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おばけ時計ととまった時間

 ある日の午後。

 まよい森のいちばん奥、だれも通らない小道の先で、コトリはぽつんと立つ古い時計台を見つけました。

 塔の壁はつたにおおわれ、窓はほこりでくもっていました。

 それでも、まるで息をひそめるように、静かにそこに立っていました。

 時計の針は、午後三時十五分をさしたまま、もう長いあいだ動いていないようでした。

 近くには、だれの気配もありません。

 けれど、風が通りぬけるたびに、

 カラン……カラン……

 と、やさしい鐘の音がかすかに鳴りました。

「ここ、だれかいるのかな?」

 コトリは、小さな好奇心に背中を押されるように、時計台の中へ入りました。


 階段は古くて、踏むたびにぎしぎしと音がします。

 でも、上へ行くほどに空気はあたたかくなって、どこか人の気配がありました。

 てっぺんの小部屋にたどりつくと、そこには、小さな男の子のおばけがすわっていました。

 ほっぺをふくらませて、腕をくんでいます。

「なにしに来たの?」

「えっと……気になって」

 コトリが答えると、男の子のおばけは、さらにぷいっと横を向いて言いました。

「ここ、ぼくの時間だから。よその人は入っちゃダメなんだよ」


 そのおばけの名前は「トキオ」。

 むかし、この時計台のすぐそばで暮らしていた子どもでした。

 でも、ある日。

 だいじな人との「約束」を守れなかった。

 たったそれだけのことなのに、トキオの世界はとまってしまいました。

 その日から、時計台の針も動かなくなったのです。

「動いたらね、また“そのとき”が来ちゃうんだ」

「そのとき?」

「……約束をやぶったとき。だから、ぼくはもう時間をすすめたくないの」

 コトリは、しばらく考えて、それから言いました。

「でも、時間が動かないと、出会えない人もいるんじゃない?」

「……もう誰にも会いたくないんだもん」

 トキオは、ふいっとそっぽを向き、窓の外の止まった空を見ていました。

 そこには、色のない午後の光がただ静かに満ちていました。

 その晩、コトリはランプのあかりの下で、ちいさな紙をひろげました。

 鉛筆をにぎりしめて、ひとこと、ひとこと、丁寧に文字をかきます。


『とまった時間の中にいるトキオくんへ。

 わたしは今、あなたと会えてうれしいです。

 でも、もっと未来のあなたにも会ってみたい。

 だって、あなたはきっと、未来でも笑えると思うから。』


 書き終えると、コトリはその手紙をそっと時計台の入り口に置きました。


 夜の風が手紙のはしをめくり、やさしく音を立てました。

 朝、トキオは階段をおりる途中で、その手紙を見つけました。

 しばらくのあいだ、動かずに、ただ文字を見つめていました。

「……未来の、ぼく?」

 その言葉をつぶやくと、胸の奥がちくりとあたたかくなりました。

「……もうちょっとだけ、すすんでみようかな」

 その瞬間。

 カチリ。

 時計の針が、ほんのすこしだけ動きました。

 午後三時十五分と十六分のあいだ。

 止まっていた鐘が、ひとつ、ゆっくりと鳴りました。

 トキオは目をまるくして、そして、ふっと笑いました。

「……一分だけ、でも。きっと、未来にすすんでいるってことだよね」


 それからというもの、時計台はゆっくりと、ほんの少しずつ時をすすめていきました。

 まるで、傷ついた誰かの“動きたくない気持ち”を包みながら、そっとあたためているように。

 森の中で、ときどき風がやむ瞬間があります。

 そのとき、遠くの方で、カチリ、と。

 小さな音が聞こえるのです。

 それは、ひとつぶんだけの、未来へすすむ勇気の音。

 コトリはその音を聞くたび、胸の中で小さくつぶやくのです。


「だいじょうぶ、また会える。時間は、止まっても待っていてくれるから」

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