表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/108

おばけ郵便と森のこえ

 ある日、森のはずれで、コトリは赤くさびたポストを見つけました。

 それは、大きな木の根っこにうずもれるように立っていて、だれも手入れしていないはずなのに、どこか新しいもののようにきれいなまま。

 葉っぱの影の中で、雨にも風にもさらされてきたはずのそのポストは、ひっそりと光っていました。

 ポストの横には、古びた木の板がかかっていました。


『おばけゆうびんきょく』

 おとどけします! とどかないこえを。


「……とどかないこえ?」

 コトリが首をかしげながらのぞきこむと、ポストの中から、ぺたん、と小さな手紙がひとつ、落ちてきました。

 その手紙には、何も書かれていませんでした。

 でも、ふしぎなことに、その紙に指を触れたとたん、

『さみしい。なまえをよばれたかった。わすれたくなかった』

 そんな気持ちが、すっと胸の奥へ流れこんできたのです。


 その夜。

 森を歩いていると、羽音のような、ふくろうが飛び立つような音がしました。

 その音とともに、コトリの目の前に、ちいさなおばけの配達人がふわりと現れました。

「こんばんは」

「……こんばんは。あなたが、コトリちゃん?」

 そのおばけは、青い制服のようなコートを着て、小さな帽子をかぶっていました。

 肩には、すこし重たそうな革のかばん。

 その中には、文字のない手紙がぎっしりとつまっていました。

「わぁ、すごいたくさんある」

 コトリが目を丸くすると、おばけ郵便屋は、かすかに笑いました。

「ぼくはね、おばけ郵便屋。言えなかった気持ちを、ひとつずつ届けに行くのがしごとなんだ」

「でも……なんで文字が書いてないの?」

「気持ちって、もともと目に見えないでしょ? だから文字にならない。ぼくたちは、心の形そのままを運んでいるんだよ」

 おばけ郵便屋は、空を見上げて、すこしだけ声を落としました。

「でもね、このごろ……とどかなくなってきてるんだ。だれも、受け取ってくれないんだよ。そんな手紙、いらないって。見えない声は、見えないまま消えちゃう」

 おばけの笑顔は、どこかさみしそうでした。

「わたし、手紙を書いてみてもいい?」

「え?」

「もしかしたら、わたしの言葉で、だれかが笑うかもしれないから」

 コトリはポケットから小さな便せんを取り出し、ひらがなで、すなおな言葉をかきました。

『ひとりじゃないよ』

『だれかがきみをおもってるよ』

『いつかまたあえるよ』

 おばけ郵便屋は、その手紙を両手で受けとり、とても大切そうにかばんにしまいました。

「ありがとう。これ、いちばん上にのせて届けるね」


 次の日から、森の木々には、ぽつぽつと手紙がとどきはじめました。

 文字のない手紙だったのに、それを受け取ったおばけたちは、ぽろぽろと涙をこぼして、うれしそうに笑いました。

「きっと、だれかが、きいてくれた」

「わたしのこえ、ちゃんと、とどいた」

「もうさみしくないよ、だいじょうぶ」

 その声は葉のざわめきにまざり、森じゅうの風がふわりとあたたかくなりました。

 木々の間をすりぬける風も、鳥たちの声も、どこかうれしそうに響いていました。

 それからというもの、コトリはときどき、おばけ郵便屋のかばんに、そっと小さな手紙をしのばせるようになりました。


『だいすきだよ』

『わすれてないよ』

『あなたが いるってことが、わたしにはたいせつ』


 ことばにならない声の、代わりになるように。

 そして今日も、森のどこかに、その手紙をそっと受けとる、小さな手があるのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ