真鍮の静域、禁忌の標本箱
少し更新が遅くなってしまいごめんなさい m(_ _)m
最近仕事が立て込んでしまって、時間が取れませんでした……
できる限り更新していこうと思いますので、これからもロスカたちをよろしくお願いいたします!
――ガギィィィン!
重厚なオーク材の扉が、スパナの振るった大型解体用レンチの一撃に悲鳴を上げた。物理ロックを強引に引き剥がし、三人は雪崩れ込むように室内へ踏み込む。そこは、本来であれば学園の最高責任者が座るべき、気高く静謐な聖域であるはずだった。
「……っ、何だ、この匂いは」
スパナが顔をしかめ、鼻孔を覆う。扉の外に漂っていたあの錆びたような匂いは、一歩室内へ踏み込むなり、逃げ場のない濃密な異臭となって三人を襲った。機械のオイルが焼ける焦げ臭さと、古い鉄、そして ――熟しすぎて腐りかけた果実のような、生理的な嫌悪感を誘う有機物の臭気だ。
「……二人とも、足元に気をつけて」
ロスカの声に従い、三人は慎重に歩を進める。部屋の壁面を埋め尽くす美しい時計仕掛けの機構。その歯車と歯車の隙間に、それはいた。真鍮のパイプに沿うように、数本の赤い細い管が這っている。それは機人が持つべき銀色の配線ではなく、保護膜に包まれ、時折ドクンと小さく脈動する『疑似筋肉』の繊維であった。
テツやスパナには、それがただの不気味な付着物に見えているだろう。だが、ロスカの視界には、全く別の光景が広がっていた。 ーーロスカの瞳の奥で、静かに青い炎が揺らめく。ーー 彼の拡張された知覚において、その赤い繊維は、周囲の美しい真鍮の機構から執拗に駆動エネルギーを搾取し、肥大化しようとする『寄生体』のように禍々しい光を放っていた。それは機械の美しさを喰らい、有機的な『生』を無理やり繋ぎ止めている、歪な生命の形だった。
「……酷いな。これじゃあ、まるで精密機械の標本箱に、無理やり血管を流し込んだみたいだ」
テツが震える手でスキャナーを向ける。投影されたホログラムには、部屋の動力源から理事長のデスクへと集中する不規則なエネルギー線が映し出されていた。だが、その侵食は決して広範囲ではない。壁の一部、デスクの脚、そして椅子。機人一人の片腕を作るのが限界と言われる現在の技術水準を物語るように、その赤い繊維は弱々しく、今にも枯れそうな蔦のように特定のラインを繋いでいるに過ぎなかった。
「これを見てください……」
テツがデスクの足元で、何かを見つけ膝をついた。そこに転がっていたのは、新聞部の腕章と、レンズが粉々に砕け散った一台の小型カメラだった。リベットが昨日までその命よりも大切に抱えていた、彼女の『武器』である。
「リベット……。あいつ、本当にどこに……」
スパナがその腕章を拾い上げようとした、その時だった。
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――ギ、ギギッ、ギガガガガッ!
部屋の奥、割れたステンドグラスが夜風に鳴る窓際で、不自然な音が響いた。月光に照らされ、そこには何かがうずくまっていた。先ほど窓の外で目撃した、夜空へ伸びていた『白く、長いもの』。その正体が今、露わになる。
「……鳥、か?」
ロスカが息を呑んだ。彼の瞳の炎が、警告を発するように激しく明滅する。そこにいたのは、学園の中庭で平和の象徴として飼われていたはずの大型の白鷲だった。だが、その姿はあまりにも無残に冒涜されていた。白い羽毛はあちこちが抜け落ち、露出した皮膚には、銀色のセラミックプレートがボルトで直接ねじ込まれている。翼の関節部には、むき出しの疑似筋肉の束が補助ケーブルとして巻き付けられ、過負荷によって焼けたような赤紫色の熱を帯びていた。
それは、生物としての意思を奪われ、精密機械のパーツとして無理やり再定義された『生体改造ドローン』であった。
「ギィ、イ、イィ……!」
鳥は嘴からオイル混じりの唾液を垂らし、痙攣するように翼を羽ばたかせた。ロスカの目には、その翼に食い込むボルトの深さ、筋肉の繊維が限界を超えて悲鳴を上げている微細な振動までもが、スローモーションのように鮮明に捉えられていた。
「下がれ、テツ!ロスカ!」
スパナがレンチを構え、前面に出る。生物の反射速度と、機械のパワーを無理やり合成されたその『欠陥品』は、不自然な軌道で跳躍し、三人に襲いかかろうとした。
「待って、スパナさん! あの子は自分の意思で動いているんじゃない!」
ロスカが叫んだ。彼の瞳は捉えていた。その鳥の脳天に埋め込まれた制御チップから、機人の倫理を超えた強制的なオーバーライド信号が火花のように放たれているのを。それは生きるための抵抗ではなく、誰かに操られた『人形』としての破壊行動に過ぎなかった。
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「――そこまでにしておきなさい。生命の尊厳を、このような形でおとしめるとは」
冷徹だが、どこか深い慈悲を含んだ声が響いた。直後、部屋の入り口から数条の電磁拘束弾が放たれ、暴走していた白鷲を直撃した。
ギャ、という短い悲鳴とともに、鳥は地面に伏し、疑似筋肉の脈動を止めた。過負荷によって繊維が焼き切れ、鼻を突く異臭とともに、それはただの『動かない肉と鉄の塊』へと戻った。
振り返ると、そこには教頭が立っていた。背後には無機質な警備ユニットを従え、その手にはまだ煙を上げる特殊銃が握られている。その表情は、いつものように温厚な教師のそれだった。
「教頭先生……!どうしてここに」
「君たちが心配でね。封鎖の指示を出した後、もしやと思い駆けつけたのだが……。間に合ってよかった」
教頭はゆっくりと三人の側へ歩み寄り、無残な鳥の亡骸を見つめて、深く目を伏せた。
その瞬間、ロスカの琥珀色のゼンマイが、小さな不協和音を奏でた。キチ、キチ……と、内側から引っ掻かれるような、嫌な軋み。教頭の歩調、呼吸、そしてその『悲しみ』。すべてが完璧に整っているからこそ、ロスカの変質した感覚は、その底にある『計算』の冷たさを、かすかな違和感として抽出していた。
「理事長は……学園の最高責任者という立場を悪用し、禁忌の研究に手を出していたようだ。機人の寿命、つまり『ゼンマイの限界』を超え、永久の駆動を得るために……彼は生物の組織を機械に組み込む『人間回帰』の夢に取り憑かれてしまった」
教頭はデスクに散乱していたリベットのカメラの破片を拾い上げ、テツに手渡した。その手は、悲しみで僅かに震えているように見えた。
「リベット君は、ジャーナリストとしての鋭い嗅覚で、この密室で行われていた暴挙を突き止めてしまったのだろう。そして、逃げ場を失った理事長によって……」
「……リベットは、あいつに殺されたんですか!?」
テツが、絞り出すような声で問う。教頭は答えず、ただ静かに首を振った。
「理事長は今朝から行方をくらませている。彼女を連れて逃げたのか、あるいは……。今の私に言えるのは、この学園の秩序を守り、これ以上の犠牲を出さないことだけだ。いいかい、君たち。この部屋で見たことは、決して口外してはならない。これは、学園の存続と、君たちの未来を守るための苦渋の決断だ」
教頭の言葉は、教師としての威厳と、教え子を想う慈愛に満ちていた。スパナでさえ、その圧倒的な正義の前に、返す言葉を見つけられずにいた。
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「……行きなさい。後は私と、警備ユニットが引き継ぐ。リベット君については、僕の全権を以て必ず探し出す。約束だ」
教頭に促されるまま、三人は重い足取りで理事長室を後にした。時計塔の長い螺旋階段を下りる間、三人は無言だった。背後の理事長室からは、警備ユニットが証拠物件を整理する、冷たい機械音だけが響いてくる。
「……テツ、さっきのあのドローンだけど」
塔の出口、夜の校庭に出たところで、ロスカが足を止めた。ひんやりとした夜風が、加熱した内部機構を冷やしてくれるはずだったが、胸の奥のざわつきは収まらなかった。
「……何ですか、ロスカさん」
「教頭先生が機能を停止させたあの瞬間、レンズの奥にあるあの目が、僕を捉えたように見えたんだ。……いや、見つめられていた、と言ったほうがいいかな。僕の目には、あれが単なるプログラムの暴走だったとは、どうしても見えなかったんだ」
ロスカの言葉に、テツも足を止め、自分のポータブルスキャナーに保存されたログを呼び出した。
「……実は僕も、一つだけ引っかかることがあります。あの鳥を制御していたチップ……。スキャンデータのごく一部に残っていた製造番号の書式、あれは学園の公式な備品リストには存在しないものでした。むしろ……」
テツは言葉を切り、辺りを見回した。誰もいないことを確認し、声を潜める。
「……教頭先生が担当していた、最新型のアクチュエータ研究用チップの番号体系に、酷似していたんです」
スパナが目を見開く。
「待て、テツ。それじゃ、まるで教頭があの鳥を作ったみたいじゃないか。……あの人は、俺たちを助けてくれたんだぞ?理事長の不祥事を悲しんでいたんだぞ?」
「……分からない。でも、あの部屋を去る時、僕には教頭先生の横顔が少しだけ違って見えた」
ロスカは、思い出す。琥珀色のゼンマイが、キチ、キチ……と警告のような音を立てていたあの瞬間。教頭がリベットの割れたカメラレンズを拾い上げた時の、あの指先の動き。彼は確かに悲しげな顔をしていた。だが、その指先がレンズの破片をポケットに収める動作は、あまりにも滑らかで、まるで『目的のものを手に入れた』収集家のような、冷徹な満足感に満ちていたのだ。
「……理事長は本当に、逃げたのかな」
ロスカの呟きは、夜の静寂に吸い込まれていった。背後にそびえ立つ中央時計塔。その巨大なゼンマイが刻む「カチ、カチ」という音は、もはや正しい時を刻んでいるようには聞こえなかった。何かが決定的に歪み、修復不可能なまま、最悪の方向へと駆動を始めている。
ロスカの瞳の奥で、青い炎が静かに、しかし決意を込めて揺らめいた。
三人は、闇に溶けゆく校舎を見つめ、言いようのない戦慄に身を震わせることしかできなかった。
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