ほしのおばけとコトリ
夜のまよい森は、昼間とはまるで別の世界のようでした。
木々は深い影を落とし、葉っぱのざわめきも、風の息も、昼よりずっと静かに、コトリの耳に届きます。まるで森全体がひそひそと秘密を語りあっているかのようでした。
その夜、コトリはふと、空を見上げました。
夜空は澄みきっていて、無数の星々がきらきらと瞬いています。月はまだ高く、柔らかな光を森の小道に落としていました。
すると、ふいに空のひとつの星が、すこしだけ大きく光ったように見えました。
「……あれ?」
コトリは目をこらしました。
星はただの光ではなく、ゆらゆらと形を変えながら、まるで森の奥から降りてくるかのように、空気の中を漂っていました。
そしてその光の先に、ふわりと立っている、にんげんのかたちをした小さなおばけを見つけました。
そのおばけは、夜の森のしずけさと星の光そのものからできたような存在で、体は薄く光をまとい、星屑のようにきらきらと瞬いています。
コトリが近づくと、おばけはにっこりと笑いました。
『こんばんは。わたしは、ほしのおばけ』
声は聞こえませんでした。でも、コトリの頭の中に、そっとことばが流れこみました。
『ぼくは夜空から落ちてきた光のかけら。眠れない子や、さみしい人のもとへ、やさしさを運ぶためにここにいる』
コトリはそっと息をつきました。
「あなた……夜空の星から来たの?」
とつぶやくと、ほしのおばけはほんの少し揺れ、光の粒を散らしました。
『そうだよ。でも、わたしはひとりでいることが多い。だれも気づかないときもある。でも、だれかが見つめてくれた瞬間、その人の心に光を届けられる』
コトリはほしのおばけの周りを歩きながら、しずかにたずねました。
「どうして、森に?」
『森は、夜になるとひときわ深くしずかになる場所。星の光が届きやすいし、人の気持ちがあたたかくなりやすいの』
コトリは星空を見上げました。
木の枝の影が長く伸び、森の闇に溶ける。
そんな中で、ほしのおばけの光が一層はっきりと見えました。
「でも、ひとりでさみしくないの?」
コトリが聞くと、ほしのおばけは小さく肩をすくめ、光の粒をひとつ落としました。
それは、まるで涙のように、しずかに森の土に吸い込まれていきます。
『さみしいときもあるけど、だれかの夢や心に触れたとき、その光で満たされる。だから、わたしはずっとここにいられる』
コトリはそっと手をのばしました。
光の粒が指先に触れると、胸の奥があたたかくなるのを感じます。
ほしのおばけは、にんげんのかたちのまま、小さく頷きました。
『あなたの夢のすきまに、わたしの光を届けてもいい?』
「うん」
とコトリが答えると、ほしのおばけは小さな手をひらりと広げ、森の闇に向かって光の粒をまきました。
それは、まるで星空が森の中に降ってくるようでした。
光の粒は葉っぱや枝、苔の上にふわりと落ち、ほんの少しのあいだ、そこに命を吹き込むように揺れました。
コトリはその光景を見ながら、森がこんなにもしずかで、そしてあたたかく感じられることに気づきました。
「夜って、少しこわいけど、あなたと一緒ならちょっとちがう……」
コトリの声に、ほしのおばけはまた光を散らしました。
すると、その光が森の奥まで届き、倒れた木の葉や小さな花びらまでもが、まるで星の下で踊るように揺れました。
しばらく歩いているうちに、コトリはふと気づきました。ほしのおばけの光は、眠れない森の生き物や、夜にさみしく思っている誰かにも届いているのではないか、と。
森の小さな影、木の葉の間、苔むした石。
すべてに、ほんの少しだけ光がふれ、その存在をやさしく包み込んでいるようでした。
『さあ、そろそろわたしは空に戻らなくちゃ』
ほしのおばけはそう言うと、ゆっくりと光を集め、頭上の星空へと浮かび上がりました。
森の闇に溶けるように、姿はだんだん薄くなっていきます。
でも、コトリの胸の中には、光のあたたかさがしっかり残っていました。
『また、夢で会えるかもしれないね』
光の中から、そんな小さな声が流れました。
コトリはそっとうなずきました。
夜空に瞬く無数の星を見上げながら、胸の奥で、ほしのおばけがまたそっとやさしさを運んでくれることを感じたのです。
その夜、コトリは森の中で眠りにつきました。
夢の中でも、ほしのおばけは小さな光の粒となって、コトリのそばに座り、しずかに森の夜を見守ってくれていました。
朝になったとき、森のあちこちに、昨夜の光の名残がきらきらと残っていました。
小鳥の羽に、落ち葉に、露の粒に。
すべてが、ほしのおばけが触れた証です。
コトリは目を細めて微笑みました。
「ありがとう、また来てね」
森はしずかで、でもどこか、夜空の星の光で満たされているようでした。
そしてコトリは知っていました。ほしのおばけは、今日もだれかの夜にそっと降りて、やさしい光を届けているのだと。