鋼鉄の闘牛(マタドール)
陽炎が、熱せられた砂と鉄の匂いを連れてくる。午後を回ったグラウンドは、もはや戦場跡のような様相を呈していた。あちこちに散乱する鉄球、キャタピラの轍、そして過負荷で煙を吹く級友たちの姿。ロスカは自分の吸気ファンが上げる悲鳴のような高い音を聞きながら、電光掲示板の絶望的な数字を見上げていた。
「……ひどいな、これは」
思わず漏れたロスカの呟きは、隣で片脚をガクガクと震わせているギアの駆動音にかき消された。 これまでの戦況は、ロスカたち2年B組にとって惨敗の一語に尽きる。午前の『鉄球玉入れ』ではアームの出力不足を露呈し、『キャタピラ障害物競走』では重量級の乱入によって無惨にも踏み潰された。スコアは断トツの最下位。このまま終われば、待っているのは全校生徒の前での公開処刑と、夏休みをすべて溶かす地獄の刑罰――『校舎全域オイル拭き掃除』だ。
だが、まだ「詰み」ではない。 最終種目、最大配点を誇る『サバイバル騎馬戦』。ルールは単純明快、相手の騎馬を地面に叩き伏せ、最後の一組になるまで戦い抜くこと。ここで圧倒的な実力を見せつけて勝ち残れば、これまでの敗北をすべて無価値にする「大逆転優勝」の芽が残されている。
「いいかギア。掃除の雑巾を持つか、優勝旗を掴むか……二つに一つだ」
「聞くまでもねえだろ。俺の関節が焼き付くのが先か、あいつらをブチ倒すのが先か……勝負だ!」
ギアの覚悟に応えるように、ロスカはギアの脚部に装着された『オーバードライブ・ユニット』の接続ボルトを、最後にもう一度強く締め直した。
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「――これより、最終種目、開始ッ!」
審判の号令と共に、戦場に緊張が走る。 ロスカたちの前に立ちはだかったのは、3年A組の絶対王者、タイタンだった。その名の通り、全身を厚い防弾装甲で覆い、キャタピラ並みの太い脚を持つ重量級の怪物だ。彼が率いる騎馬は、もはや馬というより『移動要塞』であった。
「ちびっこ共、掃除の準備はできているか?」
タイタンの重低音スピーカーが、グラウンドの空気を物理的な圧力となって震わせる。
「……ギア、作戦通りに。僕が合図するまで、絶対にユニットは解放しないで」
「わかってる……けど、あんなのと正面衝突したら、こっちのフレームが持たねえぞ!」
タイタンが突進を開始した。 ドォン、ドォン、ドォン。 一歩ごとに大地が爆ぜ、地響きが内臓を揺さぶる。その質量兵器とも言える突進に、周囲の騎馬たちは接触した瞬間に、まるで玩具のようにひねり潰され、宙へと跳ね飛ばされていった。
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「今だ、ギア! 緊急解放!!」
衝突の数メートル手前、ロスカの叫びが鼓膜を打つ。ギアが脚部のロックレバーを全力で蹴り上げた。
ガギィィィンッ!!
爆発的な金属音と共に、臨界まで巻かれた高張力ぜんまいが解き放たれる。スパナ特製の『無摩擦オイル・改』によって保護された駆動系が、物理法則を嘲笑うかのような超高速回転を開始した。
「う、うわああああああ!! 止まんねええええ!!」
ギアの叫びと共に、景色が『線』へと変貌する。ギアの脚は、持ち主の意志を置き去りにして、狂ったように大地を叩き、削る。制御不能の猛加速。ロスカはギアの肩を強く掴み、全身のジャイロセンサーを極限まで研ぎ澄ませた。
目の前には、巨大な鉄の壁――タイタンの盾。 正面から行けば、一瞬でスクラップだ。 だが、ロスカの視界には、タイタンの巨躯が生み出す「力の流れ」が鮮明に視えていた。
(今だ……!)
激突までコンマ数秒。 ロスカはギアの背中で自身の全質量をスライドさせ、彼らの進路を数ミリだけ、しかし決定的に歪ませた。
「な……っ!? 避けるだと!?」
タイタンの驚愕がスローモーションのように響く。 ロスカたちの『止まれない加速』が、タイタンの盾の端を、火花を散らしながらかすめていく。本来ならそのエネルギーは外側へ逃げるはずだった。
だが、ロスカは逃がさない。 逃げる力を、逆に引き絞る。 彼はタイタンの装甲を擦るその瞬間、自身の全体重を一点に預け、ギアの爆走エネルギーを、タイタンの膝関節のわずかな隙間へと――針の穴を通すような精密さで叩き込んだ。
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ドッ、ゴォォォォォンッ!!
それは、単なる衝突ではなかった。 タイタンの『突進する巨大な慣性』と、ロスカたちの『止まれない加速』が、一点で激突し、爆発したのだ。 凄まじい衝撃波がグラウンドを駆け抜け、砂煙がドーム状に跳ね上がる。
無敵を誇ったタイタンの巨躯が、物理的限界を超えて大きく傾ぐ。 タイタンの膝関節から「ギチギチッ」と金属が悲鳴を上げる音が聞こえた次の瞬間。
「馬鹿な……この私が、押し切られる、と……ッ!?」
山の如き巨躯が、重力に裏切られたかのように宙に浮いた。一点に凝縮された破壊のエネルギーが、タイタンの重量バランスを完全に打ち砕いたのだ。王者の騎馬は、轟音と共に砂煙の底へと沈んでいった。
勝負あり、だ。
「…………止まれ、ギア!! 止まれぇぇ!!」
勢い余ってグラウンドを突き抜け、校舎の壁を揺らしてようやく停止したロスカたち。粉塵の中から這い出したロスカが、限界を超えた右腕で拳を空につき上げた。
静寂。 そして、耳を劈くような、爆発的な歓声。
「勝者、2年B組、ロスカ&ギア組!!」
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勝利のコールと共に、ギアはその場に崩れ落ちた。
「……終わった。俺のぜんまいのテンション、もうユルユルだ……。俺まだ生きてるよな……全身に力が入らねぇよ」
彼の脚部の関節からは、紫色の煙がシューシューと上がっている。スパナの予言通り、完全に焼き付いて動かなくなっていた。
「お疲れ、ギア。最高の走りだったよ」
ロスカもまた、背中から降りると同時にへたり込んだ。極度の集中と緊張からの解放で、体内の冷却システムが追いつかず、視界が少し滲んでいる。
観客席が湧く中、ロスカはふと視線を感じて顔を上げた。喧騒から離れた場所。コハクが立っていた。 彼女は日傘を閉じ、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
ロスカと目が合う。彼女は、あの図書館の時と同じように、わずかに口角を上げ――そして今回は、自分の胸に手を当てて、小さく、しかし優雅な拍手を送ってくれた。
(……!)
それだけで、全ての苦労が報われた気がした。スパナの無茶振りも、ギアの悲鳴も、タイタンの恐怖も、全てはこの瞬間のためのスパイスだったのだと思える。
「……へっ、やってくれるじゃねえか」
いつの間にか、スパナとテツが横に来ていた。スパナは焼き付いたギアの脚をコンコンと叩き、満足げに笑った。
「データは上々だ。これでこのパーツも実用化に一歩近づいたな」
「え、これ実用化するんですか? 殺人兵器ですよ?」
ロスカが突っ込む。
「改良の余地はあるがな……。まぁ、そんなことはいい。この茶色いの(ギア)の修理代は、優勝賞品から天引きさせてもらうぞ」
「そんなァァァ!」
ギアが地面に顔を埋めて嘆いた。
そこへテツが眼鏡を光らせて補足した。
「ちなみにロスカ先輩。優勝クラスへの賞品は『高級潤滑オイル一年分』ですが……実は、今回のMVPであるロスカ先輩『個人』への特別副賞もあるそうですよ」
「え、僕個人に? なんだか悪いな……」
ロスカが少し照れくさそうに頬を掻く。
「はい。夏休み期間中の『ねじ巻きクラブ・特別強化合宿への強制参加権』です。おめでとうございます」
「……は?」
ロスカの笑顔が固まった。
「光栄に思え、ロスカ。俺の助手の席は倍率が高いんだぞ? ……もっとも、生きて帰れた奴はいないがな」
スパナが凶悪な笑みを浮かべて、ロスカの肩をガシッと掴んだ。逃がさない、という強い意志を感じる握力だった。
遠くで、ブチョーが「ご愁傷様」と言わんばかりに一声鳴いた。ロスカの夏は、まだ始まったばかりだ。いや、むしろここからが本当の地獄(あるいは青春)の始まりなのかもしれない。
夕焼けが、機人たちの金属の体を赤く染めていた。それは、オイルと汗と、少しの恋心が混じった、忘れられない夏の色のようだった。
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