志保の場合
私は、時折雨が好きになる。
正確には、時折雨が必要になる。かな。
風は無い方が良いな。
少しだけなら許容範囲ね。風向きにもよるけど。
どのくらい強く降るかは大切だ。
しとしと、では足りない。
ざあざあ……、もう少し弱くてもいいな。
そう、丁度今の降り加減。
ガレージの屋根に当たる雨が、うるさくない範囲で他の音を消してくれる。
中で何を言っても誰にも聞かれない。
沈黙しているのと同じ。
私は、胸郭を広げ、一杯に息を吸った。
そして、ゆっくりと吐き出す。
いつも、こうして始める。私が整うための儀式だ。
「全く、どうして、ああなのかしら」
二人の友人を思い出しながら独り言を言う。
一人は小柄、もう一人は大柄。
それぞれに自分の容姿にコンプレックスを持っている。
身長が百四十七センチと小柄な志保は、格好良い自分でありたいと願っている。にもかかわらず背が低く童顔のせいで可愛いとしか言われないと嘆いている。あまつさえ、小さいが故に周囲に舐められていると思っている。
「会員証作るのは保護者同伴じゃないと駄目ですよ。学校で先生に言われてない?」
一人でネカフェに入った時らしい。
大学生になった。
カラコンを入れて、髪には赤いメッシュ。
三cmのインソールを厚底のシューズ入れた。お胸だって小さくない。
もう大丈夫だろうと思ったら、まさかの小学生扱いされた。
学生証を見せたら謝ってくれたそうだが、深く落ち込んだ美里は、何もせずに店を出た。
うん、理解は出来る。
せめて小学生って決めつける前に年齢聞いて欲しかったよね。
それにしても、Dカップで小学生扱いする? むかつくね。
もう一人。
身長百八十一cmと大柄なゆめは、女子として可愛くなりたかったにもかかわらず背が高いが故に可愛くないと思い込んでいる。もっとも、ともすれば盾役として同性に何かと頼りにされ、あまつさえその体格が原因でちょっとだけ怖がられているのは事実だ。
本人曰く、大学の入学式の時に勧誘されたのは体育会系サークルばかりだった。運動が苦手だと断ったところ全く信じて貰えず、他サークルに取られてなるものかと粘着されたらしい。
それが影響したのかどうか……。格闘技系にも熱心に誘われたらしい。その結果、自分は強面だと勝手に被害妄想している。
今やカワイイを諦めてしまい、髪型も服装もボーイッシュにまとめるようになった。ピンクが好きなのに服には全然使ってない。バッグにくっ付けている小さいぬいぐるみだけだ。
最近、ちょっとした事があってワンピを着るくらいにはなったけど。
これも理解は出来る。
男の子って、自分の背が低いくせに、ちょっとでも背が高い女の子がいたら余計なこと言うし。
自分で勝手に恰好悪いって思っているのを、人に責任なすりつけるんだから。
悔しかったら、マサイ・ジャンプだっけ? やればいいじゃない。垂直飛びの成績も上がって一石二鳥よ。
そう言えば、ゆめはもう一つ重大なコンプレックスがある。
その点については、私には全く理解も共感できないけど。
いずれにしろ、互いに相手にあこがれと羨望の眼差しを送り合い、そして自分を卑下している……。
「確かに二人共遠目でも直ぐに分かっちゃうけど、悪目立ちしているならともかく、そうじゃないから良いじゃない。ある意味、キャラが立っているとも言えるし」
「小さい方が背の低い男の子にもモテるから彼氏出来やすいんじゃないかなあ。男の子だって、自分より背の低い子を選ぶだろうし」
「女の子が男の子に求める条件を三高とか言うよね。あれって高身長も入っているわけで。つまり、女の子が小さかったら、多少背の低い男の子も許容範囲に入るはず。結局は自分よりも背が高かったらいいんじゃないかなあ」
「背が高いなんて、ある意味、羨ましいじゃない。最新のファッションを着こなせたりするし。スーパー・モデルって背の高い人ばっかりよね?」
「海外……特にオランダとか北欧とか行ったら、ゆめくらいの身長の女性なんか一杯いる。もっと背の高い人だって。当然可愛いファッションを好む人だって大勢いて、自分なりに楽しんでいる。周囲の心ない言動に問題があるのだろうけど、ちょっと意識し過ぎじゃないかなあ。
「色々と便利だと思うけどなあ。高い所にあるものも簡単に取れるし、私が持ち上げられないような重いものだって持てるし」
「防犯にもなる。最近は物騒だし、どこに危険が潜んでいるのか分からないから油断が出来ない。背の高いゆめが一緒にいてくれたら安心だよ」
「今は未成年だけど、来年は二十歳になる。飲み会だってノンアルじゃない。特に美里だ。あの子は絶対に飲む。でも、仮に美里が潰れても、ゆめさえいてくれたら大丈夫だろう。私一人だったら無理だ。もっとも、それは諸刃の剣になる。ゆめが潰れたら、私と美里ではどうにもならない。注意が必要ね」
「確かに身長はイメージ的に大きいかも知れないけど、人間ってそれだけじゃないし。外見より中身を重視するってよく言うよね。人生経験が豊富な方は、「人の内面は外見に現れる」とか言っているし。私はそこまでは分からないけれど」
「自分をありのままに受け入れることさえ出来れば、明確な個性を持っているってことだし、それが長所だと思うんだけどな」
「それにしても二人共、可愛いのに格好良い方がいいとか、格好良いのに可愛い方がいいとか、本当に面倒くさいわね。恰好良いとも可愛いとも言われない娘が沢山いるのに贅沢だわ」
「顔が整っているだけで十分じゃない。メイク次第で可愛いにも恰好良いにもなれるんだから。それだけで十分恵まれているわ。天は二物を与えず、よ」
「美里なんて、典型的な童顔の犬顔で、ちっちゃくって本当に可愛いって感じだし。性格も明るいし気さくだし、運動神経もまあまあ良いほうだし。男女問わず話しかけられている印象あるし」
「ゆめなんて、狼顔だから目鼻立ちがはっきりしていて美形だし。格闘技系のサークルにスカウトされそうになったのも分かるわ。運動は苦手みたいだけど。見た目クールな感じはあるけど、意外に抜けていて。でも、それがギャップで可愛いのよね。地方から出て来たばっかりの頃は芋っぽかったけど、今は十分イケてると思う」
「初めて会った時のゆめは目立ったね。私と美里の中学校時代の共通の先輩がいる文芸サークルに美里が連れて来た時ね。先輩もびっくりしていた。そう言えば、先輩ったら、「う、うちは文芸部よ!」とか言って。どう考えても殴り込みかなんかと勘違いしていたわ」
「あの身長差。まさに凸凹コンビって感じだった。性格も正反対。美保は話好きで、どっちかと言うと騒がしい感じ。でも、ゆめは物静かで穏やかだし。なんか、ポメラニアンとセントバーナードって感じで。うふふ。あっ、こんなこと、本人達の前じゃ絶対に言っちゃ駄目ね」
「それにしても、身長ってそんなに大事? 個性的で良いと思うけどなあ。私なんか見なさいよ。身長百五十六cmなんて平均身長そのものよ」
「顔だって、地味扱いされている鹿顔だし。あまりにも普通過ぎる。個性が無いのが個性だなんて、定冠詞つけてザ・普通って言いたくなるわ」
「二人共、私がサイズ的に丁度良いって言っているけど、それって逆差別じゃない? 確かに、服や靴や下着のサイズがショップに行っても無いとか、大変かも知れない。でも、普通サイズの私だって、こう見えても苦労しているのよ。TPOに応じて服が変わるから。パット入れたり、無理矢理寄せたり……。コホン。それはいいわ」
「第一、どうして私がいつも調整役なの? そう言うのって、本当は得意じゃないんですけど。生徒会とかクラス委員だってやったことない。部活の部長や副部長ですら経験無いのよ。家の中だって、そういうのが得意なのは、私じゃなくてお姉ちゃんだし。お母さんの会社継ぐのだってお姉ちゃんよ。私は学生の間は趣味的に英文学やっていてもいいからって言われているのになあ」
突然のアラーム音!
いつものことながら、びっくりしてしまう。分かってはいるのだけれど。
大きく息を吸って、深呼吸。
「切り替えて。具体的な事を考えなきゃいけない時間ね」
「どうしようかなあ」
「現状をまとめると、美里が拗らせた挙句挫折したコス願望を、ゆめに押し付け……託そうとしている」
「でも、本当は美里が自分でやりたかったコスだし」
「熱しやすく冷めやすいのはいつもの事だけど、あの時はちょっと違ったしな」
「いつもは自分なりにやり切って熱が冷める感じだけど、あの時は出来なくて止めたからなあ。いつもより明らかに期間短かったし。暫く元気なかったし」
「自分はプロデュースだけなんて、大分拗らせているわ。あれは何とかしないと」
「そうかと言って、頭ごなしに駄目出ししてもなあ。私が何様? って扱いされるだろうしなあ」
「何とかして、本人にもやらせないと。でも、あの子の考え方は無視できないし」
「自分でやれって突き放した感じで言うよりは、いっそのこと一緒にやろうって言ったほうが自然ね。ゆめと二人でって言ったら他人事になるし、三人一緒にやろうって言うほうがいいか。仕方ないな。一肌脱ぐか」
「ゆめは敬遠気味かな。普通そうか。でも、この間の事もあるし、一回くらいならやるんじゃないかな。よし。ぐだぐだと説明せずに、一緒にやろうって押し切ろう」
「前回同様、カッコカワイイの路線ね。あの時のスタジオのスタッフさん、褒め上手で良かった。次もあそこでメイクもやって貰おうっと」
「後は、誰が、どのコスをやるか、ね。幕末とか、戊辰戦争とか言ったら、確かお母さんが大好きな連続歴史ドラマがあったはず。家族旅行で聖地巡礼に連れて行かれたのが、確か会津若松だった。きっと何か関連している本とかあるはずよ」
「よし、上手くいけば、お母さんにコスにかかる費用奢って貰えるかも知れないわ。ちょっと調べてみようっと」
考えをまとめてガレージから出ると雨は降り続いている。
屋根の音で分かってはいたけど、実際にこの目で見て安心した。




