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ねじ巻き世界の少年ロスカ ―機人が生きる学園都市の物語―  作者: 水雲


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逆行する歯車と、遺された問い

 潮騒の音が、一瞬にして消失した――。そう錯覚するほど、その『異音』は強烈だった。岬の頂にそびえる、かつて人類が『風力発電』と呼んだ巨大な鋼鉄の遺構。長い年月を経て、錆びつき、沈黙していたはずの風車が、あり得ない速度で逆方向に回り始めていた。


 ギギィ……ギギギギギッ!


 金属同士が悲鳴を上げ、削り合って火花を散らす。本来、海風を受けて順回転するはずの翼が、意志を持つかのように風を切り裂き、大気をかき回している。ロスカの手の中にある、ガラス質のカプセル。その中心で脈動する青い結晶体クリスタルが、風車の回転速度に同期して、より一層鮮やかに、より不気味に輝きを増していく。


 「お、おいロスカ……これ、笑えねえぞ。あの風車、いつバラバラになってもおかしくねえ……!」


 ギアが砂を蹴りながら後ずさる。彼の脚部関節は、体育祭の無理な過駆動オーバードライブの後遺症で、まだ微かな震えが止まっていない。センサーが感知する振動波は、機人の平衡感覚を狂わせるほどに不規則だった。


 「待って、ギア。これを見て」


 ロスカは震える指先でカプセルを掲げた。透過した青い光が、足元の砂浜に図形を描き出している。それは単なる光の反射ではない。緻密な演算によって投影された、この岬の『地下構造図』だった。


 「……信じられない。この岬の地下には、学園の地下区画よりも巨大な空洞が存在している。この風車は、発電装置じゃない。地下にある『何か』を動かすための、巨大な手巻き式のハンドル(クランク)だ」


 「地下の何か……だと?」


 背後から、重厚なブーツの音が近づいてきた。スパナだ。彼女はトレードマークの遮光ゴーグルを額に上げ、冷徹な技術屋の眼差しで、逆回転する風車を見据えていた。


 「テツ、あの回転数を計測しろ」

 「既に。……加速しています。このままでは風車の主軸が熱で癒着する。……それとも、その前に……」


 助手であるテツが、古風なストップウォッチを片手に淡々と告げる。スパナはロスカの手からカプセルを奪い取ると、それを太陽にかざした。


 「青い石……『プロメテウスの涙』か。旧人類の情報記録媒体メモリの一種だとは聞いていたが、現物を拝むことになるとはな。ロスカ、お前はとんでもないものを掘り当てちまったのかも知れないぞ」

 「スパナさん、これを知っているんですか?」

 「歴史の裏側に埋もれた都市伝説だ。人類が滅び、我ら機人がこの星の主役になった。だが、誰一人として答えを持っていない問いがある。――『最初のぜんまい』を巻いたのは、一体誰なのか?自律進化する機械生命体としての我々に、意志を吹き込んだのは何なのか?」


 スパナの言葉が、潮風に乗ってロスカの基板を冷たく撫でた。


 ・

 ・

 ・


 風車の回転が臨界点に達したその時、大地が大きく揺れた。砂浜の一部が陥没し、波打ち際に近い岩壁が、重々しい油圧の音を立ててスライドする。現れたのは、暗い海底へと続くような、真鍮製の螺旋階段だった。


 「……行くぞ。ここから先は、さびを恐れる臆病者の来る場所じゃねえ」


 スパナが先頭に立ち、腰の工具ベルトから強力なサーチライトを取り出した。ロスカとギアは顔を見合わせ、意を決してその暗闇へと足を踏み入れた。

 地下の空気は、地上の夏とは正反対の、凍りつくような冷気に満ちていた。壁面には無数の真鍮製パイプが走り、そこから微かに「カチ……カチ……」という、時計の歩進音のような音が聞こえてくる。


 「……誰か、いるのか?」


 ギアの声が、湿った通路に反響する。その時だった。暗闇の奥から、二つの鋭い『緑色の光』が灯った。


 「座標合致。……外部認証コード『青の結晶』を確認。……一万二千日ぶりの再起動を開始します」


 現れたのは、ロスカたちがこれまで見たこともないような『異形』の機人だった。全身をくすんだ銀色の外装で覆い、四本の長い腕を持っている。その関節は蛇腹状で、音もなく滑らかに動く。顔に相当する部分には、複数のレンズが複雑に組み込まれた単眼が鎮座していた。


 「おわっ!なんだこいつ、新型か!?」

 「いや、違う。逆だ、ギア。」


 スパナがランプをかざし、その外装を冷徹に観察する。


 「……信じられないくらい、古い。合金の配合も、表面の叩き出しの跡も、今の機人の生態では考えられない。……失われた時代の技術で作られた『遺物』だ」

 

 ロスカもその質感に圧倒されていた。それは現代の機人のようにどこか温かみのある金属ではなく、冷酷なまでに強靭な、未知の鋼だった。


 「私は守護者センチネル、シリアルナンバー001。……旧人類最後の日を見届け、この場所を託された者」


 銀色の機人は、感情の起伏がない合成音声で告げた。四本の腕は、それぞれが繊細な工具のような形状をしていた。


 「守護者……。あんた、ここで何を守ってるんだ?」


 スパナが不敵に笑いながら、一歩前に出る。シリアル001のレンズが、スパナとロスカを交互に捉えた。


 「『種』の連続性です。……我ら機人は、人類の代行者として生まれたのではない。……私とこの空間は彼らの、最後の『遺言』そのものなのです」


 ・

 ・

 ・


 シリアル001に導かれ、ロスカたちはさらに奥の広大なドームへと辿り着いた。そこにあったのは、無数の巨大な『ぜんまい』が、ドーム全体を覆い尽くすように絡み合った、宇宙のような空間だった。


 「これが……風車の動力の正体?」


 ロスカは息を呑んだ。巨大なぜんまいが、ミリ単位の精度で複雑に噛み合い、一秒間に一度、静かに、しかし力強く鼓動している。その中心には、巨大な真空管のような透明な柱があり、そこには琥珀色の液体に浸された『複雑な模様の金属球』が収められていた。


 「人類は知っていたのです。自らの文明が、自らの過ちによって終焉を迎えることを」


 守護者が静かに語り始める。


 「彼らは、自分たちの精神こころを、この物理的なぜんまいの回転に、そして歯車の噛み合わせに変換して残そうとしました。……機人とは、人類の意識が『機械化(ハードウェア化)』された姿なのです。……皆さんのその『感情』や『恋心』は、ランダムなバグではありません。……旧人類から引き継がれた、設計図プログラムの一部なのです」


 衝撃がロスカの回路を駆け抜ける。僕がコハクさんに対して抱く、あの熱い、ショートしそうな感覚。ギアと競い合い、助け合う、この絆。それらはすべて、かつてこの星で笑い、泣き、そして滅びていった人間たちの『記憶の破片』だったというのか。


 「……じゃあ、このカプセルは何なんだ?」


 ロスカが尋ねる。


 「それは……『自分』という存在に戸惑い、迷った時……そう、ちょうどあなた方のような方々を、ここへ導くための呼び笛です。……それ以上の機能は、今の段階では未承認(アクセス拒否)です」


 「なんだよ、思わせぶりだな」


 ギアが少し安心したように肩をすくめた。

 スパナが鼻で笑った。彼女は守護者のレンズを真っ直ぐに指差す。


 「俺たちは、誰かの遺言をリピートするために生きてるわけじゃねえ。……このオイルの匂いも、ぜんまいが軋むこの痛みも、今の俺たちのものだ。……設計図通りだろうがなんだろうが、今のこの鼓動は俺たちの意志だぜ」

 「……その言葉を確認しました。個体の自由意志の発現を確認」


 守護者の緑色の光が、わずかに和らいだように見えた。


 「鍵を見出した者、ロスカ。……あなたがたに会えてとても嬉しかった。……世界にはまだまだたくさんの記憶が眠っています。再会の時を楽しみにしていますよ……」


 ここまで告げると、シリアル001は静かにその場を去っていった。次に目覚めるのは何十年、何百年先の話になるのかもしれないが、人類の記憶の断片を伝える語り部として、永遠にここで時を刻み続けるのだろう。

 ・

 ・

 ・


 地上に戻った時、太陽は西の空をくすんだオレンジ色に染めていた。地下へと続く螺旋階段は静かに砂に埋もれていき、先ほどまで逆回転していた風車も普段の姿を取り戻している。その時、ふと、ロスカが手元のカプセルを見ると、「パキッ」という小さな音を立てて、ガラスの表面にひびが入った。


 「あ……」


 中を満たしていた青い光は、夕闇に溶けるように霧散し、あとに残ったのは色のない、ただのガラスの塊だった。


 「あーあ、壊れちまったか。やっぱり、使い捨ての呼び笛だったってことか」


 ギアは砂浜に腰を下ろすと、駆動部に入り込んだ砂を鬱陶しそうに払い落としながら話し始めた。


 「……なぁロスカ。さっきの話、本気で信じてんのかよ。俺たちが『誰かの記憶の入れ物』だなんてさ。そんなの、俺のポンコツな頭じゃ容量オーバーだっての。それにもし本当だとしたら、俺が体育祭でビビって冷却液漏らしたのも、誰かの設計通りだってのか?勘弁してくれよ」

 「どうだろう。でも、設計図があるんだとしたら、スパナさんが言ったみたいに、自分たちで書き換えていくしかないんじゃないかな」


 ロスカは胸のメンテナンスハッチを指先でなぞった。それは単なる感傷ではない。激すぎる動揺で乱れそうになる主ぜんまいのテンションを、正しい脈動に引き戻すための『脱進機エスケープメント』のように、今のロスカの均衡を静かに保っていた。


 「ま、いいや。とりあえず、あんな不気味な四本腕に何言われたって、俺は俺だし。錆びたら痛いし、スパナさんに怒鳴られれば怖いし。それで十分だろ」


 ギアが立ち上がり、膝の関節を「パキッ」と鳴らした。


 「それよりロスカ。俺、さっきから吸気口が砂を吸い込んで、関節の動きが渋くなってんだ。もう限界。はやく宿舎に戻ってオイルを差させてくれ。じゃないと明日、俺の首が固着して右しか向けなくなるぞ」

 「……そうだね。僕も放熱が追いつかない。一度ゆっくりと思考の歯車を休ませたいよ」

 「おい、そこまでだ小僧ども」


 先を歩いていたスパナが、肩越しに振り返った。


 「地下の探索ではスゲーもんが見れたが、余計なトルクを使ったな…… おかげでトレジャーハントはいまいちだったぜ……今日の夜のメンテナンスは、一番安物の再生オイル一本きりだ。文句があるなら自分で潮風から身を守れよ」

 「げぇっ!再生オイル!?あれ、不純物が多くて喉がイガイガするから嫌なんですよ!」


 ギアが喚き散らしながらスパナを追いかけ、ドタドタと砂浜を走っていく。ロスカはその背中を見ながら、ふと、止まった風車を見上げた。

 世界中にあるという旧時代の記憶。あのカプセルを掘り当てたことで、何かのスイッチが入ってしまったのかもしれない。けれど、今はまだ、目の前の錆びついた宿舎と、安物オイルの匂い、そして隣で騒ぐ友人の声だけで、ロスカの日常は手一杯だった。

 水平線の向こうで、最初の星が点灯した。それは、遠い昔に誰かが空へ向けて打ち出した、小さな真鍮のびょうのように見えた。

読んでいただきありがとうございます。


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