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第六話 勇者、初めての共同作業。

 学校には七不思議というものがあり、いつの時代も子供たちを恐怖の渦へと飲み込んでいった。

 それはこの『惑わしの森』の中にひっそりとたたずむ学校でも、例外なく生徒たちの間で語り継がれていた。


 夜な夜な誰もいないはずの校舎の中から『男の子』がもがき苦しむ声が聞こえてくる。そして声の他にも()()を叩きつけているような乾いた音や、暗い教室の窓からロウソクの火が揺れる影を見たとか、そんな奇妙な噂が後を絶たなかった。


「…………ッあああああぁぁ」


 そして今宵も()()は聞こえてくる。

 薄暗い教室の向こうから、もがき苦しむ『男子生徒』の声が。


「なにやってんだぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 明かりをつけ教室の奥に見えたのは、四つん這いの恰好で虐げられるパンイチの男子生徒とそれに鞭を振り下ろす女王様みたいな僧侶()()()()()()の姿であった。


「あら~?」

「『あら~』じゃねーよ!? なにやってんのお前!? 何で学校の七不思議の正体が身内なの!? 何で薄暗い部屋で男子生徒踏みつけてんの!? 何で意気揚々とそこに鞭振り下ろしてんの!?」

「え~? ただの趣味ですよ~?」

「タチが悪いよ! ついこの前まで『悪魔を捉えて子供たちを洗脳から解く』って言ってたじゃん!? それが何調教して逆に洗脳してんだよ!?」


 姫フェリシの眼前に写る彼女は、とても子供たちを洗脳から救い出すような心優しい僧侶ではなく、むしろ子供たちを鎖で繋いで虐げることによって新たな快楽の境地へと溺れさせる女王様へと見えていた。


「せ、洗脳じゃないです! 僕は『ご主人様』の忠実な下僕なんです! はあぁぁぁぁんッ!」

「いや洗脳されてんじゃねーか!?」

「勝手に喋っちゃダメですよ~?」


 前回、幻術から目を覚ましたフェリシは、アナスタシアと共にこの不可解な学校の中で元凶となる悪魔を探すべく調査を始めていた。

 二人はまず生徒の中に悪魔との繋がりがあると思われる『メデュ子』を標的に定め、怪しい素振りなどがないかその周辺を調査していたのだ。


「それより、手掛かりは掴めましたか~?」

「ぜんっぜんよ。メデュ子ちゃんもあれから怪しい動きは見せないし」

 完全にこちらの動きを警戒している感が否めないわね。魔族軍の関係者であることは間違いないと思うんだけど。


「困りましたね~? あまり長居はできないですよ~?」

「それもそうだけど……てか、そろそろシリウス(オカマ)の幻術も解いてあげなよ。もう五日経つよ」


 フェリシたちが惑わしの森奥深くにあるこの学校へ来て、すでに五日ほど時間が過ぎようとしていた。その間にも彼女たちはそれぞれ、学校の中で教師と生徒を演じながら『元凶となる悪魔』を探す潜入調査を進めていた。

 シリウスを除いて!


「どうでもよくないですか~?」

「どうでもよくないよ!? 仲間でしょ!?」

 リコルスもアナスタシアも、彼の扱いに関しては前々から雑に思うところがある。


「どうせ役に立ちませんって~? それに調査ならわたしの下僕たちがしてます~?」

「『下棒たち』!? 夜な夜な男子生徒を調教してたのって、潜入調査させるためだったの!? 趣味でやってたんじゃないの!?」

 てか仮にも勇者の仲間が下僕とか作っちゃマズくない!? スポンサー降りるよ!?


「それもあります~? でも情報もいっぱい集まりましたよ~?」

「マジかよ! 下僕有能だな!」


 アナスタシアは自分の『下僕たち』を使って、学校の調査を行い悪魔に関する情報を収集していた。

 その情報には生徒たちが全員元は身寄りのない孤児たちであったこと、成長した子供たちは密かに森の外で暮らしていること、子供たち以外は悪魔が全て身の回りの世話をしていたことなどがまとめられていた。


「……それじゃあ、やっぱり、子供たちは幼い頃から洗脳されて……」

「それが一切洗脳はされてないんです~?」

「はぁ?」


 幻術を解くことが出来る彼女は、生徒たちに『洗脳』の魔法がかかっていると思い解除しようとしたが、この学校内にいる全ての生徒は誰一人として洗脳などされてはいなかった。

 むしろ心の底から悪魔たちと暮らすことに幸福を感じているようだ。


「はぁ、はぁ……ナ、ナベリー先生たちは悪い悪魔なんかじゃない! はぁ、はぁ、僕たち行く当てのない子供を保護して、立派な大人へと成長させーーはぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!」

「勝手に喋るなと言いましたよね~?」

「すっ、すみませんんんん!!」


 そう話し始める生徒に容赦なく鞭を振り下ろす女王様。情報収集する気はあるのか、彼女は聞く耳を持たない。


「喋らせてあげなよ!? てか悪魔以前にアナスタシア(おまえ)の方が生徒を洗脳してんじゃねーか!? 鞭振り下ろすのやめてくんない!?」

「いや! やめないでください!!」

「ほら~?」

「お前もいつまでも虐げられてんじゃねーよ!? そして服着てくれない!? 羞恥心取り上げられたの!?」


 彼女はすでにナベリ―がこの森の番人を務める悪魔であることも調教した生徒たちから聞いていた。

 だが一人だけ他の生徒たちにも素性が分からない者がいた。


「でも~『メデュ子』って子は誰もわからないんです~?」

「……どういうこと? 悪魔か人間かも分からないってこと?」

 確かに人間とは少し違った異質な雰囲気があるけど、だからといって悪魔のような何か特徴を持っているわけじゃないし。むしろ普通の人よりも地味で素朴な印象の方があるくらい。


「はぁ、はぁ。は、はい、彼女はアナスタシア様たちがここに来る()()()から突如入学してきたので。それにいつもナベリ―先生と一緒にいることが多いですしっはぁぁぁぁぁぁん!!」

「何でぶったの!? 情報提供してくれただけじゃん!?」

「お礼に~?」

「あ、ありがたき幸せッ」

「君はそれで幸せなの?」


 男子生徒は遺言を言い残し甘美なるマゾの世界へと旅立っていった。


「…………やりすぎじゃね?」

「いつものことです~?」


 見てないところで何やってんだよ、とフェリシは思いながらも口に出すのを止めた。ツッコミをするのに疲れたのだろう。


 一時、二人の間に静寂が訪れる。

 狙い通り標的にしていた『メデュ子』はフェリシたちが森へと入る数日前から学校にいることや、番人である『ナベリー』との接触が多いことからも、ほぼ間違いなく魔王の関係者であることは推測出来る。


「まあでも、これでメデュ子ちゃんが今回の騒動の黒幕であることは分かったかな?」

「ん~?」


 アナスタシアだけはどうにも腑に落ちず、メデュ子がこの騒動の黒幕であることに疑問を抱いていた。そもそも今回の森に向かうことについては、勇者パーティが次に魔王城へと進む道のりの候補の一つとして挙げていたもので、このことは内密に自分たちと王様だけしか知り得ない情報のはずだった。

 それにもう一つ気になる点がある。まだフェリシが幻術にかかっていた時、彼女の周辺をメデュ子が物色していたことだ。

 魔王城に囚われたリコルスは『英雄の剣』を所持していなかった。そのため帝国側に剣があることは魔族軍に知られていたとしても、まさかその剣を姫であるフェリシが使えるという事実を彼らは知らないはずだ。仮に剣を持って帝国から出て来たとしても、誰が所持しているのか見当が付かない状態でアナスタシアとシリウスを差し置いて、真っ先にフェリシだけを調べるのだろうか。

 しかし、もし魔族軍側に『裏切り者』がいたとしたら。


「……まさかですね~?」


 もしも魔王に囚われているはずの勇者リコルスがこの作戦に関与していたら、と考えるもフェリシの手前それを言うのを控えた。


「それじゃあ、子供たちについては害が無いことが分かったとはいえ、アタシたちを巻き込んだ説明をじっくりと吐かせないとね」

「その前にシリウスも戻さないとですね~?」

「あっ、忘れてた」


 彼女たちはこの森での決戦に備えて虎視眈々と動き始める。


 一方でその頃、フェリシたちが不穏な動きを見せていることに勘付いたリコルスたちも、正面衝突は避けられないことを踏んで決戦の準備へと取り掛かっていた。


 魔王城では作戦一回目にして大きな損失を出してしまうのではと、魔王サタンとバーティンが額に汗を搔き彼娘(かのじょ)が作戦を思案する様子を不安気に窺がっていた。


「大丈夫なのか、リコルス。もうあっちは完全に決戦モード突入してんぞ」

「魔族軍としても有能な指導者を失うことは、今後の新人育成にあたっても大きな損害になりますからね。サタン様、もしもの時の保険は入られてますか?」

「ごめん、任意だったから」

「何やってるんですか!? こういう緊急時のための保険は大事になるから、ちゃんと入りなさいっていってるでしょ!? どうするんですか! ナベリーたちに何かあったら責任取ってくださいよ!」


 緊迫する状況下でリコルスはふと魔王城内の悪魔で、自分にとって都合の良い悪魔がいたことを思い出した。


「サタン、もしもの時はボクと一緒に惑わしの森(あっち)へワープしてくれない?」

「……は? お前こっちに協力してんのバレたらマズいんじゃないのか?」


 リコルスは一応、帝国からサタンによって攫われたということになっている。そんな彼娘(かのじょ)が魔族軍に協力して姫パーティを陥れようとしていることが知れれば、万が一にも極刑は免れないだろう。


「そうだね。ボクが()()姿()で姫様たちのところに行ったら、身バレは免れない。おそらくサタン諸共真っ二つにされるのが関の山だ」

「さりげなく俺のこと巻き込むのやめてくんない?」

「何か姿を変えていく、ということですか?」


 そう問いかけるバーティンに対し、リコルスは「ピンポーン!」と声を上げ人差し指を天へと差す。


「気付いてない、とは言わせないよ。バーティンくん? 魔王城にいるじゃない、そういう能力を持った子が」


 彼娘(かのじょ)にとって都合の良い能力を持った悪魔、それすなわち()()()()()()ことが出来る者が、この魔王城にはいたのだ。


「え? なに? だれ?」


 コミュ力の無いサタンにとっては知り得ない悪魔であるが、そんなポンコツな主と違って城の管理を任されている彼には大方の予想は付いていた。


「なるほど『リリス』ですか。彼女ともコンタクトを取っていたのですね。さすがはリコルス殿、サタン様よりもよっぽどコミュ力が高いです」

「否定出来ない自分がいることに酷く憤りを感じている」

 リコルスのやつ、いつの間に城の悪魔と仲良くなってんだよ。俺なんてここ数日はバーティン以外の悪魔と話してないし。


「まあ陰キャのサタンはキッチンの三角コーナーに捨てといて……彼女の性転換能力を使えば、さすがに正体はバレないでしょ? 念のために用意しておいた着ぐるみも着るし」

「着ぐるみ着るなら性転換しなくても良くない? 二度手間でしょ」


 サタンの言葉に怒りを覚えたリコルスは、拳を振り上げ彼の頭上へと急降下させる。そのまま拳は脳天に直撃し辺りに鈍い音が響き渡った。


「ッ!? 痛ぁぁぁぁッ!? 何だよ!? 何も間違ったこと言ってないだろ!?」

「サタン様はデリカシー無いですね。乙女心を察してあげなさい」

「お前忘れたのか!? アイツは『オトコの娘』なの!! 乙女じゃないの!! 股にぶら下がってんだよ!!」

「ふざけんな!! 例え能力の効果時間が短くても『真の美少女』でいられるんだぞ!? 着ぐるみの下が美少女なんだぞ!! 今のボクも美少女だが、それを上回る美少女があの獣の下にいるんだぞ!? 興奮しろよ!!」

「するかッ!! もうちょっと『着ぐるみを破かれた時のために』とかを理由にしとけよ!! そんなんで納得出来るか!!」

「なんだと!? じゃあそれで!!」

「テキトー過ぎるだろ!?」


 結局はリコルス自らが純粋な美少女になりたいがために、こんな突拍子もない作戦を計画をしたのではとサタンは頭を悩ませる。


「とにかくほぼ確実に二人を救助する流れにはなると思うから、ちゃんと移動の準備しとけよサタン」

「マジでやるのかよ……」


 強引な彼娘(かのじょ)に抵抗する術も無くうなだれるサタンを尻目に、バーティンは早速リリスの招集へと動き、いよいよ決戦に向けて大詰めを迎えていた。


 惑わしの森では夕刻を迎え、校舎内には外から橙色の燃えるような日差しが差し込み、教室の中に色濃く影を落としていた。生徒たちはもう下校した後なのか、校内は深閑とした空気が漂っていた。

 静寂に包まれた中、ある一人の少女が校舎の屋上で赤く染まった空を見上げている。

 ふわりと靡く髪は美しく艶やかで、色白の肌は日に照らされているせいか赤みを帯び、特徴的な丸眼鏡は光の反射でレンズは怪しく輝いていた。


「…………メデュ子ちゃん。あなたは魔族軍の関係者で間違いないわね?」


 フェンスにもたれかかる彼女の前には、険しい表情で睨みつけるフェリシの姿があった。

 帝国の姫として、勇者パーティの仲間として、彼女は何よりも自分の立場を重んじる人間だ。

 例え敵対する者が、数日間を共に過ごした学友であったとしても、国に仇名す魔族軍であれば迷いなく斬らなければならない。それが彼女にとっての絶対的な正義心なのだ。


「知ってた、よ? 姫島さん、いや、フェリシ……あなたが、勘付いてたこと」


 メデュ子は空を見上げたまま、静かに言葉を紡いでいく。


「私に、隠れて、お友達と、調査、してたよね? 全部、見てたよ」

「……そう。なら話しは早いわね。目的があるんでしょ? 教えてよ」

「それは、出来ない。秘密、だから」


 彼女はフェリシへと向き直ると、嘲笑の笑みを浮かべ、静かに丸眼鏡に手を掛ける。


「姫様! そいつと目を合わせちゃダメです!」

「ッ!?」


 突如聞こえて来た声の通り、フェリシは彼女からすぐさま視線を逸らした。が、その瞬間、足元の地面から亀裂が入り、建物が崩れるような地鳴りが響き渡る。


「何なのよ! 次から次へと!」

「姫様! 一旦引きましょう!」


 フェリシへ注意を促していたのは、先日までオカマ化していたシリウスだった。彼はフェリシの手を掴むと一目散に、下へと抜ける階段を勢いよく降りて行く。


「アナスタシアはどうしたの!? 一緒にもう一人の悪魔の方へと向かったんでしょ!?」

「そちらは彼女が今足止めしています! それよりも厄介なのはこっちです!」


 校舎内を駆け回る二人の背後からは、這いずるように追いかけて来る巨大な蛇の姿が写っていた。

 この大蛇は悪魔であるメデューサが使役する魔物で、彼女の攻撃系統は主にこの大蛇を使用したものがほとんどだ。彼女は生まれながらにして、目が合った者を石にする能力以外は目立ったものが無かったが、姉妹以外にコミュニケーションを取る相手がいなかったせいか魔物と遊ぶことが多かったため、それが功を成し魔物の扱いに長けたスキルを身に着けることが出来たのだ。


「姫と、英雄の剣さえ、置いて行って貰えれば、命までは、取りませんので」


 大蛇の頭上にはメデュ子が乗り、逃げ回る二人を追いかけていた。


「だそうですよ姫様!! どうします!?」

「どうしますじゃねーだろ!! 何ナチュラルにアタシのこと置いて行こうとしてんの!?」

「聞いただけじゃないですか!!」

「答えは一択しかないだろうが!!」

 アタシと一緒に逃げるんだろうが!


 フェリシが叫ぶと、シリウスは何かを決心したような面持ちで後ろへと向き直り、そのまま彼女を前へと突き出した。それは見事に綺麗な方向転換であった。


「姫様と英雄の剣どちらも差し上げるので! 自分のことは見逃してください!」

「オイお前ぇぇぇぇぇっ!! 一択ってアタシを差し出す方じゃねーよ!? 前へ突き出すな!!」

 コイツ足手まといでしかねぇ! ずっと幻術かかった状態にしとけば良かった!!


「ていうか早く英雄の剣出してくださいよ!! 一発でしょ!?」

「お前が無理矢理引っ張って逃げるから出せなかったんだよ!!」


『英雄の剣』という言葉に身構えるメデュ子は、丸眼鏡を外した状態の裸眼で二人を見据えていた。

 ナベリ―との合流地点まで後わずかというところで、チート武器を出されてはさすがに二人を相手にするのが不利になってしまう。


「させ、ない」


 大蛇は口を大きく広げその鋭く毒を帯びた牙で、フェリシへと目掛け劈くように飛び掛かった。


「姫様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「マズい!! 間に合わなーー」


 しかし彼女へと牙が届くと思われた刹那、大蛇は氷漬けにされ身動きが出来ない状態となる。メデュ子も接触していた下半身の部位が氷で固められ、大蛇と同様にその場から動けずにいた。


「ッ!? 氷結、魔法!」


 尻もちを着く二人の背後からは、怪しく紅い瞳を輝かせた妖艶な少女が、ゆっくりと歩み寄って来た。

 白い肌はリコルスやメデュ子よりも純白で、小さな口元からは鋭い八重歯を覗かせている。


「……ヴァンパイア、ですか? 魔法、上手ですね。アナ先生」

「そう褒められると、照れちゃいますね~? メデュ子ちゃん~?」


 勇者パーティ僧侶にして吸血鬼の血を引くアナスタシアは、帝国の中でも屈指の魔法使いだ。上級以上の魔法も使える彼女が何故僧侶をやっているのか? それは彼女の気まぐれである。高レベルの実力を持った彼女にとって、何の職業に就こうが大して変わりは無いのだ。


 アナスタシアはだらしなく尻もちを着いて口を震わせる二人を一瞥すると、メデュ子の方へと向き直る。


「あなたの方が危険だと感じて~? 加勢に来ちゃいました~?」

「ナベリ―先生は、どうしたの?」


 メデュ子の問いに彼女は「あ~」と首を傾げると、爽やかな笑顔で答える。


「キモかったので逃げてきました~?」


 フェリシは見逃さなかった。その曇りの無い爽快な笑顔で、目だけは曇っていたことを。

 彼女は一体何と戦っていたのか?


「メデュ子殿ぉぉぉぉぉぉ!!」

「ひぃッ!?」


 またもや呼び声と共に、今度はメデュ子の頭上から鳥の姿をした悪魔が現れた。彼女を助けに来たのだと思うが、当のメデュ子本人は小さな悲鳴を上げ身体を強張らせていた。


「大丈夫ですかな!? メデュ子殿! 今溶かしますぞ!」


 そういうと悪魔は三つの犬の頭からそれぞれを炎を吐き出し、メデュ子たちの氷を徐々に熱で溶かしていく。彼こそは稀代の変態教師であり、この森の番人を務める悪魔ナベリ―であった。


「結局、全員集合しちゃったね」

「作戦通りです、姫様」

「シリウスは後で殴るから」

「無事で何よりです~?」


 姫パーティとナベリ―たちがお互いに睨み合う態勢となった。

 メデュ子と大蛇は氷漬けされた影響で身体の動きが鈍いため、実質ナベリ―一人が彼女たちを庇いながら戦わないといけない状況だ。

 ナベリ―は教育指導や弁論などに秀でた悪魔で、戦闘面についてはメデュ子よりも実力は下だ。

 先ほどアナスタシアとの戦いでは、彼女の小柄で色白な容姿がナベリ―のどストライクだったためしつこく迫って、冷徹冷静な彼女を追い詰めていただけなのだ。


「アナスタシア殿! 貴殿には是非とも学校で教師を続けて欲しい! 男子生徒からの評判も非常に良く! 我も率直に鞭でぶたれたい!」

「遠慮します~?」

「さすが悪魔だな。欲望が声に出てるぞ」

 こんな気持ち悪い悪魔は会ったことないな。てか何であんなにアナスタシアに固執するんだろう?


「貴殿のような小柄で色白な少女が、あのような加虐性を持ち合わせているなど! どれだけのレアものなのか存じ上げませぬか!?」


 豪く血走った眼光でアナスタシアから頑なに視線を外さないその姿勢に、フェリシは女装中のリコルスと同じものを感じていた。


「ごめーん、アナスタシアさ、アタシ先に森出てるから。これ以上関わりたくないし。メデュ子ちゃんも、ここで起きたことは全部忘れるから、帰るね」

 えーっと、森の出口へと続く道は学校の裏口からだよね。


「あ、自分もドラマの再放送観たいので帰ります」

「皆殺しにされたいのですか~?」


 アナスタシアは年齢にそぐわない小柄な容姿をしているため、すでに成人しているのにも関わらずよく子供と間違われることが多い。そしてそんな少女の容姿をした彼女に対して、おそらくあの悪魔は劣情を抱いているのだろう。

 そう考えた時、フェリシの脳裏に一つの答えが浮かび上がった。


「ナベリ―だっけ? ロリコンでしょ? アンタ」


 ただでさえ犬の頭が三つに体は鳥で、貴族が着る高価な衣装に身を包んでおり、その上学校の教師をしているロリコンという設定モリモリな悪魔を目の前に、フェリシたちは思考を放棄していた。


「ロリだけではありませんぞ! ショタも併発しておりますぞ!」

「重症じゃねえか!? 何で教師やってんだお前!? 何でロリショタたちから好かれてんだ!? 完璧洗脳している以外に有り得ないだろ!?」

「洗脳ではないですぞ! 教育が行き届いているのですぞ!」

「お前の教育には女王様に鞭で叩かれて悦ぶことも入ってんのか!?」

「黙秘権!!」

「喋れ!!」


 言い争う二人の横でアナスタシアはスッと遠い目をして、その光景を傍観していた。


「私、成人してるんですけど? ロリなんですか? もう帰っていいですか? 国に」

「お前のせいでアナスタシアのキャラがブレてんだろうが!! どう責任取るつもりだよ!!」

「では教師として迎え入れましょうぞ!」

「より深刻になるわ!!」

「ロリ需要あるんですか?」

()()()()()()には需要ありますよね。アナスタシアも転職したがってたし、良いんじゃないんですか?」


 フェリシはこれ以上この悪魔の側にいるとアナスタシアの精神状態に異常を来すと判断し、魔法陣を展開させ『英雄の剣』を取り出した。


「とにかく、こんな変態悪魔が教師をやっている以上、やはり子供たちに害を及ぼすに決まっているわ。明るい未来のためにも、今ここで倒す!」

「血祭にして差し上げましょう~?」

「あ、戻りましたね」

「これでも森の番人! 子供たちのためにも、そのような偽善ぶった輩に倒されるワケにはいきませんぞ!」

「サポート、します」


 臨戦態勢に入るフェリシに続き、シリウスたちも後衛に回り彼女のサポートへと配置に着く。

 それに合わせてナベリ―と大蛇も前へと出て、後衛はメデュ子がサポートする形で陣形を展開する。


「姫様、後は任せましたよ!」

「よろしくです~?」

「お前らサポートするつもり無いだろ!?」


 直後フェリシに襲い掛かる大蛇を彼女は剣で軽くいなし、頭上へと飛び上がった。


「わりと鱗硬いのね!」

 英雄の剣の切れ味を持ってしても傷つかないなんて、中々にレベルの高い魔物を従えているわね。


「風魔法、『かまいたち』!」

 そこを狙ってメデュ子の放った魔法が彼女へと空を切るように迫るが、地面から出現した鋼の壁によって難無くと防がれてしまう。


「ー白銀の大地ー 防御魔法は得意ですからね」

「ありがとう! シリウス!」

 蛇は勢いつけた反動で動きを戻すのにタイムラグが出来る! 硬い鱗といってもこの剣の突きには耐えられないはず!


 天井高く飛び上がったフェリシは、自身を追って迫る蛇の尾を華麗に避けながら、剣先を真下に向けて振り下ろす。その瞬間、刀身は高熱を持ち眩い光を放つ。


「聖天突き!!」

 大蛇の頭上目掛けて振り下ろされた剣は、硬い鱗を貫通して頭を串刺しにした。

 大蛇はこと切れたかのようにバタリとその場へ倒れ込む。フェリシはそれを見下ろすと、剣を頭から抜きナベリ―たちの元へと視線を向ける。


「次は誰が相手をしてくれるの?」


 想像以上だった。彼女の強さはリコルスを通してあらかじめ情報を得ていたが、これほどまでの瞬発力と剣術の才を持っていたことは、想定の範疇を超えていた。

 ナベリ―は固唾を吞み、今が救難信号を出すその時かと思考を張り巡らせていた。


「何、してやがんだ……」


 彼の後ろから、いつもと違う口調のメデュ子の声が聞こえてきた。

 心なしか彼女を中心に周りの気温が上昇していく様が感じ取れる。


「……アタイのペットに、何晒してくれとんじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 振り返ればそこにいたのは、いつもの白髪を真っ赤な深紅の髪へと変え、身体の周囲からは常に蒸気を発した姿でいる()()()()()()()だ。


 メデュ子は以前、リコルスに恋心を抱いた時から一定以上の熱を身体に帯びると、気の荒い攻撃的な性格に変身してしまうというスキルを身に着けていた。

 今回のトリガーは自身のペットとしても使役していた使い魔の大蛇『ピーター』が倒れたことによって、怒りエネルギーが蓄積され暴発したことにより異死陀(いしだ)メデュ子へと変身したのだ。


「えぇ! メデュ子ちゃん!? キャラ変わり過ぎでしょ!?」

「あーあ、姫様が蛇をいじめるから。ちゃんと謝ってくださいよ」

「思いっきり攻撃されてたんだから反撃するでしょ!? てかシリウスも加勢してたよね!?」

「加勢じゃないです。防御してただけです」

「屁理屈言ってんじゃねーよ!!」

「私は何もしてませんよ~?」

「いやサポートしてよ!?」


 メデュ子から注意を逸らしてすぐ、フェリシの眼前に彼女が迫って来た。ほんの数秒のことだった。

 咄嗟に剣を立て防御の体制を取るも彼女が繰り出す拳を避けることが出来ず、鳩尾への侵入を許してしまう。


「なんッ!?」

 速過ぎでしょ!? 


 鳩尾へ拳を貰ったフェリシは勢いのまま十数メートルほどの距離まで飛ばされた。

 一瞬の間の出来事に反応することが出来なかったシリウスも、魔法による援助から近接戦闘へと変えメデュ子に拳を怒涛の勢いで叩きこむが。


「…………気合が足りねえぞ。ケツアゴ」

「……結構本気で叩き込んだんですけどッ」


 怒り狂うメデュ子に対して、ダメージを与えることが出来ず、シリウスも同じく打撃による攻撃で、壁に身体を打ち付けながら突き飛ばされた。

 一撃で彼は気を失ってしまった。


「これってピンチですよね~?」


 次の標的をアナスタシアへと定め歩き始めたメデュ子に、壁の奥から光の刃が降り掛かる。その光は彼女を包み込むように、神々しく輝いていた。

 メデュ子の全身に立ち昇る蒸気がより激しさを増し、周囲には轟々と炎が舞い上がる。


「こんなに吹っ飛ばされるとは思わなかったわ、メデュ子ちゃん」

 油断していた。普段の印象とは真逆の彼女に対して、思わず不意を取られるなんて。後少しでも完全防御(フルプロテクション)の」魔法発動が遅れていたら、完璧に骨何本か折れてたわね。


 フェリシはメデュ子の攻撃を受ける際に、瞬発的に防御魔法を発動していた。彼女の発動した完全防御(フルプロテクション)は、一度だけ相手の攻撃の威力を九割カットすることが出来る、防御系の上級魔法だ。


「今度はこっちがお返しする番ね。天ノ五月雨(あまのさみだれ)


「面白れぇやってやんよ!! 爆熱火炎拳『陀』!!」


 メデュ子に向かって襲い来る無数の光の刃を、彼女は両手に握った炎の拳でそれを全て粉砕していく。

 彼女たちの周りは眩い光と業火に包まれ、校舎は徐々にその渦に呑まれ崩壊していった。アナスタシアは戦闘不能となったシリウスを拾い上げ、自身に防御魔法を付与し、その荒々しい光景を静観する。

 一方で急なバトル展開に付いていけないナベリ―は、ただ茫然と目の前の光景を眺めることしか出来なかった。



 ーー時は同じく、魔王城ではーー



 魔王城でもナベリ―の視覚から現地の様子を共有されており、フェリシたちとメデュ子が思いの外激しいバトルを展開していたことが映像から伝わっていた。


「何これ? 誰これ? ボクが思い描いていた展開よりもずっとバトルしてるよ?」

「メデュ子ってこんな強かったのな。姫様吹っ飛ばしてたぞ」

「え? バトルものだっけ? この物語って? ギャグコメディじゃないの? もっとアメリカのホームドラマみたいなジョーク飛ばそうよ?」

「いやそんなホームコメディでも無いだろ? ファンタジー路線なんだから戦闘シーンは避けられないだろ?」


 呑気に映像を見つめている二人をよそに、バーティンは移動用の魔法陣の準備に取り掛かっていた。

 森ではメデュ子たちが命を賭して戦闘を繰り広げているというのに、スポーツ観戦でもするかのようにその光景を茫然と眺める二人に対して、バーティンは呆れ半分に溜息を吐く。


「ていうか、ボクたちこれからここに()()()()()救援に向かうんだよ。場違い感が限界突破してるよね?」


 リコルスたちはナベリ―から救援信号を受け取り、サタンの瞬間移動の魔法を使用して救助に向かう算段を立てていたのだが、サタンはラスボスであることがわからないように、リコルスは魔族軍に肩入れしていることが身バレしないようにと、それぞれ変装をしていたのだ。

 しかし、その変装した姿というのが、どちらも動物マスコットの着ぐるみということで、想定外に白熱しているバトルファンタジーの場に、ゆるふわキャラで登場してもいいのか危惧していた。


「確かにこんなふざけた格好であんなとこ行ったら、殺されかねないよな。メデュ子に」

「ボクがあっちの立場だったら確実に殺ってるね」


 リコルスが身に纏うのは純白のカラーリングを施したクマの着ぐるみで、対するサタンは黄色のヒヨコの着ぐるみだ。


「つーか、何で俺が『ヒヨコ』で、リコルスが『クマ』なの? ヒヨってるとチキンをかけてるとでも言うのか?」

「おー正解だね~。サタンくんえらーい」

「やっぱりお前の差し金か!! 変えてくれ! お願いだから、せめてニワトリにしてくれない!?」

「お前は一生ニワトリにはなれないよ」

「どういう意味だ!? 一生チキンでヒヨってるってことか!? 俺だって成長するわい!!」

「じゃー文句言わずに我慢しましょーねー」


 彼娘(かのじょ)は子供でも相手をするかのように、サタンの抗議を受け流す。


「そういえば『性転換』の魔法はもうかけてもらったのか? 正直こんな着ぐるみ着てたら意味ないと思うけど」

「バッチリだよ! なに? サタンはボクが正真正銘の美少女になった姿を見たいワケ? いやらしい」

「ちっげーよ! 気になっただけだっつの!」

「心配しなくても帰ってきたら拝ませてやるよ」

「サタン様、何だかんだ言って、リコルス殿のビジュアルは好きですよね」

「バーティンも変なこと言ってんじゃねーよ! 誤解が生まれるわ!」


 サタンを除く二人は「はいはい」と彼の発言を聞き流し、ナベリーから共有された映像の方へと身体を向ける。


「そろそろ向かった方がよろしいかと。メデューサのあの夜露死苦(ヨロシク)モードは十五分の時間制限がありますので」

「あの状態ってそんな名前付いてたの? 狂人化(バーサーカー)の方がしっくりこない?」

「俺は完全暴力彼女(バイオレンスレディ)の方が良いと思う」

「正真どうでもいいですよね、それ」


 狂暴化したメデュ子には弱点があり、まずその一つは変身時間が限られていること、そして変身の解除後は気を失ってしまうため行動不能に陥ることだ。

 彼女は普段の生活で感じたストレスを溜め込む傾向にあり、狂暴化に転じたのはリコルスへの熱い恋心が要因となっている。


 変身時にはそれまで溜め込んできたストレスを一気に発散させ莫大なエネルギーへと変換するため、突発的にハイレベルなステータスを発揮させることが出来るが、エネルギーの発散により熱が冷めきってしまうと代償として身体の全機能が著しく低下してしまう諸刃の剣であった。


「同じ美少女として、美少女をこんなところで失うことは出来ない! サタン、ボクたちも今すぐ加勢に行くぞ!」

「凄いやこの人。この前『踏み台として死ぬのも止むを得ない』とか言ってたのに」

「手首がねじ切れるほどの心変わりですね」


 メデュ子たちの救援に向かうべく、リコルスとサタンはそれぞれ用意された魔法陣の中へと立つ。

 バーティンの前には、シロクマとヒヨコの着ぐるみを着た二人が魔法陣に入るという、異様にシュールな光景が写っていた。


「ボクの完全美少女タイムにも三十分ほどの制限がある。万が一のために早めに切り上げるぞ。サタンもあっち着いた時の手筈はわかってるよな」

「わかってるよ。とりあえずお前は姫たちの気を引いていてくれよな」

「サタン様、今度は失敗しないでくださいね」

「わかってるよ!!」


 バーティンが見送る中、着ぐるみたちは魔法陣の放つ光と共に消えていった。

 いよいよ作戦も終盤に入り、バーティンは祈るように天を仰いだ。



 ーーその頃、フェリシたちとメデュ子による攻防も終わりの時を迎えていたーー



 二人の激しい戦闘により校舎は半壊の状態、アナスタシアは瓦礫の落下を防ぐように防御魔法を展開し様子を静かに窺がっていた。

 すでにメデュ子は蓄積されたエネルギーを先ほどの戦闘で全て使い果たし、崩れ落ちるように地面へと倒れ込み、そこにフェリシは朦朧としながらもギリギリ意識を保って、たどたどしい足取りで彼女の元へと向って行った。

 メデュ子は気を失っており、その場から逃げることすらままならない。


「……こんなにダメージをもらったのは、幹部との戦闘の時以来ね」


『英雄の剣』は所持した者の能力を最大限に引き出すことが出来るが、その使用範囲は使い手によって大きく左右される。この剣を使い慣れているリコルスであれば、ここまで苦戦することは無かっただろう。


 だが、彼娘(かのじょ)の代わりに剣を所持して日の浅いフェリシにとっては、扱うことの出来るスキルの数に制限が出てしまう。また英雄の剣は使用者の魔力を多大に消費するという点があるため、体内の魔力量が少ない彼女にとっては長期の使用が命取りとなる。

 よってフェリシは短時間での戦闘の決着を臨まれるのだが、今回はそれが少し長引き過ぎてしまった。


「待たれよ。我がまだおりますぞ」


 ナベリ―はメデュ子を庇うように彼女の前へと虚勢を張る。

 フェリシはまだ余力を残している、戦闘向きでない彼にとっては今のダメージを負った彼女であっても、十分な脅威となり得る。

 それでも彼は数日間とはいえ、自身が受け持つ学校の生徒として共に過ごした彼女のことを、他の生徒たちと同様にとても大切に想っていた。


「別にトドメさそうとかは考えてないよ。安心して」

「……どういうおつもりですかな? 貴殿は勇者の仲間であり、帝国軍の姫なのでしょう? ならば悪魔のことは見逃さないはずでは?」


 フェリシは剣を魔法陣の中へと手放し、両手を上げて敵意が無いことを示す。

 先ほどまでの剣幕とは打って変わって彼女の表情はとても穏やかで、ナベリ―へ優しく微笑みかける。


「ペットのことは、ごめんなさい。でも倒れてるだけで死んでいないわ。咄嗟に回復魔法をかけて、気絶させただけ」

「何故そのようなことを?」


 そう問いかけるナベリ―に、彼女は答える。


「例え偽りの学校生活だったとしても、偽りの友好関係だったとしても、アタシにとってメデュ子ちゃんが『友達』だってことに変わりはないから」


 後半は潜入調査となっていた学校生活だったが、メデュ子の悪魔とは思えないほどに純粋で優しい振る舞いを間近で見て来たフェリシは、いつしか彼女のことを疑いつつも、一人の友達として日々を過ごしていたのだ。

「アタシはそういう本当の意味で平等な、争いの無い世の中を作っていきたいの。だから人間がどうとか、悪魔がどうとかなんて気にしないわ」

「悪魔と友達に、それにその言葉は、かつて()()()()()が夢見たものと同じですぞ」


 ナベリ―は感極まったのか、涙ながらに続けて話す。


「あの方たち?」

「ウム。偽りの伝承により彼らの功績を踏みにじられたが故、我はここで子供たちに真実を教えていたのですぞ」

「偽りの伝承ですって?」


「それはどういうこと」とフェリシが訪ねようとした瞬間、二人の間に魔法陣が展開された。

 新たな刺客かと思い身構えるフェリシだが、次の瞬間一気に気の抜けた状態になる。


「…………なにこのマスコット」


 彼女の前に降臨したのはシロクマさんの着ぐるみであった。


「私はシロクマの『ステファニー』だよ! よろしくね!」

「よろしくね、じゃねーよ! 何でマスコットが魔法陣から現れるんだよ!?」

「え? なにこの筋肉ダルマ女~、こわ~い」

「斬っていい? 斬っていいよね!?」

 なにこの着ぐるみ? 話し方といい人を小馬鹿にした態度といい、誰かに似ているような?


「君たちはちょっと置いたが過ぎたようだからね? お礼にこの森の外へと出してあげるよ!」

「お礼なのかよ」

「さっさと帰れ」

「本心を包み隠せよ!?」


 突如として現れたステファニーを名乗るマスコットに苛立ちながらも、瀕死の仲間がいる以上この場に長く留まることは出来ないと考えたフェリシは、彼女の意見を吞むことに決めた。


「こっちも手当しないといけないやつがいるし、アンタの言うことを信じることにするわ。この森の悪魔が無害だってことも調べはついているし。ロリショタを除いて」

「心外ですぞ! 我も無害ですぞ!」

「いや害でしかないだろ」

「私もそう思う」

「お前も思ってんのかよ!?」


 フェリシがアナスタシアたちの方へと歩むと、彼女を中心に魔法陣が展開される。おそらく瞬間移動の魔法だろう。


「高レベルの魔法を使うんですね~? あのヒヨコさんは~?」

「え? 今度はヒヨコ?」


 アナスタシアの目線の先には、物陰に隠れてジッとこちらを見つめるヒヨコの着ぐるみが鎮座していた。

 ここはいつからテーマパークになったのか、そう思い溜息を吐くフェリシに対し、アナスタシアは目を輝かせてヒヨコを見つめる。


「ああいう怯えた感じの子を見ると~? たぎってしまいますね~?」

「はいはい。アタシはもう疲れたからツッコまないよ? 早く宿屋探して寝たい」


 アナスタシアの好機の眼差しを捉えたサタンは、身体を震わせて怯える。


「リコルス! もう転送していいよな!? 何かあの白髪の女の子が怖いんだけど!? 早く帰そう!」

「まあ待てよ、ジョーナス。最後に言いたいことあるから」

「誰がジョーナスだ!? 俺はサターー」


 サタンが自分の名前を言いかけたところで、フェリシがそれに気付く。


「え? サタンって言った?」

「ワーオ! サタンってナンデスカ? アナタが言ってることワカリマセーン。ねー? ジョーナス」

「オーウ! ソウダネ、ステファニー! カノジョはなにを言ってるんダローネ? ボクはジョーナスさ! HAHAHA!!」


「「HAHAHA!!」」


「何で急にカタコトになってんの? なんかムカつくからやめてくんない?」


 マスコット二人の怪しい動きに警戒しながらも、フェリシはナベリーの方へと向き直る。


「さっきの話しの続き、また機会があれば聞かせてもらえない?」

「いいですぞ! その時はアナスタシア殿も一緒に来るといいですぞ!」

「私はごめんです~?」


 リコルスは何の話しをしていたのか気になるも、アホなサタンがまたボロを出さないうちにと転送を促す。

 一緒に現場へと出てきて、この男が他の悪魔たちから頼りないなどと言われている理由が知れた彼娘(かのじょ)は、次のイジリのネタをどうするか、不敵な笑みを零し考えている。

 それを感覚的に察知したサタンは、着ぐるみの中で一人青ざめた顔をしていた。


「……それとメデュ子ちゃんにも、また会えたら、その時はちゃんと自分の口から謝りたいな」

「ウム。きっとメデュ子殿なら、貴殿の想いに応えてくれますぞ!」

「…………なんでこんな暖かい感じのエンディング迎えてんの?」

「…………俺に聞くなよ。つかもう転送するぞ」


 サタンの言葉と共に魔法陣が放った光はフェリシたち三人を包み込み、一瞬のうちにしてその姿を消した。

 安堵の息を吐くサタンの横で、リコルスは早速着ぐるみを脱ぎ捨てるとメデュ子の元へと寄り添い、眠っている彼女に言葉を掛ける。


「よく頑張ったね、メデュ子」


 リコルスの性転換はまだ持続しており、そこに佇んでいたのは正真正銘の本物の美少女であった。

 彼女の慈愛にも満ちた綺麗な横顔を間近で見ていたサタンは、そのあまりにも美しい姿に見惚れてしまっていた。

 そしてそんな彼女を見るのは初めてのはずなのだが、どこか懐かしいその姿に釘付けにされたよう視線を外すことが出来なかった。


「…………あ、あぁ、貴方様はッ」


 後ろでナベリーの驚いたようなひどく狼狽した声が聞こえたが、今の彼にとってはそんなことに興味を示さないくらいに、この光景から目を離すことが出来ないほど、鮮烈に脳裏に刻まれる思い出となった。

 月明かりの差す光は、彼女を煌びやかに照らし続けるばかりだ。



 一方でサタンの魔法により、森の外へと転送されたフェリシたちだったが。


「…………オイ」

「…………これは~?」


 シリウスは気を失っている。ただの屍だ。


「森の入り口に逆戻りじゃねーかぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 フェリシたちは森から出してもらえることを、出口のことだと思っていたようだったが、リコルスの策略にまんまとハマり、最初のスタート地点である入り口の前へと転送されたのだ。


「あのマスコット共!! ただじゃおかねえぇぇ!! 次会ったら八つ裂きにしてやる!!」

「さっきイイ感じに別れたのにえらい手のひら返しですね~?」

「アタシたちの数日間は何だったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 フェリシの悲痛の叫びが森へと響き渡る中、当のリコルス本人は邪悪な笑みを浮かべていた。

 これからも彼娘(かのじょ)たちの仁義なき戦いは続いていく。

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