメイト。

 やがて、その声に応じるように電話の向こう側から声が聞こえてくる。


『 さ  と  こ ちゃ ん … … ?』

「そうだよ、私! 里子だよ! えりなちゃん、今どこにいるの!?」


 自らを呼ぶ声に、涙目になりながらも笑みを浮かべる里子。

 電話の向こう側で、えりなはまだ無事に生きている。きっとそうに違いない。

 ……そう、信じようとする里子。

 だが、委員長は眉根を顰める。携帯電話の向こう……えりながいる場所から聞こえてくる水っぽい音が引っ掛かるのだ。


『  さ と  こ  ちゃ  ん 。 わ  た し  … … 』

「えりなちゃん? どうしたの!?」

『 わ た し … … 』


 里子の呼びかけに、えりなはこう答える。






『 や ま も と く ん た べ ち ゃ っ た … … 』






「―――へ」


 里子の顔から、表情が抜ける。

 周りのクラスメイト達も、理解できなかったのか呆然とした表情で携帯電話を見つめる。

 そんな周りの様子に構わず、えりなは続ける。


『 せ ん せ い に か ま れ て ぇ 。 そ う し た ら 、 あ た まが ぼ ー っ と し て 』

「なに……なに、いってるの、えりなちゃん……」

『 め の ま え に や ま も と く ん が き て 。 わ た し 、 や ま も と く ん の の ど に か み つ い て ぇ 』


 英人と武蔵、そして先ほど下に行っていたクラスメイトたちは彼女の言葉に意味に遅まきながら気が付く。

 彼女の言葉は、そのままさっきグラウンドで見た光景に当てはまるのだ。


『 や ま も と く ん の の ど 、 あ つ く て 、 あ つ く て ぇ 』

「やめて……やめてえりなちゃん……! なんでそんな……!」

『 わ た し 、 わ た し … … 』

「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」


 えりながその先の何かを言うより前に、里子は携帯電話を床に叩きつける。

 床に叩きつけられた瞬間、携帯電話は真ん中からへし折れスピーカーから雑音を発し……それから沈黙する。

 里子は耳をふさぎ、そのまま一歩二歩と下がる。

 信じられない現実を前に逃避するように首を横に振り、血の気が失せた顔で一心に携帯電話を睨みつけていた。


「なんで……どうして……!」

「……確認するが、階下に現れた狂人たちは……」

「ああ……! 人間を……それこそゾンビみたいに食うんだよ……!」


 委員長の質問に答えたのは、一番最初に教室を飛び出していったクラスのガキ大将ポジションである、黒沢という少年だった。

 黒沢は蒼い顔のまま、激高したように体を振り見出し、続ける。


「口元真っ赤のまんま、人にがぶりと噛みつきやがる……! それで、青山先生も、美和子ちゃんもやられたんだ……! 噛みつかれたらどうなるかわかんなかったけど……けど、えりなの件ではっきりした……! 噛まれちまったら、俺たちもああなるんだ……!」


 黒沢は、階段のある方を睨みつける。

 そこからは絶えず呻き声が響き渡る。生者を求めるゾンビのように木霊して聞こえてくる呻き声。

 それを聞きながら、黒沢はぶつけようのない怒りを床に叩きつけた。


「きっと、この霧のせいでゾンビがでて……今町中はゾンビだらけだ!! あの時、霧が出たときに、学校から逃げてりゃ、俺たちはこんなところに閉じ込められなかったんだよ!!」

「……だとしても、こんな状況、誰も予想できない」


 黒沢の言葉に、委員長は務めて平静を装いながら眼鏡を押し上げる。


「それに、君の言う通りなら、今は街中にゾンビが溢れ返っている……。下手に外に出る方が危険のはずだ」

「なんだと……!?」

「違うか?」


 自らを冷然と睨みつける委員長に、黒沢は怒りに燃える瞳を向ける。

 二人の視線は結び合い、火花を散らしているかのように錯覚させた。




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