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なきむしの雨とびんづめの空


 ある日。朝から雨がぽつり、ぽつりと降っていました。

 森の葉っぱはしとしと濡れ、地面には小さな水たまりがいくつもできています。

 コトリは黄色いレインコートを着て、赤い長ぐつをはいて、森の小道をとことこ歩いていました。

 水たまりに足を入れるたび、ぴちゃりと音がして、雨音とまざり合います。

 すると、草むらの向こうに、ちいさなガラスびんがころがっていました。

 コトリが拾いあげてのぞいてみると、その中には“空”が入っていました。


 けれど、それはふつうの空ではありません。

 青くて、広くて、でもどこか泣きそうな、曇った空。

 コトリがそっとふたをひねると、ぽたっと一粒、涙のような雨がこぼれ落ちました。

「……だれか、泣いてるの?」

 コトリの声にこたえるみたいに、雨はすこし強くなりました。


 森の奥へと歩いていくと、古びたベンチがぽつんとありました。

 そこに、ぬれたマントをかぶったおばけが、しょんぼりと座っていました。

「こんにちは」

「……こんにちは」

 おばけの目からは、静かに雨が流れ落ちていました。

「どうしたの?」

 コトリがたずねると、おばけはうつむいたまま答えました。

「だれかの悲しい気持ちが、この森に置きっぱなしになっていたの……わたしはそれを集めて、空にかくしてるんだ」

「かなしい気持ちを……?」

「うん。だれにも見てもらえなかった涙は、このままだとさみしすぎるから。だからびんにしまって、かわりに空に泣かせてあげてるの。今日の雨も、その涙なんだよ」

 おばけは、ベンチの横にずらりと並んだびんを見せてくれました。


 ひとつには、青い空。

 ひとつには、くもった空。

 ひとつには、なつかしいにおいのする夕空。

 そして、なにも入っていない、空っぽのびんもありました。


 おばけは、少し不安そうにたずねました。

「……コトリちゃん。なみだって、わるいことかな?」

「ううん」

 コトリは首をふりました。

「でも、だれも泣いてるのは見たくないっていうの」

 おばけの声は雨音みたいに小さく消え入りそうでした。

「じゃあ、わたしが見てあげる」

「……え?」

「見てる人がいたら、かなしくないでしょ。さみしくないでしょ」

 コトリがにっこり笑うと、おばけは目をまるくして、やがて、ほっとしたように、かすかな笑顔を見せました。

 その笑みといっしょに、雨がすこしずつやんでいきます。


 雨あがりの森は、やわらかな光につつまれていました。

 葉っぱのしずくがひとつぶずつきらりと光り、あたりはしずかな虹色のにおいで満ちていました。

「ありがとう」

 おばけは小さな声で言いました。

「あなたが見てくれたから……この空、さみしくなくなった気がする」

 そう言って、おばけはひとつのびんをコトリにわたしました。

「これはね、悲しい気持ちじゃなくて、“ありがとう”っていう気持ちの空なんだ」

 そのびんの中には、やわらかな金色のひかりが、ふわふわとゆれていました。

 コトリはそれを胸に抱いて、ポケットにそっとしまいました。


 きっと、さみしい夜にふたを開ければ、その空が「見ているよ」と言ってくれる。

 そう思うと、心のどこかがじんわりあたたかくなるのでした。

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