表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/33

きつねのおばけ

 まよい森の奥。夜がすっかり森を包むころ、木々の葉は静かに揺れ、風はそっと枝をなでるように吹いていました。

 川のせせらぎだけが、遠くで小さく響きます。

 コトリは、その森の小道を歩いていました。

 昼間は明るく賑やかだった道も、夜のしずけさのなかではまるで別の世界のようです。

 ふと、石ころの向こうで小さな光がちらりと揺れました。コトリは立ち止まり、息をひそめました。

「……だれか、いるのかな?」


 そっと近づくと、そこには小さなきつねの姿をしたおばけがいました。

 体は銀色に光り、尾の先がふわふわと揺れるたび、淡い光の粒が森の闇に舞い散ります。

『こんばんは。わたしは、きつねのおばけ』

 声は聞こえません。でも、コトリの心の奥に、しずかに語りかけるように伝わってきました。

『夜に迷う人や、さみしさにふるえる者を、道まで導くためにいる』

 コトリは息をのんで見つめました。

 おばけの目は深い森の色をしていて、夜空の影のように神秘的です。

『わたしは、森のすみずみを知っている。小川の浅い場所も、倒れた木の下の道も、夜の森で迷わないように案内する』

 コトリはそっとうなずきました。

「あなた……ほんとうに、迷った人を助けるの?」

 きつねのおばけは尾をふわりと揺らし、小さな光の粒をひとつ落としました。

 その光は森の小道に沿って淡く輝き、歩く方向を示しています。

 コトリはその光に導かれるように歩きました。

 小道の奥で、倒れた木の陰から小さなリスが顔を出しました。

 リスもまた、きつねのおばけの光に導かれ、木の枝の上からそっと見守っています。

 その先には、ふくろうの親子も羽を休めていました。

 コトリは、光に照らされる森の小さな生き物たちを見て、胸があたたかくなるのを感じました。

『わたしは、迷った気持ちも、さみしい思いも、全部そっと包む。でも、触れられるのは光の形だけ。だから、見える人はとても限られている』

 コトリは手をかざしました。

 尾の先から舞う光の粒が、手のひらにふわりと触れ、胸の奥にじんわりとあたたかさが広がります。

 思わず目をつむると、光のなかで森の音や小さな生き物たちの息づかいが、ひとつひとつ届くのを感じました。


 そのとき、ふと遠くの木の葉が揺れ、ひときわ大きな影が森に現れました。

 夜空に光る月の影が揺らめき、その下で大きな鹿のおばけが立っていました。

 きつねのおばけの光に導かれ、森の迷い子を見守るために現れたのでした。

 コトリは息をのんで見つめました。

 鹿のおばけはゆっくりと頭を下げ、しずかに森の道を照らしながら、迷子やさみしい者たちを守る姿がありました。

「みんな、森を守っているんだ……」

 コトリは小さな声でつぶやきました。

 すると、きつねのおばけは尾を揺らしながら、さらに光の粒を飛ばしました。

 光は森の奥にひとつずつ落ち、倒木や小川、草の隙間を照らし、森の迷子やさみしい者が安心して歩ける道を作っていました。

『夜は怖いものじゃない。見えないからこそ、心の中のやさしさが、光になって届く』

 コトリはその言葉を、体の奥まで感じました。

 きつねのおばけや鹿のおばけは、見えない場所で、いつもだれかのそばにいる。

 光の粒や風に紛れて、そっと励ましてくれるのです。


 夜が更けるころ、きつねのおばけは尾をゆらし、森の奥の小川のほとりへと消えていきました。

 コトリは光のあとを見送りながら、胸の中に小さなあたたかさを抱えました。

 目を閉じると、まよい森のすべての生き物が、夜の光に守られ、しずなに息づいているような感覚が広がります。

 光が消えたあとも、まよい森はやさしいまま、しずかに眠っていました。

「また会えるよね」

 コトリは小さくつぶやきました。


 そして夜が明けると、森の小道には小さな光の粒がひとつ残り、次に迷う者をそっと導く道しるべになっていました。

 きつねのおばけは、夜ごとに森の奥で、迷った心やさみしい心をそっと包みながら、今日もしずかに生き続けています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ