こえのないおばけとほしのうた
ある晩、森に星がふりそそぐような夜。
コトリは、やわらかな草の上にすわって、ひとり空をながめていました。
頭のうえには、ひとつ、ふたつ……と、数えきれない星。
きらり、と光るたびに、遠くの森の葉先もかすかに白く光ります。
風はなく、森は息をひそめていて、夜空だけがゆっくりと流れていました。
「きょうは、たくさんの星が見えるなぁ……」
そう、ひとりごとのように小さくつぶやいたとき。
すぐ近くで、草の音がかすかにしました。
コトリがふりかえると、そこにいたのは、すきとおるような、ふわりとした小さなおばけでした。
その姿は、月の光のかけらのよう。
風にゆれる白い花びらのよう。
「こんばんは」
コトリが声をかけると、小さなおばけは、深々と頭を下げました。
白いマントをすっぽりかぶり、両手で胸の前にちいさな黒い板をだいています。
口はうごいていません。
けれど、手ぶりで「こんばんは」と伝えてきました。
でも、声は、どこからも聞こえてきません。
「……もしかして、声が出ないの?」
おばけは、こくりとうなずきました。
そして、マントのポケットから、白いチョークと小さな黒い黒板を取り出し、
カリ、カリ……と音をたてて、なにかを書きました。
『こんばんは。わたし、うたうのがすきなの』
「歌うのがすきなの?」
コトリがそうたずねると、おばけは、うれしそうにうなずきました。
そして、黒板の上に、今度は絵をかきはじめました。
月。
星。
風。
鳥。
そして花。
ひとつひとつの絵は、きらり、と光る小さな言葉のようで、描かれるたびに空気の色がすこしずつ変わっていきました。
黒板に流れるように描かれる絵を見て、コトリは、ふしぎとそれが「うた」だと感じました。
「……すごい。ちゃんと、聞こえるよ。こころのなかに、ぽわって」
コトリがつぶやくと、おばけはうれしそうに手をふり、夜空のほうを指さしました。
そのとき、ひとつの小さな星が、すっと尾をひいて流れていきました。
まるで星自身が歌っているように。
その夜、ふたりはならんで草の上にすわり、星を見あげながら、おばけの黒板のうたを読みつづけました。
チョークの白い線が、ゆっくりと夜に浮かびあがっていきます。
『こえが なくても、だれかにとどく。
わたしのうたが、きみのなかにひびくのなら、
それがいちばん うれしいの』
その文字は、星あかりににじんで、まるで空いっぱいにひろがる歌のようでした。
ふと気がつくと、コトリのほおに、ひとしずくの涙がつたっていました。
でも、それは悲しい涙じゃありません。
こんなにも、しずかでやさしい「うた」があるんだ。
そう思っただけで、胸がふるえてしまったのです。
「また、歌をきかせてくれる?」
コトリがそっとたずねると、おばけはチョークをかかげ、夜空に向かって大きく書きました。
『もちろん』
その文字は、星のひかりとまじって、しばらく空に、のこっていました。
やがて、文字はゆっくりと消え、ただ夜風だけがふたりの髪をなでていきました。
声のないおばけのうたは、今日もどこかで流れています。
ことばにできない想いのすきまから、そっと、そっと、だれかの心にふりそそぐのです。




