プロローグ
朝もやの中、小屋の扉がゆっくりと開いた。
足音を立てないように人りの少年が、腰を屈めながらゆっくりと歩く。
音を立てないように扉を元に戻した。
霧が立ち込め足元すら危ういが少年は駆け出した。
まだ朝早いせいか海鳥の鳴き声も聞こえない。
太陽はすでに上っているはずだが、まだ薄暗い。
海に突き出る形の桟橋に一艘の小型船が停泊している。
少年は船を、固定していたロープを手早く解き、飛び乗った。
操縦席に座ると軽くタンクを叩いて、音で燃料を確認する。
それから紐を引いて、エンジンを始動させた。
段々とエンジン音が高まり少年は、ニヤっと笑った。
すると桟橋の向こう側に少年が出てきた小屋から大声が響く。
「コラ!! コウおおおー!!どこにいくんじゃっ!!」
扉を開け、飛び出てきたのは、初老の男声。
白髭を蓄え足が悪いため杖をついている。
大声を上げ怒り顔の顔は、赤く染まっている。
それに、コウと呼ばれた少年は、いたずらに成功した悪ガキのような顔で―――
「悪いっ!じいちゃん!!」
操縦席に飛び込むとアクセルを踏み、船を発進させた。
船は波の流れに、逆らい霧の中を進む。
指標となるのは前方の海面を明暗に分ける境界線。
コウは船の上で、爪先を立てて、立ち上がり、前方に目を凝らす。
いくら明かりをつけているとはいえ、こうも霧が立ち込めていると船同士の衝突の危険性がある。
身長が足りずなんとか背伸びをして、前に顔を出している姿は少年の域を出ない。
この地域では、一般的な黒髪黒目に白い肌の成長途中の身体。
中肉中背ながら、毎日漁に出ているせいか、少年にしては体つきはがっちりしている。
まだ幼さが抜けない顔には、冒険に出発する子供のような心躍る表情を浮かべている。
「ここまできたら、浮遊大陸の陰もないな……」
船が光の境界線を抜け、陽光の元に飛び出した。
コウは船のエンジンを止めると、頭上の陽光目掛けて、思いっきり背伸びをした。
じいちゃんに何日も監禁されてたから久々の自由だ。
「やっぱ天井がないっていいなあっ!!」
コウは伸びをやめ、身体の向きを変える。
それから頭を上げていき、今まで太陽の光を遮っていたものを睨みつけた。
―――浮遊大陸。
この距離では巨大な壁にしか見えない。
船の燃料ギリギリまで、遠洋に出れば少しは、全容が見えるかもしれない。
石と土でできた陸地の上には、人の建造物である鉄の工場群が見える。
さらにその上にも住宅などの建造物は続き、雲を割ってさらに続いている。
オルフェと呼ばれるこの浮遊大陸は、コウが生まれるずっと前からあるそうだ。
この星に三つある浮遊大陸の内の一つ。
その昔、この星の大陸が全て海に飲み込まれそうになった時、人々は大陸を浮かせた。
大陸を浮かせるのに使用されたのが風石。
この世に存在する不思議な鉱石で、重力に逆らい物体を浮遊させる力がある。
だが、風石の効果にも持続期限があり、それは永久じゃない。
浮遊大陸が作られたのはおよそ700年前。
学校の先生が話していた事によると、浮遊大陸が落ちてくるまで、あと300年はあるそうだ。
つまりはコウが生きている間には、あの忌々しいものがなくならないということ。
コウはぐぬぬっ! と歯を上下で擦り合わせる。
「太陽の光をよこせっての……」
コウが住む大陸は浮遊大陸の下にあるのだ。
そしてコウが住む大陸の方が、浮遊大陸より小さい。
従って、太陽の光が届くのは日出と日没のみ。
勿論、浮遊大陸に行けば太陽の光は拝める。
浮遊大陸は五層の階級に分けられていて、上から偉い順で構成されている。
一番上は、投票というシステムで選ばれた大統領がいるそうだ。
だがコウには、その投票権はない。
五層までの住人にしかその権利は保証されていないからだ。
莫大な金を支払えば、四層までの住民権を得ることが出来る。
コウの知り合いも莫大な金を支払ってまで、五層の住人になった奴がいた。
だがコウはそこまでして、汚らしい工場群に住みたいとは思えない。
それにじいちゃん曰く「地に足をつけないなんて人間にすることじゃあねえ」だ、そうだ。
けどこれが一番重要なのだが、
年がら年中、頭上に天上があるってのはコウにとって、一番の苦痛だ。
そのすべてが―――
「くそったれ! てめえのせいだってのっ!!」
一言噛み付くようにコウは呟くと、エンジンを再び始動させた。