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まいごのおばけと夜のあしあと

　ある夜のこと。

　コトリは、とてもふしぎな夢を見ました。

　月あかりのさす森の中を、だれかが、とぼとぼと歩いている夢です。

　その足あとだけが、月のしずくのように白く光り、草の上にのこされていました。

　コトリは夢の中で、そのあとを追いかけようとしました。

　けれど、すぐに目がさめてしまいました。

　朝になると、夢のことなどすっかり忘れてしまったはずでした。

　ところが、コトリのくつの底には、小さな土のあとが、はっきりと残っていたのです。

「なんで……土がついたんだろう？」

　コトリは首をかしげました。

　どうしても気になって、まよい森へ行ってみることにしました。

　森の中を歩いていくと、道の上にぽつぽつと光が見えました。

　近づくと、それは夢の中で見たのと同じ、光る足あとだったのです。

　コトリは胸をどきどきさせながら、その足あとをひとつひとつたどっていきました。

　やがて、ひらけた草むらにたどりつきました。

　そこにいたのは、ちいさなまるい目をした、おばけの子でした。

　おばけは草むらの真ん中で、しんと立っていました。

「あなたは、だれ？」

　コトリがたずねても、おばけの子はなにも言いません。

「どこからきたの？」

　そう聞いても、おばけはうつむいてしまいました。

「……あなた、まいごなの？」

　そのことばに、おばけの子は、こくんとうなずきました。

「うちをさがしてるの。でも、どこだったか、わすれちゃったの」

「ひとりで？」

「うん。だれにもあえない。わたしのこと、みえないみたいで……」

　おばけの子は、とうとうその場にすわりこんでしまいました。

　その背中はひかりにすけて、ゆらゆらとゆれていました。

　コトリはそっと、となりにすわりました。

「わたしには、ちゃんと見えるよ。あなたがここにいるって、わかるよ」

　その言葉に、おばけの子の大きな目から、光のつぶがぽろりとこぼれ落ちました。

　それは、涙のようで、しずくのようで、星のかけらのようでもありました。

「じゃあ……あなた、なまえをおしえて」

「わたしはコトリっていうの。あなたは？」

　おばけの子は、くびをふりました。

「なまえも……わすれちゃった」

「じゃあ、わたしが決めてもいい？」

「……うん」

　コトリはしばらく考えてから、にっこりして言いました。

「じゃあ、“しずく”はどう？」

　おばけの子は、ふっと小さく笑いました。

　その笑い声は、夜の森にひびいて、とてもやわらかくひびきました。

「ありがとう。なまえをくれた人のことって、ずっと忘れないんだって」

　その夜から、コトリが森へ行くたびに、しずくはうれしそうに出てきて、むかえてくれるようになりました。

　ある日、ふたりで森の奥を歩いていると、しずくは、いちばん古い大きな木の前で立ち止まりました。

「ここ……ここ、知ってる……」

　木の根もとをのぞくと、小さな手紙がうまっていました。

　手紙には、子どもの字で、こう書かれていました。

「しずくへ　またいっしょにあそぼうね」

　そのとたん、しずくの体が、やわらかな光につつまれました。

　木の根もとには白い花がひとつ、またひとつと咲いていきました。

「ここが……わたしの、おうちだったんだ……！」

　しずくはコトリの手をぎゅっとにぎり、うれしそうに言いました。

「なまえをくれて、ありがとう。わたし、やっと帰れる気がするよ」

　その手はすこしずつ透きとおっていきました。

　けれど、あたたかさだけは、しっかりと残っていました。

　やがて、しずくの姿は消えてしまいました。

　けれど、草むらの上には光る足あとがのこり、月の下できらきらと輝いていました。

　コトリはその光を、しばらくじっと見つめました。

　そのあと、まよい森の中で、まいごになるおばけは、もういなくなったのです。