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ねじ巻き世界の少年ロスカ ―機人が生きる学園都市の物語―  作者: 水雲


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12/32

荒野の轍(わだち)と、硝子の予感

 夏という季節が持つ特有の熱量は、去り際になると急激に冷める性質があるらしい。それはまるで、高圧蒸気機関のボイラーを急停止させた後の、あの急速に圧力が抜けていく虚脱感に似ていた。


 合宿最終日の朝。錆びつき岬の空は、憎らしいほどに晴れ渡っていた。 宿舎の前には、スパナが調達してきた例の怪物が鎮座している。装甲板を継ぎ接ぎして無理やり形を成したような、無骨極まりない六輪駆動の輸送車両だ。


 「あーあ。結局、俺の夏休みは『先輩の実験台』と『重労働』で終わっちまったな」


 ギアがわざとらしく大きな排気音(ため息)を漏らしながら、最後の荷物を車のルーフキャリアに放り込んだ。彼のボディは、スパナが開発したという『試作型耐食コーティング剤』のおかげで、テラテラと奇妙な光沢を放っている。


 「文句を言うな、ポンコツ。そのおかげで、お前の関節駆動域は以前より三パーセント向上している。あと、本来なら一週間で赤錆だらけになる環境下で、表面酸化率ゼロだ。感謝しろ」


 スパナが運転席から顔を出し、サングラス越しにニヤリと笑った。助手席では、猫のブチョーが「早く帰って柔らかいクッションで寝たい」と言わんばかりに、ダッシュボードの上で長々と寝そべっている。


 「ほら、ギア。早く乗らないと置いていかれるよ。スパナさんの運転じゃ、一度走り出したら止まってくれないから」


 ロスカが苦笑いしながら後部座席のドアを開ける。 ふと、後ろを振り返った。 沈黙した風車。そして、今は静かに海を見下ろす灯台。 地下の守護者や、あの不思議な測量士ペンデュラムとの出会いは、まるで白昼夢だったかのように現実感がない。 ポケットの中の「色のないガラス玉」だけが、唯一の証拠品だった。


 「乗り込んだな? 来るとき以上に飛ばすぞ。あご蝶番ヒンジが外れないように、しっかり噛み締めとけよ!」


 スパナが乱暴にシフトレバーを叩き込むと、六輪車は猛獣のような咆哮を上げて急発進した。タイヤが砂利を激しく巻き上げ、彼らの短い夏合宿は、黒煙と共に幕を閉じた。


 ・

 ・

 ・


 帰りの道中は、行きよりも重苦しい空気が漂っていた。 舗装などとうの昔に剥がれ落ちた旧国道。来る時と同じ道だが、日が傾きかけた荒野は、昼間とは違う荒涼とした表情を見せている。 ガタガタと激しい振動が、ロスカとギアの座る後部座席を容赦なくシェイクする。


 「……うぅ、気持ち悪い。俺のジャイロセンサーが限界だ」


 ギアが顔面を蒼白(塗装が剥げたような色)にして呻く。


 「……なぁ、ロスカ」


 吐き気を堪えながら、ギアが言った。


 「俺たち、少しは強くなれたのかな」

 「どうだろう。少なくとも、耐久テストには合格したんじゃない? この振動に耐えられれば、大抵のことは平気だよ」

 「なんだよそれ。俺はもっとこう、必殺技とか身につけたかったぜ」


 ギアはブツブツと言いながら、窓枠に頭をもたせかけた。 強くなったかどうかは分からない。けれど、ロスカは自分の内部にある『何か』の噛み合わせが、以前より少しだけスムーズになったような気がしていた。


 車は海沿いを離れ、都市への供給路である峡谷地帯へと差し掛かっていた。ここは岩陰が多く、治安維持局のパトロールも滅多に来ない場所だ。


 キキキキキッ――!!


 突如、スパナが強烈な急ブレーキを踏んだ。 ロスカとギアの体が前の座席に叩きつけられ、ルーフの荷物が悲鳴を上げる。


 「痛ってぇ! スパナさん、何すんだよ!」

 「……チッ、たちの悪い連中がお出ましだ」


 スパナの声は低く、不機嫌そのものだった。 フロントガラスの向こう、道幅が狭くなった場所に、廃材で作られた簡易的なバリケードが置かれていた。


 ・

 ・

 ・


 エンジンのアイドリング音だけが響く中、岩陰から数人の影がゆらりと現れた。 彼らは機人だったが、ロスカたちが知る『学園の生徒』や『市民』とは明らかに異質だった。


 片腕が建設重機のショベルだったり、頭部が半分だけ別の金属で継ぎ背ぎされていたり。統一性のない、粗雑で暴力的な改造が施された機体たち。 ロスカに嫌な予感がよぎった。


 「オイオイ、上等なタマじゃねえか。装甲板も厚いし、サスペンションも高級品だ」


 胸部に巨大な排気ダクトを埋め込んだ大柄なオネが、バール片手に近づいてくる。


 「中の乗客も、ピカピカの学生様ときたもんだ。……おい、降りろ。通行料代わりに、その車の予備パーツと、お前らの綺麗な関節を置いていきな」


 オネたちがニタニタと笑いながら、車を取り囲む。ロスカは緊張で指先の感覚が冷たくなるのを感じた。


 「ふざけんな!」


 とギアがドアを開けようとするが、スパナが素早くロックをかけた。


 「待て、馬鹿。お前のような図体だけの素人が飛び出せば、三秒でバラされてスクラップ屋行きだ」

 「スパナさん……あれが、ペンデュラムさんが言っていた『歯車喰らい(ギア・イーター)』でしょうか?」


 ロスカの囁きに、スパナはミラー越しに面倒そうな視線を投げた。


 「さあな。だがまあ、あんな自分の錆びたネジ一本まともに締められねえような連中がそうだってんなら、『歯車喰らい』なんてのは名前負けもいいとこだな」


 スパナはため息をつくと、サイドポケットから愛用の巨大モンキーレンチを取り出し、運転席のドアを開けた。


 「あぁ? どこの田舎のスクラップ置き場から這い出てきたんだ、お前らは」


 スパナが地面にブーツを下ろす。その音は、乾いた荒野に重く響いた。 リーダー風の男がバールを構える。


 「なんだぁ、このくそメネ。痛い目見なきゃ分からねえ……」


 男が威嚇の一歩を踏み出した瞬間、スパナがゴーグルを外し、その燃えるようなディープレッドの瞳で男を射抜いた。同時に、彼女のレンチを持つ腕から、威嚇のための高圧蒸気が「シュッ」と鋭く噴き出した。


 「その継ぎ接ぎだらけの右腕。油圧ホースの取り回しがまるで素人以下だ。あと二回フルスイングすりゃあ、ホースが破裂して自爆すんぞ。……左の奴もだ。膝のサスペンションが死んでる。今のままじゃ、三歩走ればコケておじゃんだな」


 スパナは淡々と、しかし残酷なほど正確に、彼らの機体の欠陥を指摘した。  リーダーらしきオネがたじろいだ。本能的なセンサーが、目の前の女が『ただの学生』ではなく、自分たちの身体構造スペックを瞬時に見抜く、圧倒的に格上の技術者だと警告したのだ。


 「……なんだこいつ。ただの学生じゃねぇな……」


 自分たちの弱点を正確に言い当てられ、チンピラ風のオネたちは気圧されたように顔を見合わせた。整備不良の機体で、熟練の技術屋に喧嘩を売ることの愚かさを理解する程度の頭は残っていたらしい。


 「チッ……分の悪い賭けはしねえ主義だ。行くぞ」


 男たちは捨て台詞を吐くと、バリケードの一部をどけて道を開けた。


 「……通れよ。だが次はねえぞ」

 「ふん、賢明な判断だ。次がないのはお前らだけどな......さっさとメンテしとけよ、ガラクタ共」


 スパナが悠然と運転席のドアを閉めようとした時、それまで無言で助手席の計器を見つめていたテツが、ボソリと呟いた。


 「……リーダー機の排気圧、設計限界を12パーセント超過。このまま放置すれば、あと20キロメートル以内にピストンが融着します。あちらの岩陰にスクラップが溜まっているのは、おそらく彼らが動けなくなった仲間のパーツをその場で剥ぎ取っているからでしょう。……まさに『共食い』ですね」


 感情の起伏が全くない、氷のような声だった。テツのレンズは、ハイエナたちの末路を冷徹なデータとして予言していた。


 「ハッ、聞いたか。あいつら、略奪者イーターですらねえ。ただの掃除屋スカベンジャーだよ」


 スパナは鼻で笑うと、再びエンジンが唸り、六輪車はハイエナたちの横を土煙を上げて走り去った。


 「……すげぇ。一歩も動かずに追い払っちまった」


 ギアがバックミラーを見ながら呆然と呟く。ロスカも安堵の息を漏らしたが、スパナは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 「いいか、お前ら。ああいう自分勝手にパーツを剥いで喜んでるような手合いを、いちいち特別な名前で呼んでやるな。技術テクノロジーに対する冒涜だ。もし本当にそんな恐ろしい名前の連中がいるんなら、あんな安い脅し文句は使わねえよ」


 スパナはアクセルを踏み込んだ。彼女にとっての『脅威』とは、あくまで論理的で強力な出力を持つ存在であり、荒野の野良機人などはその範疇にも入っていないようだった。 ロスカは、ポケットの中のガラス玉を握りしめながら、去りゆく荒野の影をいつまでも眺めていた。


 ・

 ・

 ・


 夕日が街を茜色に染める頃、車は学園都市の門をくぐり抜けた。 石畳の振動が、荒野のそれとは違う、優しく整然としたリズムで車体を揺らす。 正確に時を刻む大時計、制服を着た学生たち。日常が戻ってきた。


 「よっし、到着。解散だ。各自、家に帰ってしっかり泥は落としとけよ。せっかくの耐食コーティングが台無しだからな!」


 バス停の前で車を止め、ロスカとギアを降ろすと、スパナはそう言い捨てて、テツを連れてアクセルを吹かして去っていった。ブチョーも窓から身を乗り出し、「やっと寝床だ」と言わんばかりに体をくねらせていた。


 ロスカとギアは、荷物を下ろして顔を見合わせる。


 「じゃあなロスカ。今度、あのガラス玉、また見せてくれよな」

 「うん。じゃあまたね」

 

 一人になったロスカは、トランクを引きずりながら寮への道を歩く。 ふと、視線を感じて顔を上げる。 通りの向こう、図書館の赤レンガの壁が見えた。夕陽を反射して、窓ガラスがオレンジ色に輝いている。


 「……コハクさん」


 彼女はそこにいなかったが、ロスカの思考回路は自然と彼女の姿を描き出していた。 この数日間、めまぐるしい冒険の中で、彼女のことを考えない時間はなかった。 砂浜で見つけた不思議な石のこと、逆回転する風車のこと、そして「歌う灯台」の音色のこと。 伝えたいことが、山ほどある。


 ポケットの中の、色は失われてしまったけれど、確かにあの冒険の記憶を宿した石。 これを見せたら、彼女はどんな顔をするだろうか。 あの静かな図書館の窓辺で、彼女のレンズが驚きに丸くなるところを想像するだけで、ロスカの胸の主ぜんまいが、カチカチと早鐘を打った。


 夏休みは、まだ残っている。 明日は図書館に行こう。 返却期限の過ぎた本と、誰にも言えない冒険譚と、そしてこの小さなガラス玉を持って。


 ロスカは歩き出した。 その足取りは、合宿に行く前よりも、ほんの少しだけ軽やかで、力強かった。

読んでいただきありがとうございます。


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