森のコトリと星のかけら
その夜の森は、しんとしずまりかえっていて、空はどこまでも澄んでいました。
木の枝のあいだからのぞく空は、まるで湖のように透きとおっていて、そこに星がいくつも、ゆっくりと瞬いていました。
コトリは、寝る前にそっと庭に出て、空を見上げました。
息をすると、夜の冷たい空気が胸の奥にまでしみて、音のない世界が広がります。
その中で、ひとつの星が、すぅっと線をひいて流れていきました。
「ながれ星……はじめて見たかも」
コトリがつぶやいたその瞬間。
――ピシッ。
近くの木の葉をすべって、ちいさなひかりが草むらに落ちました。
コトリはおどろいて駆けよると、そこには、ちいさな透明の石のようなものが落ちていました。
指の先ほどの大きさで、ふれてみるとほんのりあたたかい。
ふわっと星のにおいがして、かすかに光っています。
「……これ、星のかけら?」
その夜、コトリは星のかけらを机の上にそっとおき、ランプの光を弱めて眠りました。
外では風がやさしく枝をなで、遠くの梢で、ひとつ星が瞬いています。
その夜、コトリはふしぎな夢を見ました。
夢の中で、どこかからちいさな声がしました。
「それは、こぼれた『おねがい』のかけらだよ」
声のする方をふりかえると、そこに立っていたのは星のおばけでした。
きらきらと透ける体に、星座のような模様。
目の奥には、夜空がうつっていて、ひとつひとつの光がゆっくりとまたたいています。
「こぼれた……?」
「そう。ときどき、『まだことばにならないねがい』が、夜空からぽろりとこぼれてしまうことがあるの。それが、きみのところに落ちたのよ」
「じゃあ、このかけらには、だれかの『ねがい』なの?」
星のおばけは、ゆっくりとうなずきました。
「でもね、そのねがいは、まだ『うまれかけ』なの。だから、あなたがそっと育ててあげてほしいの」
「どうやって?」
「かけらに話しかけたり、たいせつにしたり、あなたが『気持ちをむける』ことで、かけらの中のねがいは、少しずつ育っていくのよ」
それから数日、コトリは星のかけらを大切に机の上に置き、毎晩のように話しかけました。
森の出来事や、風の音、夜空のうつくしさ。
まるで友だちに話すように、静かに、ゆっくりと。
夜になると、コトリはかけらを手にとって、空を見上げました。
星の光がかけらの中にうつりこみ、かすかに脈打つように光ります。
ふしぎなことに、日に日にそのあたたかさが増していきました。
ある夜、風の音が止んだ瞬間。
ぽんっ……。
かけらが、やさしい音をたてました。
その中に、ちいさな花のかたちが浮かびあがったのです。
「ねがいが、かたちになった?」
コトリは息をのんで見つめました。
それは、『だれかのそばで、咲いていたい』という、とてもやさしいねがいでした。
小さな花びらが、星の光を受けて、淡くゆらめいています。
その晩、星のおばけがふたたびあらわれました。
空の光を背にして立つその姿は、夢よりもしずかで、やわらかでした。
「育ててくれてありがとう。そのねがいは、ちゃんと、だれかの心に届いたわ」
「だれに届いたの?」
おばけは、微笑んで言いました。
「それは……まだ言えない。でも、きっと、いつかあなたにも届く」
そう言って、星のおばけは、ひかりの粒を残して消えていきました。
あとには、すこしあたたかい夜風と、ひとつの光る花びらだけがのこりました。
それからもコトリは、ときどき空を見上げては、こぼれたねがいのかけらを思い出します。
夜空には数えきれないほどの星があり、そこには、まだ言葉にならないねがいが無数にゆらいでいるのかもしれません。
だれにも言えない、ことばにならないねがいも。
だれかの手のひらで、そっと育てられることがある。
そして、それはきっと、めぐりめぐってまただれかを咲かせるのです。
コトリは空を見上げ、星の花の記憶に、そっとほほえみました。




