かたちをかえるおばけ
ある日のこと。
コトリは、まよい森の小道をひとりで歩いていました。
森はいつもと変わらず、木々がざわざわ揺れ、風が葉をささやかせます。
けれど、今日は何かがちがう気配がありました。
道の先に、見慣れない影がゆらりと揺れているのです。
「だれかいるの?」
声をかけても、影はすぐに形を変えて、丸くなったり、長く伸びたり、まるで生きているみたいに揺れました。
「こんにちは、コトリちゃん」
柔らかい声が森に響き、影の形がふわりと人のような姿になりました。
「ぼくは、カタリっていうんだ。森の奥に住む、かたちを変えるおばけ」
コトリは目をまんまるにして見つめました。
「かたちをかえるおばけ……?」
「そう。今日はね、ちょっと遊んでほしくて、出てきたんだ」
カタリはゆらゆらと浮かび、長い影をくるくる回して、コトリの前で色々な形に変わります。
球のようになったり、星の形になったり、まるで影のパズルみたい。
コトリは思わず笑い声をあげました。
「わあ、すごい! まるでめいろみたいだね」
「じゃあ、めいろあそびをしようか」
カタリが言うと、森の木々の間にふしぎな道が次々に現れました。
枝や葉がまるで壁のように立ち上がり、光の粒が道しるべのように浮かびます。
「ここから、ぼくを探してごらん」
コトリは胸をわくわくさせながら、めいろの中に入りました。
道は曲がりくねり、葉の影がゆらりと揺れます。
小鳥の声や風の音が遠くで響き、森のめいろは昼間よりもふしぎで、少しドキドキする場所に変わっていました。
しばらく歩くと、目の前にカタリの影が一瞬見えましたが、すぐに形を変えて消えてしまいます。
「ここかな……?」
コトリはゆっくり歩き、耳を澄ませました。
すると、遠くで「くすくす」と笑う声が聞こえました。
声を頼りに進むと、影が小さなうずの形になり、葉の間からコトリを覗いています。
「見つけた!」
コトリが言うと、カタリはふわっと丸くなり、ゆっくりと跳ねました。
「すごいね、コトリちゃん、ぼくを見つけられるなんて!」
そのあとも、二人はめいろの中でかくれんぼを続けました。
影のトンネルをくぐったり、葉っぱのカーテンをくぐったり。
道がどんどん変わるので、まるで森全体が生きているみたいです。
めいろの奥に進むと、今度は小さな池が現れました。
水面には月の光が映り、カタリがゆらりと浮かぶと、影が水の上に色々な形を映し出します。
「わあ……水の上でも変わるんだ」
コトリは小さな手を差し伸べ、水面をそっと触ると、水のおばけみたいにカタリの影が波紋にのって揺れました。
「この森ではね、かたちは自由なんだ。だから、誰でも安心してあそべる」
カタリの声は、水面に反射してやわらかく響きます。
「まいごになっても、道が変わっても、心配しなくていいんだよ」
コトリはうなずきました。
「森って、ほんとうにいろんな秘密があるんだね」
「うん、ここはまよいながらも楽しめる場所。だから『まよい森』って呼ばれるんだよ」
夜が更け、森が深くしずまるころ。
カタリはそっとコトリに言いました。
「今日はありがとう、コトリちゃん。君とあそべて、森もぼくも嬉しかった」
コトリは微笑みました。
「わたしも、すごく楽しかった! まためいろであそぼうね」
カタリはふわっと影を丸め、森の奥へと消えていきました。
けれど、どこかで小さく揺れる影が、まるで手を振っているみたいに見えました。
コトリが家に帰るころ、森は再びしずまり返り、木々の影はやさしく揺れるだけ。
めいろの跡も消え、森は普段の姿に戻っていました。
けれど、コトリの胸の奥には、かたちを変えるカタリと遊んだ夜の記憶が、ふわふわと柔らかく残っていました。
まよい森は今日も、ひそかに変化をくり返し、来る者をやさしく迎え入れているのです。




