ゆびきりおばけと秘密の約束
ある雨の夜のこと。
コトリは、家の押し入れの中をのぞいていました。
しとしとと雨の音が屋根をたたき、部屋の中はしずかで、どこかひんやりしています。
押し入れのすみで、コトリはひとつの箱を見つけました。
それは、まっくろで、ふるびた木の箱。
箱のふたには、こすれて読みにくい字がありました。
「ひ み つ あけないで」
そう書かれていました。
(あけないで?)
ふしぎに思ったコトリは、しばらく箱を見つめました。
あけちゃいけない、と書いてあるのに、どうしても気になってしまいます。
そっと、両手でふたを持ちあげました。
そのとたん、ふわりと風がふきこみました。
ぽたり、とひとしずく、雨が床に落ちます。
そのしずくのあとに、小さな足あとがふたつ、ぬれて浮かびあがりました。
そして声が聞こえたのです。
「ゆびきり……したのに……わすれたの……?」
コトリはびっくりしてふりかえりました。
そこに立っていたのは、まるで影のように黒いおばけ。
にじんだ目で、じっとコトリを見つめています。
「むかし、わたしはある子と、ゆびきりをしたの」
おばけは低い、かすれた声で言いました。
「でもその子は、すぐにわすれてしまった。わたしとの約束も、ぜんぶ、どこかへ行ってしまったの」
「どんな約束だったの?」
コトリがおそるおそるたずねました。
おばけは、少し黙ってから答えました。
「“なかよくいようね”って。それだけ。なのに、それがいちばん、むずかしいの」
おばけは、すこしだけ笑いました。
でもその笑顔は、とてもさびしそうでした。
「あなたは、ゆびきりを、わすれたことある?」
おばけが問いかけると、コトリはじっと小さな手を見つめました。
なにか、だれかと約束をしたような……。
でも、それがいつで、だれだったのか、思い出せません。
「……あるかもしれない。ごめんね」
そう言うと、おばけは、コトリの前に手を出しました。
黒い小指が、すこしだけふるえていました。
「もういちど、してくれる? わたしと、ゆびきり」
コトリは、やさしくうなずきました。
そっと自分の小指を、おばけの小指にからめました。
「ゆびきりげんまん、うそついたら」
「はりせんぼん、のーます!」
ふたりは小さく声をそろえ、思わずくすっと笑いました。
そのとたん、おばけの体はふわっと白く光りはじめました。
黒い影のようだった姿が、やわらかい光へと変わっていきます。
「ありがとう。これで、もうさみしくない」
おばけは、うれしそうにほほえみました。
そして、雨のしずくが空へもどっていくみたいに、すうっと消えていきました。
あとに残ったのは、押し入れの古い箱。
その上には、小さなノートが置かれていました。
表紙には「ゆびきりのきろく」と書かれていました。
最初のページを開くと、そこには新しい約束が書かれていました。
「コトリと、ゆびきり。なかよくすること」
コトリはノートをそっと閉じました。
そして、心の中でもういちど、小指を重ねるようにして、約束をしました。
ずっと、なかよくするよ。