うごく本棚とまいごの本
あるくもりの日のこと。
コトリは、まよい森をゆっくり歩いていました。
木々のあいだから差しこむ光はやわらかく、苔の上に積もった落ち葉は、足もとでふかふかと音を立てます。
「きょうは、なにがあるかな……」
小さな胸をわくわくさせながら歩いていると、森の奥のほうから、かすかなカタカタという音が聞こえてきました。
「なに……?」
コトリは、音のするほうへ足を運びました。
すると、そこには大きな本棚が立っていました。
でも、それはふつうの本棚ではありません。
背の高い本棚は、森の中をゆっくりと歩き、枝や根をよけながら、ふわふわと動いていたのです。
棚の上には、色とりどりの本がならび、ページが自然にぱらぱらとめくれていました。
「わあ…… 本棚が歩いてる……!」
コトリが驚いて声を上げると、棚のすきまから、小さな本のおばけが顔を出しました。
まるい目にちいさな手、体は本のページでできています。
「こんにちは! あのね、迷子の本を探してるんだ」
「まいごの本?」
「そう。森の本は、夜になると勝手に動きだして、読んでほしい人のところへ行くんだ。
でもね、ときどき迷子になっちゃうの」
小さなおばけは、ページをぱたぱたさせて、すこし心配そうに言いました。
「わたしが手伝うよ!」
コトリは、小さな手を差し出しました。
「ありがとう! じゃあ、いっしょに探そう!」
コトリと本のおばけは、本棚のあとを歩きながら、森の中の小道や古い木の根っこを探しました。
すると、ひとつの大きな古い木の根もとで、赤い表紙の本が小さく震えているのを見つけました。
「これだ!」
「でも……この本、動けないみたい」
コトリがそっと手をのばすと、本はやわらかく光り、ページがゆっくりとめくれはじめました。
中を見ると、森の中で迷子になった動物たちの話や、むかしの町のこと、とおくの海のことが描かれていました。
「読んでほしかったんだね」
「うん、読んでくれる人をずっと待ってたんだ」
コトリは本をひざに抱き、声に出して読みはじめました。
本の中の動物たちや冒険の話が、まるでもりの中に生きているかのように、鮮やかに浮かび上がります。
そのとき、本棚がそっと近づいてきました。
「ありがとう、コトリちゃん。きみのおかげで、迷子の本も安心したみたい」
本棚の上から、本のおばけたちがぱたぱたと羽ばたくように飛び出し、森の空を軽やかに舞います。
「本はね、読まれることで生き生きするんだよ」
コトリはにっこり笑い、次々と本を手に取り、読み聞かせをつづけました。
森の小さな動物たちも集まってきて、耳をすまし、目をかがやかせて物語を聞きました。
ページのあいだから、ほんのり香る古い紙のにおいと、森の土や苔のにおいがまざりあって、どこかなつかしく、あたたかい気持ちになりました。
日が暮れるころ。
「そろそろ、みんなのおうちに返してあげようね」
コトリは、本をそっと本棚に戻しました。
すると、本棚はふわりと歩きだし、迷子だった本たちを、それぞれの場所へ届けていきます。
森の奥、木のあいだ、苔の上、葉っぱの下……
本棚が通った道には、ほんのり光るページの跡が残り、森じゅうに物語の余韻がただよいました。
「コトリちゃん、また来てね」
小さなおばけが手をふります。
コトリも手をふりかえし、森の小道を歩きながら思いました。
「まよい森には、まだまだ知らないことがたくさんあるんだね」
迷子の本も、小さなおばけも、そして森の木々も、すべてがやさしくコトリをむかえてくれた。
まよい森の奥では、きょうも本棚がそっと歩き、森の物語を届けつづけています。
そして、コトリの心には、森のあたたかい物語と、小さなおばけたちの笑顔が、いつまでも残っているのでした。