おばけ郵便と森のこえ
ある日、森のはずれで、コトリは赤くさびたポストを見つけました。
それは、大きな木の根っこにうずもれるように立っていて、だれも手入れしていないはずなのに、どこか新しいもののようにきれいなまま。
葉っぱの影の中で、雨にも風にもさらされてきたはずのそのポストは、ひっそりと光っていました。
ポストの横には、古びた木の板がかかっていました。
『おばけゆうびんきょく』
おとどけします! とどかないこえを。
「……とどかないこえ?」
コトリが首をかしげながらのぞきこむと、ポストの中から、ぺたん、と小さな手紙がひとつ、落ちてきました。
その手紙には、何も書かれていませんでした。
でも、ふしぎなことに、その紙に指を触れたとたん、
『さみしい。なまえをよばれたかった。わすれたくなかった』
そんな気持ちが、すっと胸の奥へ流れこんできたのです。
その夜。
森を歩いていると、羽音のような、ふくろうが飛び立つような音がしました。
その音とともに、コトリの目の前に、ちいさなおばけの配達人がふわりと現れました。
「こんばんは」
「……こんばんは。あなたが、コトリちゃん?」
そのおばけは、青い制服のようなコートを着て、小さな帽子をかぶっていました。
肩には、すこし重たそうな革のかばん。
その中には、文字のない手紙がぎっしりとつまっていました。
「わぁ、すごいたくさんある」
コトリが目を丸くすると、おばけ郵便屋は、かすかに笑いました。
「ぼくはね、おばけ郵便屋。言えなかった気持ちを、ひとつずつ届けに行くのがしごとなんだ」
「でも……なんで文字が書いてないの?」
「気持ちって、もともと目に見えないでしょ? だから文字にならない。ぼくたちは、心の形そのままを運んでいるんだよ」
おばけ郵便屋は、空を見上げて、すこしだけ声を落としました。
「でもね、このごろ……とどかなくなってきてるんだ。だれも、受け取ってくれないんだよ。そんな手紙、いらないって。見えない声は、見えないまま消えちゃう」
おばけの笑顔は、どこかさみしそうでした。
「わたし、手紙を書いてみてもいい?」
「え?」
「もしかしたら、わたしの言葉で、だれかが笑うかもしれないから」
コトリはポケットから小さな便せんを取り出し、ひらがなで、すなおな言葉をかきました。
『ひとりじゃないよ』
『だれかがきみをおもってるよ』
『いつかまたあえるよ』
おばけ郵便屋は、その手紙を両手で受けとり、とても大切そうにかばんにしまいました。
「ありがとう。これ、いちばん上にのせて届けるね」
次の日から、森の木々には、ぽつぽつと手紙がとどきはじめました。
文字のない手紙だったのに、それを受け取ったおばけたちは、ぽろぽろと涙をこぼして、うれしそうに笑いました。
「きっと、だれかが、きいてくれた」
「わたしのこえ、ちゃんと、とどいた」
「もうさみしくないよ、だいじょうぶ」
その声は葉のざわめきにまざり、森じゅうの風がふわりとあたたかくなりました。
木々の間をすりぬける風も、鳥たちの声も、どこかうれしそうに響いていました。
それからというもの、コトリはときどき、おばけ郵便屋のかばんに、そっと小さな手紙をしのばせるようになりました。
『だいすきだよ』
『わすれてないよ』
『あなたが いるってことが、わたしにはたいせつ』
ことばにならない声の、代わりになるように。
そして今日も、森のどこかに、その手紙をそっと受けとる、小さな手があるのです。




