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ねじ巻き世界の少年ロスカ ―機人が生きる学園都市の物語―  作者: 水雲


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強化合宿は潮風とオイルの香り

 機人にとっての夏とは、すなわち『熱力学第二法則』との泥沼の戦争を意味する。外気温の上昇は冷却効率の低下を招き、思考回路のクロックダウンを引き起こす。故に、多くの賢明な機人は、日陰で機能をスリープさせ、秋の到来を待つのが通例だ。


 そう考えると、つい先日行われた『体育祭』などという行事は、集団ヒステリーか、あるいは冷却液の代わりに安酒でも煽った者が企画したとしか思えない蛮行だった。あんな炎天下で機体を酷使させるなど、自殺志願者のパレードに等しい。ようやくその悪夢から解放され、静かな休養が取れるはずだったのだが――。



 早朝のバス停。ロスカに安息の夏は訪れていなかった。大きなバックパック(中身は予備の潤滑油と冷却スプレーのみ)を背負ったロスカの横で、焼き付いた脚部を応急処置されたばかりのギアが、世界の終わりみたいな顔で座り込んでいた。


 「……なぁロスカ。なんで俺までこんな目に遭わなきゃなんないんだ。合宿の招待状はお前宛てだったろ?」

 「仕方ないよ。スパナさんが『修理代が払えないなら体で払え』って。君は今回の合宿の『公式荷物運び係』兼『耐久テスト用検体』として採用されたんだから」

 「ブラックすぎるだろ!バックれようぜ、今ならまだ間に合う。俺の田舎の『廃材置き場』に隠れれば……」

 「無理だよ。スパナさんは君の脱進機エスケープメントが刻む『固有の振動音』をすでに記録してる。逃げたら最後、音響追尾式アコースティック・ホーミングの自走ドリルが飛んでくるよ」

 「あの人ならやりかねねえええ!」


 ギアが頭を抱えて絶叫したのと同時に、地響きのようなエンジン音が近づいてきた。通常の乗合バスではない。装甲板を継ぎ接ぎして無理やり形を成したような、無骨極まりない六輪駆動の輸送車両だ。塗装は剥げ落ち、マフラーからは環境基準を嘲笑うかのような黒煙が噴き上がっている。


 プシューッ。


 蒸気機関車のような排気音と共にエアブレーキがかかり、バスのハッチが開いた。運転席には、遮光ゴーグルをかけ、アロハシャツのような派手な塗装を施したスパナが座っていた。


 「よう、若人わこうどたち。バカンスの準備はいいか?」

 「……スパナさん、その恰好は一体?」


 ロスカが恐る恐る尋ねる。スパナの胸部装甲には、蛍光色のペンキで『SUMMERVACATION』と殴り書きされていた。


 「雰囲気作りだ。形から入るのは技術屋の基本だろ?さあ乗れ。目的地まではノンストップだ。冷却水漏らしても止まらねえぞ」


 ・

 ・

 ・


 車内は意外にも快適だった。後部座席は取り払われ、移動式のラボのように改造されている。ソファの代わりに工具箱が並び、天井からは怪しげな計器類や真鍮製のパイプがぶら下がっていた。隅には、ねじ巻きクラブの影の支配者である猫のブチョーが、専用のハンモックで王侯貴族のように優雅に揺られている。


 「で、結局どこに行くんですか?『避暑地』とは聞いてますけど」


 ギアが不安そうに尋ねた。


 「『錆びつきラスティ・ケープ』です」


 助手席に座っていたテツが、分厚い地図帳(紙媒体)を広げながら淡々と答えた。


 「かつて人間たちが『保養所』として使っていた施設を、部で不法占……いえ、有効活用しています」


 「錆びつき岬!?名前がもう最悪じゃないか!」


 ギアが叫ぶ。


 「海沿いだろ?塩分濃度が高い潮風なんて、機人にとっては猛毒ガスみたいなもんだぞ!一週間もいたら関節が固着して動かなくなる!」

 「くくく……だからこそ、だ!」


 ハンドルを握るスパナが、肩を震わせて笑い出した。その声には、明らかに危険な周波数が混じっている。


 「極限環境下での耐食性テストォ!素晴らしいだろう?お前らのボディに、俺が徹夜で開発した新素材のコーティング剤をブチまけて試すんだ!成功すれば永遠の輝き!だがもし失敗すれば……全身赤錆だらけの、芸術的なオブジェの完成だァ!!ああ、想像するだけでデータを取りたくて指が震える!」

 「ひっ、目がマジだ……!失敗したときのことを楽しそうに話さないでください!」


 車は市街地を抜け、緑が生い茂る旧街道へと入っていった。窓の外を流れる景色は、夏の日差しを浴びてキラキラと輝いている。入道雲が湧き立つ空は高く、本来なら心を躍らせる絶景だ。ロスカは頬杖をつきながら、胸ポケットの感触を確かめた。あの日もらったコハクからのメモは、油紙に包んで大切にしまってある。


 (コハクさんは、どんな夏休みを過ごしているんだろう……)


 そんなロスカの感傷を、スパナの狂気的なハンドリングが吹き飛ばした。


 「あご蝶番ヒンジが外れないように噛み締めとけよ!ここからはオフロードだ!」


 車両が激しくバウンドし、ロスカとギアは天井に頭を打ち付けた。


 ・

 ・

 ・


 数時間の激闘(主に車酔いとの戦い)の末、視界が一気に開けた。目の前に広がったのは、圧倒的な『青』だった。

 海だ。水平線まで続く深い藍色と、白い波飛沫。かつて人間たちが愛したという、原初のスープ。海岸線に沿って、朽ちかけた巨大な風力発電の風車が何基も並び、錆びた音を立ててゆっくりと回っている。その風景は、滅びの寂しさと夏の明るさが同居していて、奇妙に美しかった。


 「着いたぞ。ここが我々の楽園ラボだ」


 スパナが指差した先、岬の突端に、白亜の建物が立っていた。かつての灯台守の宿舎か、あるいは別荘か。壁には蔦が絡まり、潮風で塗装は剥げているが、骨格はしっかりしている。建物の前には、プライベートビーチのような砂浜が広がっていた。


 「うわぁ……」


 ギアが素直に感嘆の声を漏らした。


 「錆びるリスクさえなきゃ、最高のロケーションだな」

 「へえ、悪くないね」


 ロスカも思わず声を弾ませた。オイルの匂いが充満する学校の部室とは違う。ここは、空気が広い。車を降りると、ムッとする熱気の中に、塩辛い潮の香りが混じっていた。嗅覚センサーが『塩分過多』を微かに警告したが、ロスカはそれを無視して深呼吸をした(実際に肺呼吸はしていないが、吸気ファンを回した)。


 「よし、荷物を解いたら集合だ。水着(耐水装甲カバー)に着替えろ」スパナが号令をかける。「遊ぶ時間はたっぷりあるが、その前に『宝探し』と行こうか」


 ・

 ・

 ・


 一時間後。ロスカとギアは、旧式のアナログ金属探知機とスコップを持たされ、炎天下の砂浜に立たされていた。


 「これのどこが『強化合宿』なんですか……?」


 ギアが汗(結露した水滴)を拭いながらボヤく。


 「バカ言え。これは重要な『資源回収』だ」


 パラソルの下、デッキチェアでトロピカル・オイルジュース(ハイオク・マンゴー味)を飲んでいるスパナが言った。


 「この辺りの砂浜には、旧時代の遺物が大量に埋まっている。中には、今の技術じゃ再現できない『ロストテクノロジー』の部品も眠ってるんだよ」

 「要するに、ゴミ拾いじゃないですか」

 「人聞きが悪いな。トレジャーハントと言え」


 ロスカは苦笑しながら、探知機の針を眺めた。ジジッ、ジジジ……!アナログメーターが振れた場所を掘り返す。出てきたのは、錆びついた空き缶ではなく、奇妙な形状の歯車だった。


 「おっ、これは『クロムモリブデン鋼』の削り出しギアか?精度がいいな」


 ロスカは思わず目を輝かせた。彼は根っからの機械オタクだ。見たこともない構造の部品を見ると、ぜんまいが少し早く巻かれるような高揚感を覚える。


 「へえ、やるじゃんロスカ。俺なんかさっきから『得体の知れないバネ』しか出てこねえよ」


 ギアも文句を言いながら、まんざらでもなさそうだ。

 波の音。頭上を舞うカモメたちの鳴き声。そして、砂の中から宝物を掘り出すワクワク感。我々機人とは違い、有機的な翼で自由に空を飛ぶ鳥たちを見上げながら、ロスカは不思議な開放感に包まれていた。体育祭の殺伐とした空気とは違う、穏やかで、しかし確かな冒険の匂いがここにはあった。


 「……ん?」


 不意に、ロスカの探知機の針が、今までとは違う動きを見せた。小刻みな振動ではなく、最大値に振り切れたまま動かなくなったのだ。そして、ブゥゥゥゥンという、地底から響くような低い唸りが、足裏のセンサーを通して伝わってきた。


 「なんだ、これ。かなり深いぞ」

 「大物か?旧時代の戦車のパーツとかだったらどうする?」


 ギアが覗き込む。


 二人は顔を見合わせ、スコップで砂を掘り進めた。1メートルほど掘ったところで、カチンと硬い感触があった。慎重に砂を払う。そこに現れたのは、戦車でも兵器でもなかった。

それは、ガラスのような素材で覆われた、小さなカプセルだった。中には、ボロボロになった紙束と、青く透き通る結晶体クリスタルが封入されている。


 「タイムカプセル……?」


 ロスカが呟く。


 「おいおい、なんだそりゃ。スパナさんに見せたほうがいいんじゃ……」ギアが言いかけたその時だった。


 『……起動シマス。……座標、合致。……歯車ノ回転ヲ検知』


 カプセルからではなく、どこか遠くから、あるいは古いラジオのノイズのような音声が響いた。同時に、岬の丘の上に立つ、あの一際大きな『朽ちた風車』が、ギギギ……と不穏な音を立てて逆回転を始めたのだ。


 「……おいテツ!あの風車の制御系はどうなってる!?」


 パラソルの下でスパナが跳ね起きた。


 「完全に死んでいるはずです!風車の動力を伝達するワイヤーは切断されています。……まさか、地下の旧配管を通じて『何か』が共鳴しているのか?」


 ロスカは手の中のカプセルを見つめた。中の結晶体が、逆回転を続ける風車と同期するように、不気味に、しかし美しく明滅している。


 「どうやら、ただのゴミ拾いじゃ終わらなそうだな」


 スパナがニヤリと笑い、ゴーグルをずらした。


 「面白くなってきたじゃねえか」


 ロスカの夏休みは、まだ初日。だが、予感は確信に変わった。この夏は、絶対に『普通』では終わらない。

 潮風が、少し強く吹き抜けた。それは、新しい冒険の始まりを告げる合図のようだった。

読んでいただきありがとうございます。


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