ゆめをたべるおばけ
まよい森の夜は、しずかです。
虫の声も眠り、月の光だけが、葉っぱのうえを渡っていきます。
そんな夜には、森のどこかで、「ゆめをたべるおばけ」が目をさますのです。
そのおばけは、黒でも白でもなく、
まるで夜そのものをすくいあげたような、やわらかい影でした。
音もなく、気配もなく、ただそっと、だれかの眠りのそばにあらわれて、やさしく、こわいゆめを食べてくれるのです。
ある晩、コトリはうなされて目をさましました。
涙がひとすじ、ほおをすべって落ちます。
「こわいゆめを見たの……」
月あかりの中でそうつぶやくと、
窓の外の木々がふっとゆれ、風がひとつ、息をしたようにふきぬけました。
そして、コトリのまくらのかたわらに、やわらかな影のようなものがすわっていました。
「あなた……おばけ?」
コトリが声をかけると、影は小さくうなずきました。
「わたしは“ゆめをたべるおばけ”。こわいゆめを、見たんでしょう?」
「……うん」
「じゃあ、すこしもらっていい?」
おばけはコトリの髪のうえに手をのばし、そっと、目に見えない何かをすくいあげました。
それは、ふわふわした黒い光。
おばけはそれを口にふくむと、しずかに息をつきました。
「すこし苦いね。でも、これで大丈夫」
そのとたん、部屋の空気が少しずつやわらぎ、こわかった夢の記憶が、あたたかい霧のようにほどけていきました。
「ありがとう……」
「いいの。わたしはね、人の夢をたべないと、消えてしまうから」
おばけはやさしく笑いました。
「でも、ほんとうは、こわいゆめよりも、うれしいゆめが好きなんだ」
「うれしいゆめも、食べちゃうの?」
「ううん、食べるんじゃなくて、わけてもらうの。そうすると、見た人の心に“あしたの光”を残せるの」
その夜、コトリはもう一度目をとじました。
夢のなかで、おばけが小さなスプーンを持って、星のかけらをすくっていました。
やさしい声が聞こえました。
「ねえ、コトリ。たのしい夢を、少し分けてね」
「いいよ。いっぱいあるから」
朝。
窓を開けると、森の空気がすんでいました。
葉っぱのしずくがきらきらと光り、鳥の声が遠くで鳴きます。
ベッドのそばには、小さな黒い羽が落ちていました。
それは、ゆめをたべるおばけの落とした、やわらかな夜のかけら。
コトリはそれを拾い上げ、胸にあててつぶやきました。
「また、会えるかな」
森の奥で風がそよぎ、遠くで木の葉がささやきました。
“またね”。
ゆめをたべるおばけは、今夜もだれかの眠りのそばで、こわい夢をひと口、やさしい夢をひとすじ、そっと味わいながら、森の闇をあたためているのです。




