こわがられないおばけ
ある日のこと。
まよい森の奥から、ものすごい声が響きました。
「うわあああああっっ!!!」
その声は、木々のあいだをびゅうびゅうと通り抜け、どこまでも遠くまで響きわたりました。
コトリはびっくりして、音のするほうへ歩いていきました。
すると、大きな木のうろから、
「おどろけーっ!!!」
バサッとマントをひるがえして、白くてふわふわしたおばけが飛び出してきたのです。
「……あの、それ、コウモリのまね?」
「ちがう! こわいおばけ! こわがってほしいの!!」
「うーん……」
コトリは首をかしげてしまいました。
おばけは、マントをバサバサさせながら必死に言いました。
「こわいでしょ? ねえ、こわいって言って!」
でも、コトリは困った顔で小さく笑いました。
「ごめんね……こわいより、ぬいぐるみみたいで、かわいいかも」
コトリの言葉を聞いて、おばけはがっくりと肩を落としました。
そのおばけの名前はモフモフ。
何百年も前から、「こわいおばけになるんだ!」と修行しているのに、なぜかいつも「かわいい」と言われてしまうのです。
「ガタガタってふるえる練習もしたし、目を光らせてにらむのもやってみたし、“ヒュードロドロ〜”って声まねもしたのに……」
モフモフは、ため息をつきながら、しぼんだ風船みたいにぺたんと地面に座りこみました。
その姿がまた、なんともいえずかわいくて、コトリは思わずくすっと笑ってしまいました。
「でもさ、モフモフ」
コトリはにっこり笑って言いました。
「だれかをこわがらせるより、だれかと笑い合えるほうがうれしくない?」
「……うれしい?」
「うん。わたしは、こわいより、楽しいおばけのほうが会いたくなるな」
モフモフは考えこみました。
“おばけはこわくてなんぼ”って、長いあいだ思ってきたけれど、コトリの笑顔を見ていると、胸の奥がほんのりあたたかくなる気がしたのです。
「そう……かも」
「じゃあさ!」
コトリは手をたたきました。
「“おどかさないおばけごっこ”してみようよ!」
「……おどかさないおばけごっこ?」
「うん! こわくないおばけになりきって、だれかをにこにこさせる遊び!」
モフモフはぽかんとしましたが、なんだかおもしろそうだな、と思いました。
次の日から、モフモフは特訓をはじめました。
「落ち葉のなかから、ひょっこり出てくる!」
「夕日に透けて、ハートのかたちになる!」
「風に乗って、ふわふわの羽を広げる!」
コトリは笑いながらアドバイスをしました。
モフモフは最初こそ失敗ばかりでした。
落ち葉から出てくるとき、もこもこしすぎて転んでしまうし、夕日に透けるどころか、光を吸いすぎてピンクになってしまうし、風に乗るつもりが、葉っぱにひっかかって木の上にぶら下がることもありました。
それでもモフモフはあきらめませんでした。
何度も何度も練習して、森のどうぶつたちやコトリに見てもらいました。
「どう? こわい?」
「ううん、かわいい!」
「……やっぱり〜!」
モフモフはすねたように言いながらも、その声のトーンには、もう悲しみはありませんでした。
むしろ、うれしそうに見えたのです。
そして、ある日のこと。
まよい森の入り口を歩く子どもたちが、ふと空を見上げて言いました。
「なんか今日、かわいいおばけ見たよ!」
「えーほんと? どんなの?」
「ふわふわしてて、笑ってた!」
その声は風に乗って、森じゅうにひろがりました。
モフモフは木のかげからこっそり聞いていました。
胸の中がふわっとあたたかくなりました。
「……こわがられるのもいいけど、わすれられないっていうのも、すてきかもね」
モフモフはにっこり笑いました。
あんなに嫌だった「かわいい」も、今ではいちばんのほめことばになりました。
その夜、森のあちこちで小さな光が灯りました。
風が吹くと、モフモフのマントがやわらかく光って、まるで星がひとつ、森の中に落ちてきたようでした。
それを見た動物たちは言いました。
「ねえ、あれって、“こわくないおばけ”でしょ?」
「うん。でも、ちょっと魔法みたいにきれいだね」
モフモフは笑いました。
もう「こわがられたい」とは思いませんでした。
かわいくても、ふしぎでも、見た人の心に、やさしい灯がともるなら。
それが、モフモフのおばけとしての誇りなのです。




