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終 ねじよ、まわれ

 腹をくくって、トモロウは工場の前に立った。

 立ったはいいものの、もう5時間もいったりきたりを繰り返している。


 親方に礼をいって、余った親方ネジを返して、もし許して貰えるなら、頭を下げて、また弟子にしてもらえれば。

 結局、トモロウには内域のネジが合わなかったということになるだろうか。内域で学んだことが無駄だったとは思わない。論理的思考、緊急時にも冷静さを保つ方法、いろんなことを学んだ。だがその論理がトモロウに言うのだ。「俺が内域にいることは最善効率ではない」と。

 謝らないと、でも仕事中に邪魔してまた怒鳴られないだろうか、それならまだ仕事上がりに呑みにいったときに飲み屋で偶然を装ったほうがいいのでは? いや逆にわざとらしいか、なら今まっすぐ行ったほうが。でもしかしどの面下げて先輩達に顔向けできようか。付け焼刃の論理思考が空回りし、言い訳ばかりが溢れ出す。


「おう! お疲れ!」


 またコレっすか、奥さん大丈夫なんすか、あったりめえよう。

 ネジを打つ音、懐かしい掛け合いが響く。

 トモロウが工房に顔を出すきっかけをつかめないまま、親方は定時に勤務を上がって繁華街へと向かう。見慣れたいつもの光景だ。


「あ、親方っ」


 トモロウには気づかない様子で、親方は足早に内域との境界、川沿いの歓楽街へ。これはさりげなく飲み屋で呑んだ勢いで謝ってしまうチャンスかも知れない。足音を潜め、トモロウは親方の後を追う。


 違和感に気づいたのは、その後親方がセントラルゲートを渡り始めたときのこと。


(おかしいな、飲み屋街じゃない……?)


 橋桁の所々を叩きながら、内域へと渡って行く。


(自分のネジを使ったところを確認してるんだ……!

 終わったらこれ、こっちへ戻ってくるぞ!)


 橋の手前側に隠れるトモロウ。だが、親方は橋を渡り切るとそのまま大通りをまっすぐ、内域の奥へ。見失わないよう、急いで橋を渡りきり、親方の後を追う。今夜は警備員の姿もなぜかなく、取り出そうとしていた内域の身分証が行き場を失う。


(『塔』じゃないか、ここって入れるのか……?)


 窓も入り口もない白亜の塔。上流工程研究修学棟に囲まれた、山の中腹に立つ巨大な塔に、迷うことなく親方は歩みより、陶磁器のような外壁に触れてから、ゆっくりと振り向いた。


「おう、誰かと思ったらトモロウじゃねえか! なァにコソコソつけてんだ!?」

「げ、いや、その……」

「なんだ、お前がついてくるたァな……。こいつぁおかしなことになっちまったな! まあいい、こっち来な」

「はいっ!」


 近づくと、白い塔は巨大な一枚の壁でできていて、まるで継ぎ目がないように見える。巨大な白い岩を削りだして作ったのだろうか?

 その視線に気がついたように、親方はトモロウの頭を抱き寄せ、「ほれ、ここ見てみな」と壁にこすりつける。


「あれ、これ……ネジじゃないすか!」

「そうさ、この塔、継ぎ目がないように見えるがな、ジッサイとんでもねぇ精巧なネジで止められている」


 よくよくくっついて見てみれば、滑らかな白壁にはところどころ確かに継ぎ目があり、壁面と同じ色をした細かなネジ山が点在している。

 親方は、壁をコンコン、と拳で軽く叩いて、塔の最上部を見上げた。トモロウもそれに倣う。


「オレたちネジ職人はな、みんなこのネジを目指す。この、オレたちの祖先がここに来るとき乗っていた、この宇宙船を再建できる日のために」



 我々の祖先はこの星に資源を求めてやってきた。

 衛星軌道上から採掘作業を行う計画であったが、事故により宇宙船は破損。この星に墜落することとなる。

 その際、主目的たる採鉱技術者を守ることを最優先としたパイロット、ソフトウェアエンジニア達は総力を上げて不時着に成功。安全なシェルターに隔離されていた技術者たちは無事だったが、コクピットは大破。ほとんどのソフトウェア・エンジニアと、その技術は失われてしまった。



「今、アイツらは必死でその時の技術を取り戻すべく、がんばってる、ってこった。だから俺ら職人も、その時に腕が鈍ってネジがつくれませーん、ってなことにならねえよう、腕を磨き続けなきゃなんねえ」

「……はい」




「おや、奇遇ですね」

「トモロウだー」


 まったく継ぎ目のないように見えた「塔」の外壁、その一部が持ち上がるように開き、白衣の二人が顔を出す。


「センセー、アスハも。センセー、こちらはその、僕の外縁時代の親方でして」


 おたおたするトモロウを尻目に、親方は気軽にほいっと手を上げる。


「おう、邪魔してるぜ」

「邪魔ではありません。そもそもこの「塔」は皆の共有物ですから」

「相変わらず堅てぇなぁウヘヘ」


 ニヤニヤ笑う親方。いつもどおり笑みを絶やさないセンセー。


「なんか気持ち悪いな……あの二人、知り合いなんかな」

「さーね」


 アスハは昔のように、自然に言葉を返してくる。


「私達が幼馴染なんちゃ、センセイたちにもいろいろあっても不思議ではないよ」

「そうかもな」


 センセーは、親方に二枚の紙を渡す。


「今日のネジ代の精算です。それから、トモロウ君の除名と移籍の手続きを」

「おう、確かに承ってござい」

「ちょ、ちょ! 待ってくださいセンセー、除名って」

「職人に戻るのでしょう? それに、今日ここにいるということは、そういうことではないのですか?」

「え?」

「あー」


 親方がぼりぼりと尻をかく。


「今日は偶然なんだわ。でもまァ、これもウンメーってやつかもしれねェし、こいつでいいぜ」

「適当ですね、相も変わらず」

「ネジもな、オレタチも。誰がどこでどう噛み合って回り始めるか、誰にもわかんねえもんさ」

「そういったものかもしれませんね。証明のできないことではありますが」

「そんなもんだ」


 そういって、親方とセンセーはトモロウとアスハを並べて立たせる。純白の塔を背負う二人。



「トモロウ、お前を俺の跡継ぎとして正式に指名する。『塔』に誓って」

「アスハさん、あなたは私の跡継ぎとして、次代のマスターとなることができますか? 『塔』に誓って」


「え……? え?」

「……はい、わたし、誓います」

「おい、アスハ?」


 白衣の袖をぎゅっとつかみ、アスハは『塔』を見上げる。


「私はかならずこの船を動かしてみせます。必ず」


 未来だけを視るその横顔に、トモロウはまた言葉を失う。あのときのように。

 でも、またあの時と同じじゃダメなんだ。


「……必ず、俺も! 俺も! 誓います!」

「おいおい、せっかちなヤツだなオイ。何をどう誓うんだ?」


 腕を組んでニヤニヤする親方。


「アスハ、その、俺、やっぱり上流工程向いてないと思うんだ」

「うん、知ってた」

「そうか。だから、その、また、ネジ職人に戻ろうと思って。今日、親方に許してもらえたら、ちゃんと報告しようと思ってた」

「そう。知ってたよ」


 今度は、俺から。


「俺も誓う。アスハに誓う。完璧な螺子作って、待ってるから。アスハの夢を、助けることを誓う」

「うん」


 二人で、「塔」の先端を見上げる。

「そのときはまた、わたしをたすけてね」



 ふと、アスハの膝関節が緩んでいることに気がついた。

 ポケットをまさぐって、手持ちのネジがない事に気が付き、しかたなく自分の膝関節から予備のネジを取り外して、跪く。


「アスハ、俺のスペアだけど、いいよな」


 トモロウはその無骨なネジを、誰よりも高潔な騎士のように恭しく、アスハに捧げた。








伊勢神宮のえらいひとのおはなしを聞くことがあって、あーそーかーそーだよなー とおもって書きました。

データセンターも式年遷宮しましょうね。


あと、書くきっかけと締め切りを与えて下さった空想科学祭(http://sffestafinal.kumogakure.com/)に感謝を。

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