冬の迷子
村から離れた遠い山、小さなおうちがありました。
周りは一面、雪景色、人が訪れることなんてめったにありません。
何年も雪が降り、冬が続いているところに一人の小さな女の子が住んでいました。
「つまんないなぁ」
女の子は外で雪だるまをつくりながら大きな声で呟きました。
「そんなこといわないで遊ぼうよ」
女の子が振り向くと赤い目のうさぎと黒い目のうさぎが女の子を見上げていました。
「サクラ、ツクシ」
女の子は二匹をそう呼びました。
「あっちの広場でかまくらをつくろうよ」
赤い目のサクラが言いました。
「みんな待ってるよ」
黒い目のツクシが女の子の足をひっぱりました。
女の子は引っ張られながら広場へと向かいました。
そこには、うさぎがいっぱいいました。
「さぁ、かまくらを作ろう」
女の子はたくさんのうさぎと一緒にかまくらを作りました。
みんなで協力して完成したときにはもう日がくれて真っ暗になっていました。
「暗くなったね」
サクラが空を見上げました。
「帰ろうか」
ツクシも言いました。
「じゃあ、また明日」
サクラもツクシも女の子に言っていなくなってしまいました。
「また明日」
女の子は寂しそうに手を振りました。
女の子がおうちに帰っても明かりはついていません。
まっくらな部屋があるだけです。
「つまんない…」
女の子は明かりをつけて部屋を見渡しました。
「明日はもっと楽しいことがあるといいな」
女の子はお星様にそう毎日祈りました。
次の日の朝、ドアを叩く音で目が覚めました。
「なーにー?」
眠い目をこすりながら女の子はドアを開けました。
「大変だよ!」
サクラが飛び上がって言います。
「変なのがいる!」
ツクシも飛び上がって叫びます。
女の子は二匹に連れられてきのう作ったかまくらのところに行きました。
「あれ?」
かまくらの中に見たことのないモノがいました。
女の子と同じくらいの大きさのモノがうずくまっていました。
「だぁれ?」
女の子が話しかけるとそれは女の子を見ました。
「君はなに?」
「…ぼくは…ヤマト」
小さな声ではっきりと言いました。
「ヤマト?それが君のこと?」
「うん」
女の子はヤマトをじっと見ました。
自分と同じ生き物を見て、女の子はとても嬉しくなりました。
「遊ぼうよ」
「うん」
一緒に雪だるまをつくったり、おにごっこをしたりいっぱい遊びました。
「暗くなってきたから、ぼくはもう帰るね」
「もっと遊ぼうよ!」
「だけど、おかあさんに怒られちゃう」
ヤマトは一緒に帰ろうと言いました。
「ぼく、きのうからおうちに帰れてないんだ。君なら村への帰り道わかるよね」
ヤマトは女の子の手をひきました。
「むら?」
「君のおうちも村にあるでしょ。一緒に帰っても明日も遊ぼう」
どうやらヤマトは迷子になっていたようです。女の子に会ったことで帰れると思っていました。
しかし、女の子は村の場所なんてわかりません。
「帰りたいよーえーん」
ヤマトは帰りたいと泣き出してしまいました。
「わたしがいるんじゃだめなの?」
困ったように女の子は言います。
「帰りたいよー、おかあさんに会いたいよー」
ヤマトは女の子の言うことを聞きません。
「おうちに帰ってもまた遊んでくれる?」
「うん」
「また会いに来てくれる?」
「うん」
「わかった。一緒に帰り道を探そう」
女の子はヤマトの手をぎゅっと握りました。
夜の山は危険です。
二人は女の子の家で寝て、翌朝村を探しに行くことにしました。
「サクラ、ツクシ、村ってわかる?」
二匹に聞きました。
「人間がいっぱいいるのはね」
「山の下だよ」
サクラとツクシが女の子とヤマトの前を歩き始めました。
「二人じゃ心配だから私たちもついていくね」
「ありがとう」
二匹と一緒に山を降り始めました。
「君はなんでこんな山にいるの?」
「わたしはここのカミサマだから。サクラとツクシはわたしがカミサマになった時からのお友だち」
サクラが嬉しそうに跳び跳ねました。
「そうなの!名前つけてくれたのもこの子なの!」
仲良くなると女の子はサクラとツクシと言う名前をつけていました。
「こども一人でこわくないの?」
ヤマトは聞きました。
「サクラもツクシもいるもん。だけどヤマトが来てくれてうれしかったよ」
女の子はヤマトと手を繋いでいました。
二匹と二人は長い時間歩きました。
途中、オオカミに追いかけられたり冬眠中のクマの横をゆっくり通ったり、でもしっかりと山のふもとへと向かっていました。
「あ!」
ヤマトが大きな声をあげました。
「ここ知ってるよ!」
そういってかけあしになりました。
「帰ってきた!もうすぐ村だ!」
ヤマトは飛び跳ねて喜びました。
「君も一緒に行こう。お礼しなくちゃ」
しかし、女の子は村が見えると立ち止まってしまいました。
「うんん。ここまでだよ」
「え?」
女の子はサクラとツクシを抱き寄せました。
「そっちは怖い…」
女の子は震えていました。
「大丈夫だよ!」
「帰るよ…わたしのおうちはあの山の小さな家だから」
女の子は男の子に背中を向けました。
女の子はどうしても村に入るのがこわかったのです。
あそこにはこわい大人というものがいるのですから。
女の子の名前をうばった、こわい大人がいっぱいいるのですから。
「ヤマトはこわくないよ。だけど、わたしはそっちにいたらいけないんだよ」
女の子は困ったように言いました。
「さようなら」
と女の子は歩き始めました。
「―――!」
ヤマトが何かを叫びました。
「え?」
女の子は思わず振り向きました。
「帰ろうよ!ぼくたちのおうちはここにある!」
ぼくたち、とヤマトは言いました。
「ぼくはただの迷子じゃない!」
ヤマトの後ろに大きな人が何人か近づいてるのが見えました。
「ヤマト!!」
ヤマトを見つけた大人がヤマトを抱きしめて泣いていました。
それを見た女の子は思わず近くの木に隠れました。
「おかあさん!いたよ!連れて帰ってきたんだよ!」
ヤマトは女の子を指差しました。
そして、大人は驚きました。
「あの子は…」
うさぎを抱き抱えている女の子を見て呼び掛けました。
「ああ、あの子は…」
ヤマトのおかあさんがある大人を呼びました。
その大人は女の人でひどくやせて疲れているように見えました。
「ほら、あの子よ」
ヤマトのおかあさんが女の人に女の子を見せるように指差しました。
「あ…」
女の子は女の人と目が合うといっそう怯えました。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
女の子のうでの中でサクラとツクシが心配そうに見上げました。
「サクラ、ツクシ、帰ろ」
女の子は走り始めました。
サクラとツクシを抱いている女の子は少し走ってこけてしまいました。
しかし、女の子がこけても走る足音はやみません。
女の子が後ろをふりむくと女の人がすぐそばまで来ていました。
「いやっ」
女の人の手を振り払おうとして、女の子は逆に捕まってしまいました。
そして、女の子を抱きしめて名前を呼んだのです。
「萌…!」
「え?」
細い腕で抱きしめて離しません。何度も女の子を呼びました。
「萌、萌、萌、ごめんね!ごめんね!」
女の子の震えは止まっていました。
「お…かぁ…さん…?」
「ごめんなさい。もう帰ってきていいのよ。みんな私たちが間違ってたのよ」
「かえ…る?」
「そう、帰ってきていいの。あなたはこの村の子供なんだから」
「萌かえっていいの?もう、一人でカミサマしなくていいの?」
女の子はぎゅっと女の人にしがみつきました。
「もういいのよ。ずっと一人にさせてごめんなさい」
女の人の涙が雪に落ちました。
「おかあさん、ただいま!」
女の子・萌の涙も雪に落ちました。
その瞬間、暖かい日差しが降ってきました。
「おかえりなさい」
萌の母親は萌を二度と離さないようにしっかり、ぎゅっと抱きしめました。
「春がきた」
「春だ」
サクラとツクシが口々にいうと萌に別れを言って山へと帰っていきました。
「萌、おうちに帰りましょう」
「うん」
萌は手を繋いで村へと帰りました。
雪が溶け、長い冬が終わり春がくるのももうすぐです。