ねむれない夜とオルゴールの夢
その夜、コトリはどうしても、眠れませんでした。
ふとんにもぐって目を閉じても、音のない夜がただ続くだけ。
いつもなら、木の葉がゆれて、虫たちがささやくようにうたうのに、今夜はやけにしずかだったのです。
「……なんだか、こわいくらい、しずか」
コトリはそっとベッドを出て、窓をあけました。
夜気がひやりと頬にふれて、月の光が床をすべっていきます。
森の奥から、かすかに音楽のようなものが聞こえてきました。
カラリ……コロリ……カララ……
それは、オルゴールのような音。
まるで誰かが、夜をねむらせようとしているかのようでした。
コトリは音をたよりに、森の中を歩いていきました。
月明かりが枝の間からこぼれ、白い霧が足もとをゆっくり流れます。
やがて、つる草に包まれた小屋が見えてきました。
小屋の中には、小さな机と、ひとつのオルゴール。
そして、その前に座っていたのは、とても古びたおばけでした。
しわしわの顔、白いひげ、背中は丸く、目はどこまでも遠くを見ているよう。
机の上では、オルゴールの中の歯車が、ひとりでにゆっくり動いています。
「こんばんは」
「……ねむれないのかね?」
「うん。きょうの夜は、ちょっと、さみしい音がする」
おばけはコトリを見て、うすく微笑みました。
「ここは、ねむれない夜にだけひらく場所。わたしは、夢つむぎと呼ばれておる。子どもたちが眠れぬとき、夢をほどき、つむぎなおすのが、しごとじゃ」
夢つむぎは、オルゴールのねじをゆっくり巻きなおしました。
カチリ、カチリと音がして、中からふわりと光がこぼれます。
音楽とともに、もやのような夢があらわれました。
でもその夢は、ところどころほつれていて、色も音もあいまいで、さみしげです。
「これ、わたしの夢?」
「そうじゃ。ねむれぬ夜には、夢がうまくつながらなくなる。だからわたしが、少しだけ手を貸すんじゃよ」
夢つむぎは、小さな針のようなものを取り出して、夢の切れはしを丁寧にすくいあげていきます。
『うたってもらった子守うた』
『しろくまのぬいぐるみ』
『ベッドのそばにおいたランプの明かり』
それらを、やわらかい糸でひとつひとつ、つないでいきました。
「夢って、どうして、ときどき こわくなったり、かなしくなったりするの?」
コトリの声は、オルゴールの音にまじって小さくゆれました。
夢つむぎは少しだけ目を閉じて言いました。
「それは、きみのこころが、ほんとうのことをちいさくささやいてるからだよ。うれしかったことも、わすれたふりをしていたさびしさも。夢は、どっちも、ちゃんとつれてくるんじゃ」
「じゃあ……夢の中で泣いたことも、意味があるの?」
「もちろんじゃとも。夢の涙は、朝のこころに、水をやってくれるんじゃよ」
やがて、オルゴールの音がゆるやかにやみ、夢つむぎがそっと、できあがった夢を手渡してくれました。
「さあ、これは、きみだけのねむれる夢じゃ。帰り道の風に乗せれば、まぶたの奥に届くはず」
コトリはそっと夢を胸にかかえ、小屋をあとにしました。
森の音が戻ってきていました。
草がふれあう音、遠くのふくろうの声、木々がひそやかに息をする気配。
やさしく、夜をなでるような風。
そして、ベッドに戻ったコトリは、オルゴールの音を思い出しながら、ゆっくり、ゆっくりと目をとじて、やさしい夢のなかへ、おちていきました。
朝になって、コトリの枕もとには、ちいさな夢のかけらのような銀色の糸が、ひとすじだけのこっていました。
それは、ねむれない夜が、ちゃんとやさしく終わったしるしでした。




