0:図書館にて
誰かの話声も歩き回る音もただ遠くに有りて、この静寂に響くは書物をめくる音のみ。
「先生、ひとつ良いですか?」
「ん。なんだリノ?」
手元にある本の文章をそっとなぞる。
「今までに何冊も本を読んできました」
「あぁ」
彼のまるで海のような深い碧瞳に、私の鮮やかな翠眼が映る。
「リノ?」
「何が正しくて、何が間違っていたんでしょうか。……知れば知るほど、わからなくなりました」
そうだなぁ、と呟く、彼の赤髪がさらりと揺れる様をぼぅと見つめれば、彼はひとつ苦笑して私に目線を合わせてきた。
「物事の善し悪しは、結局自分の判断によるものだと俺は思うね」
「え?だって、この本を筆頭に…」
私は戸惑う。だって、どの本を見ても、いつだって”悪”だった。
ぽん。
彼の大きな手により、うっかり過去に入りかけた私は引き戻される。
「事実は事実だ。だがな、それが絶対に良いとか悪いとか確実に決められる奴なんて居ないと思うぜ」
彼は、私の頭を撫でながら呟く。
「なぁ、リノ」
俯いた私に彼の表情は見えない。自分のキャラメル色のくせ毛が、私を守るように景色を隠す。
「俺に聞かせてくれ。お前が聞いた物語の一片を」
少しして、小さな声でした返事がちょっと湿っぽかったなんて……気づかなかったよね、先生。
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