こどものおばけと消えたブランコ
まよい森のはずれに、小さな広場があります。
草は腰のあたりまでのび、地面には、古い落ち葉がかさかさと重なっていました。
ここは、だれも遊ばなくなった、忘れられたあそびば。
その広場のまんなかには、かつてブランコがありました。
でも今は、ロープだけが風にさがっていて、座る板は落ち、支える木も、少しずつ朽ちかけています。
それでも、どこかにまだ“あそび”の名残りのような、淡い空気が漂っていました。
その日の夕方、森が紫色にとけはじめたころ、コトリはその広場を通りかかりました。
すると、風もないのに、ロープがふらりとゆれています。
まるで見えないだれかが、すこしだけこいでみたように。
コトリは立ち止まりました。
「……こんにちは?」
そう声をかけると、ふわりと光がゆれて、こどものおばけがあらわれました。
髪をふわっとしばり、くすんだ服を着た女の子のおばけ。
目は、どこか遠くを見つめています。
でも、その頬には、ほんの少しだけ陽の色が残っていました。
「わたし、ここでブランコしてたの。ずっと、ずっとまえから」
「ひとりで?」
「うん。だって、だれも来ないから……」
おばけは、ブランコのロープをそっと握るようにして言いました。
「でもね、乗ってるとね、思い出すの」
風がやわらかく草をなで、空が少しずつ青から金にかわっていきます。
「いっしょに笑ってくれた子。手をふってくれたお母さん。すこしだけ、わたしのことを見てくれただれかのこと」
おばけの声は、まるで古いオルゴールのように、かすかにきらめいて聞こえました。
コトリは、そっとブランコのとなりに立ちました。
「その人たち、今はどこにいるんだろう」
「もう、どこにもいないの……でも、わたしの中には、ちゃんといるよ」
「それって、きっと、すごいことだよね」
「え?」
「だって、いないけど、いないままじゃないっていうか……」
コトリのことばに、おばけはびっくりしたように目を見ひらき、それから、やさしく笑いました。
「うん。そうかも」
コトリはポケットをさぐって、小さなリボンを取り出しました。
それは、朝、髪をむすぶのに使っていたもの。
「これ、貸してあげる」
そう言って、ブランコのロープの先にそっと結びました。
「ほら、これでちゃんとブランコになったよ」
「……ありがとう」
そのとき、すぅっと森の奥から風が吹いてきて、ふたり分のブランコが、ゆっくりとゆれはじめました。
光がちらちらと木の葉のすきまを抜け、ブランコの影をやさしくゆらします。
その音の中で、コトリにはかすかに聞こえた気がしました。
子どもの笑い声。
遠い日の、午後のような声。
でも、それは風が運んでくる“記憶のかけら”のようで、たしかな音ではありませんでした。
それからというもの、コトリがときどきその広場を訪れると、ロープにはちゃんとリボンが残っていました。
日に焼けて少し色あせていても、結び目はほどけずにいます。
そして、夕暮れどきになると、リボンがかすかに動く日がありました。
まるで、『もういないはずのだれか』が、そっと遊んでいったあとみたいに。
遊びというのは、消えてしまうものかもしれません。
けれど、笑い声といっしょにあった遊びは、風の中でも、森の中でも、ちゃんと生きつづけるのです。
その夜、コトリがふと振り返ると、ブランコのロープがやさしくゆれていました。
リボンが月の光をうけて、ほのかに光っています。
それは、森の夜にひらかれた、ちいさな「思い出の灯り」でした。




