軋む放課後、鋼の連帯
放課後を告げる鐘の音が、中機校の回廊に反響する。学生たちがそれぞれの目的地へと散っていく中、新聞部のリベットは、図書室近くの人気の少ない渡り廊下で、記録端末のホログラムを見つめていた。そこには、屋上で密着するロスカとコハクの姿が、鮮明な静止画として保存されている。
「……ふふ、やっぱりこれ、最高の構図。この『特別な個体』たちが抱える秘密を暴けば、私の名前は全中機校に……」
「そのレンズは、他人のプライバシーを透過してまで磨くものなのかい?」
背後からかけられた低く、落ち着いた声。リベットのシステムが一瞬だけ過負荷を起こし、肩が跳ねた。振り返ると、そこには眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせたテツが立っていた。
「……あら、ねじ巻きクラブの分析官様じゃない。驚かせないでよ。これは記者としての正当な取材活動よ」
「取材、か。僕の耳には、他人の内面を土足で荒らす『ハイエナ』の足音に聞こえたけどね」
テツは歩み寄り、リベットの手元にある端末を冷徹な視線で射抜いた。
「リベット。君が何を追い、何を暴こうとしているのかは知らないけど、今、ロスカ先輩やコハクさんに触れるのは賢明じゃない。君が面白がって鳴らしているその警笛は、君自身の首を絞めることになるかもしれないよ」
「……脅し?面白いわね。私をいさめる前に、あのプラチナの『お姫様』をどうにかしたら?彼女、今にもオーバーヒートしそうよ」
リベットは挑発的に微笑み、端末をポケットに滑り込ませた。テツは追及する手を緩めなかったが、その表情には微かな憂慮が混じっていた。
「忠告はしたよ。真実というものは、時として機人のシステムを内部から焼き切る猛毒になる。……君のその黄色い羽根が、真っ黒に焦げる前に引き返すことだ」
テツが背を向けて去っていくと、リベットは吐き捨てるように呟いた。
「……理屈っぽいのは部長譲りね」
しかし、彼女の手のかすかな震えは、テツが放った圧力の余韻を確かに物語っていた。
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一方、校舎の裏手。足早に歩くピニオンと、それを追うギアの姿があった。ピニオンの排熱ファンは唸りを上げ、彼女の周囲には苛立ちの熱気が渦巻いている。
「ねえギア、最近のロスカ、絶対におかしいわ!今日も放課後、私の顔も見ないでどっか行っちゃうし。……さっきだって、あいつの襟元が少し汚れてたから拭いてあげようとしたのに、『後でいいから』なんて!昔はあんなこと言わなかったのに!」
「ピニオン、止まれって。お前のトルクが上がりすぎて、床のタイルが削れてるぜ」
ギアが腕を掴むと、ピニオンは振り向きざまに叫んだ。
「放してよ!私はロスカが心配なの。あいつ、最近なんだか上の空だし、あのアカデミックな雰囲気の『プラチナさん』とばっかり一緒にいて……。ロスカは優しいから、ああいうタイプに振り回されて、内部回路がすり減っちゃってるんじゃないかしら!」
「……やり過ぎなんだよ、お前は」
ギアの低い声に、ピニオンが言葉を詰まらせた。ギアは彼女の腕を掴んだまま、その陽光を閉じ込めたようなアンバーの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ロスカはお前が守ってやらなきゃ動けない赤ん坊じゃない。あいつが誰と会って、何を考えてるかなんて、あいつが決めることだろ。……それを全部『世話を焼くため』って言葉で塗りつぶして、あいつの領域に踏み込みすぎるのは、ただの押し付けだぜ」
「な……なんですって……?ギア、あんたまで私を責めるの!?私はただ、ロスカが元通りに……」
「責めてるんじゃねえ。……お前がそんなに余裕のない顔してたら、ロスカだって余計に何も言えなくなるって話だよ」
ギアの瞳に、一瞬だけ言葉にできない色が宿る。それは、どんなに自分を見つめていても、結局はロスカのことしか語らない彼女への、静かな、そして行き場のない憤りだった。
「……いいか、あいつは今、俺たちには言えない『何か』と向き合ってる。それが落ち着くまで待ってやれよ。親友なら、それくらいの遊び(アソビ)は持っとけ」
ギアはそう言い捨てると、腕を乱暴に放して反対方向へと歩き出した。一人残されたピニオンは、不満げに頬を膨らませたが、ギアのこれまでにない強い語気に押され、それ以上は何も言えなかった。彼女はギアの広い背中を見つめながら、自分の駆動音が不自然に乱れていることに、ようやく気づいた。
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放課後の『ねじ巻きクラブ』の部室。西日が斜めに差し込み、浮遊する埃を黄金色に染めている。古びた機械椅子の上では猫のブチョーが丸くなっていた。
長机の真ん中に、クランクから託された『銀のコイン』が置かれている。三人は、それを囲むように座り、昨日の地下での出来事を改めて反芻していた。
「――さて。あの男、クランクの警告をどう捉えるべきか」
部長のスパナが、腕を組んで切り出した。
「ヤツが言っていた『リ・バース』。旧世界の遺物を使い、人間のような肉体を手に入れようと画策する秘密組織。……テツ、お前の見解はどうだ?」
「荒唐無稽な夢想、と言いたいところですがね」
テツが眼鏡を押し上げた。
「地下でのクランクの態度、そしてあの『ガラス玉』への反応を思い出せば、笑い話では済まないでしょう。特にロスカ先輩……」
「……うん」
「『リ・バース』という組織が、本当にクランクが言っていたような組織だとするならば、先輩やコハクさんのような、……ヤツが言うところの『特別な個体』が持つとされる性質。これが彼らの興味を強く惹きつけていることは、まず間違いないでしょう」
ロスカは自分の右手をじっと見つめた。
「……僕たちが、連中にとっての『生きた物証』になる可能性がある、ということだよね。僕と、コハクさんが。だからクランクは、警告したんだ」
「ああ。だからこそ、後手に回るわけにはいかない」
スパナは立ち上がり、長机からコインを取り上げた。
「とりあえず、このコインを分析してみよう。テツ、精密検査を頼めるか?刻まれている紋章の出所、そして金属の組成。どこで造られたものか分かれば、学園内に潜む『分子』への足掛かりになる」
「お安い御用です。ちょうど新しいスキャンデバイスを試したかったところですから」
テツがコインを受け取って作業机へと移動する。スパナはロスカの肩に手を置いた。
「ロスカ。お前は、コハクさんの様子を注意深く見ていてくれ。彼女は部員じゃないが、今の状況では俺たちが守るべき対象だ。……それから、ギアやピニオンには、まだこの話は伏せておけ。地下での一件も、このコインのことも。彼らを余計な危険に引き込むわけにはいかないからな」
「……わかりました。でも、いつまでも隠し通せるでしょうか。ピニオンも、最近の僕をすごく不審がっていて」
「バレるのが先か、黒幕を捕まえるのが先か。……競争だな」
スパナは不敵に笑い、自分も資料の整理に取り掛かった。
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テツがルーペとピンセットを使い、コインの縁をなぞる。
「……ほう、これは面白い。純銀じゃない。プラチナと……微量の有機素材が混ざっていますね。機人の部品というよりは、まるで――」
テツの呟きが、部室の静寂に溶けていく。ロスカは窓の外を見た。オレンジ色に染まる校庭では、まだ部活動に励む学生たちの駆動音が鳴り響いている。その誰もが、自分たちの隣に『人間』を夢見る狂気が潜んでいるとは夢にも思っていないだろう。
その頃、学園の時計塔の最上階。夕闇に包まれた部屋で、一人の人物が、手元の通信端末に表示された報告を眺めていた。
「……『アレ』が、ねじ巻きクラブに渡ったか」
その人物は、窓の外で伸びる影を見下ろした。その指先は、機人の硬質な感触ではなく、どこか粘り気のある、湿った質感を持って机を叩いていた。
「……ハイエナが蒔いた種が、どう芽吹くか。……『人間』になるのは、選ばれた我々だけで十分なのだよ」
暗闇の中で、その人物の瞳が、機人の光センサーとは異なる、鈍く、生物的な光を放った。
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