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ねじ巻き世界の少年ロスカ ―機人が生きる学園都市の物語―  作者: 水雲


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偽りの歯車、禁忌の触知

 放課後。新聞部の部室は、スキャンダルという名の甘美なオイルを求めて、旧式の印刷機がせわしなくピストンを上下させていた。排気ダクトからは情報の焦げ付いたような熱気が吐き出され、インクの匂いが澱んでいる。


 リベットは、自席の記録端末に映る画像を満足げに眺めていた。そこには、昨日の屋上で密着するロスカとコハクの姿が、機人の冷徹な光学レンズによって完璧な構図で捉えられている。


 「――部長、例の特ダネの第一報、メインサーバーに格納しておきましたよ。これ、次の学園報のトップはもらったも同然ですよね?」


 リベットが声を弾ませると、部室の奥で古びた紙資料を整理していた部長が、ゆっくりと顔を上げた。彼は分厚い眼鏡を指先で直し、リベットが提出したデータを一瞥する。


 「……ご苦労、リベット。相変わらず、君の目は他人の回路の綻びを見つけるのが得意なようだ」

 「褒め言葉として受け取っておきます! で、いつ公開します?」


 部長はわずかに口角を上げ、静かなトーンで答えた。


 「いや、これは『劇薬』だ。今や学園の清純なアイコンであるコハクさんを、これほど扇情的に……ある種、こき下ろすような形で出すのは刺激が強すぎる。無闇に公開すれば、生徒たちの反感を買って、学園の秩序システムを揺るがしかねないからね」


 「えぇー、せっかくのスクープなのに」

 「記事は一度、私が預かろう。学園の調和を重んじる立場として、最も『効果的』な発表のタイミングを計る必要がある。……案ずるな、リベット。君の名前は、その時が来れば華々しくクレジットされることになる」

 「華々しく! ……それなら、待つ甲斐もあるってもんですね」


 リベットは『華々しく』という言葉に自尊心をくすぐられ、鼻歌混じりに部室を後にした。彼女が去った後、部長はリベットのデータを、通常の編集用フォルダではない隠しディレクトリへと、音もなく静かに移動させた。


 ・

 ・

 ・


 一方、旧校舎の一角。ねじ巻きクラブの部室へと続く廊下には、不快な高周波の金属音が響き渡っていた。壁の配管が振動し、床からは何かが削れる生々しい音が伝わってくる。ロスカは耳の奥の集音膜を不快そうに震わせ、隣を歩くスパナに声をかけた。


 「……あの、部長。あの音、もう一時間近く続いていませんか? なんだか耳の奥がチリチリします」


 スパナは腰に差した愛用のスパナを抜き取り、指先で回しながら不敵な笑みを浮かべた。


 「ああ。うちの部室の隣に廃棄部品集積所があるのをいいことに、誰かが勝手に私設の工房を気取っているらしい。……ロスカ、少し教育メンテが必要だと思わないか?」

 「……そうですね。放っておくと、部室の壁まで削られそうですもんね」


 二人は音の源である、部室横の倉庫へと向かった。そこは寿命を迎えた歯車や歪んだフレームが山積みになった『鉄の墓場』だ。その山を背にして、火花を散らしながら作業に没頭しているシルエットがあった。


 「……あ、ロスカ。それに――」


 顔を上げたのは、二年機のボルトだった。彼は油まみれの顔で歪な笑みを浮かべ、スパナの方を向いてその名を呼んだ。


 「――『鉄屑医ジャンク・ドクター』。こんなゴミ溜めに何の用だい? 僕の聖域を汚さないでほしいな」


 その異名が出た瞬間、倉庫の空気がピリリと張り詰めた。学園中が彼女を『正気ではない』と恐れ、揶揄を込めて呼ぶ名前。だがスパナは怒るどころか、さらに深く笑ってボルトの身体を指差した。


 「ボルト、お前……その無様な継ぎ接ぎは何だ。左右の駆動バランスが致命的に狂ってるぞ。そんな素性の知れない外付けパーツを無理やり噛み合わせたら、基本フレームが悲鳴を上げるどころか、中軸ピボットからへし折れるぞ。……本気でスクラップになりたいのか?」


 スパナの容赦ない言葉に、ボルトはアンバーの瞳をギラつかせ、右腕に増設された不気味な多目的クローをガチガチと鳴らした。


 「ケッ! フレームの悲鳴? 最高の音楽だろ。持って生まれたスペックなんて、親から引き継いだだけの『初期設定』。僕はそれを超えたいんだよ。あらかじめ決められた自分の形を脱ぎ捨てて、自分だけの『機能』を手に入れる……。これが僕の、最高の芸術なんだ」

 「芸術ね。俺の目には、ただの過剰積載オーバーロードにしか見えないが」


 スパナは鼻で笑い、スパナを再び腰に差し直した。


 「……まあいい。そこまで言うなら好きにしろ。ガチャガチャと色んなパーツを付け替えて『自分仕様』を気取る感覚自体は、俺も嫌いじゃないからな。だが、部室の壁まで巻き添えにするなよ」

 「ヒヒッ、分かってるよ。ジャンク・ドクターは話が分かるね」


 ボルトは核心をはぐらかし、再び火花の中に没頭した。スパナはロスカを促し、その場を離れた。校舎の影に入ると、彼女の表情は先ほどまでの不敵な笑みが消え、いつになく険しいものに変わった。


 「……気をつけろよ、ロスカ。アイツの言動、クランクが言っていた『リ・バース』の思想をどこか彷彿とさせる。肉体の限界を否定し、別の姿を求める……。狂気の種類は違うかもしれないが、根っこにある毒は同じかもしれない」

 「……そうですね。でも部長、あそこまで迷いなく自分を改造できるっていうのは、正直すごいなって思っちゃいました。……ちょっと怖いですけど、あそこまで徹底してると圧倒されますね」

 「……その『圧倒される』感覚こそが、アイツらの毒なんだよ。飲み込まれるなよ」


 ・

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 ・


 「――ようやく、簡易解析が終わりました。……結論から言うと、このコイン、物理法則に対する嫌がらせですね」


 ねじ巻きクラブの部室。テツは、まるで三日三晩オイルを抜いていないかのような憔悴しきった顔で、二人を迎えた。作業机の上では、銀のコインが不気味な紫色の光に晒されている。


 「テツ、何が分かった? 調査結果を簡潔に頼む」


 スパナが椅子に深く腰掛けながら言うと、テツは投影モニターを表示させた。


 「このコイン、外装はプラチナと銀の合金です。ですが、内部に浸透しているこの微細な格子構造……。これ、単なる不純物じゃありません。金属原子の隙間に、まるで血管のように張り巡らされた未知の組成物質です」

 「未知の組成?」

 「ええ。記録にある『人間』という存在の構造に、おそろしいほど酷似している……。まるで金属の中に、生命の設計図(DNA)の断片が強引に焼き付けられているかのような構成です。機人の身体には絶対にありえない……、ある種、生理的な嫌悪感を催すような『ナマのデータ』がここに混ざっているんです」


 ロスカは自分の右手をじっと見つめた。あの地下で感じた、熱く、波打つような衝動。


 「……リ・バースが、鋼の身体を、人間に近づけようとしている証拠なのかな」

 「おそらく。ですが、さらに問題なことがあります」


 テツは、波形モニターの微かな振幅を指し示した。


 「このコイン、微弱ですが、絶え間なく特定の周波数を『発信』しています。まるで、誰かに自分の居場所を知らせる、遭難信号ビーコンのように。……このままでは我々の居場所も――」

 「……誰かに筒抜け、ってわけか」


 スパナが皮肉たっぷりに笑う。


 「俺たちの退屈な授業よりは、マシな謎解きになりそうだな......」


 ・

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 ・


 部活動を終え、リベットは一人で校舎の長い廊下を歩いていた。窓の外は夕闇に包まれ、中機校特有の冷えた空気が廊下に満ちている。


 (……なんだか、今日は目のピントが合いにくいわね。静電気かしら?)


 リベットは、テツから言われた言葉を思い出して、鼻で笑った。 『君のその黄色い羽根が、真っ黒に焦げる前に引き返すことだ』


 「……フン、あんな理屈屋の言うことなんて。私は全中機校一の記者になるんだから。……これ以上秘密を独り占めされてたまるもんですか」


 自分を鼓舞するように呟いたその時。ポケットの中の端末が、短く震えた。ダイレクトメッセージの通知だ。


 『リベット君。君の提出した資料には、非常に興味深い可能性が秘められていた。……さらなる調査の「特別許可」を出そう。今夜、時間がある時に、新聞部の部室に来てくれ。君が求めていた「次の特ダネ」の手がかりを共有しよう』


 送り主は新聞部部長だった。


 「……いよいよ、部長も私の実力を無視できなくなったってわけね」


 リベットは、野望の歯車が噛み合った手応えに胸を高鳴らせ、歩く速度を上げた。


 ――カチャリ。


 背後で、小さな音がした。

 機人の乾いた金属音ではない。まるで、重い何かを引きずるような、一瞬の異音。

 リベットが勢いよく振り返るが、廊下の先には長い影が伸びているだけで、誰もいない。


 「……気のせい、よね」


 彼女が去った後。静まり返った廊下の床の上には、機人の潤滑油とは異なる、透明で粘り気のある「滴」が、一つだけ零れ落ちていた。

読んでいただきありがとうございます。


皆様の率直な感想や「ここが好き!」、「ここがイヤ!」、「こんな展開にしてほしい」など、何でも結構です。レビューをいただけると、画面の前で飛び上がって喜びます。


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