おひさまをまつおばけ
まよい森の夜が、すこしずつやわらいでいくころ。
木の葉のあいだから、あたらしい朝が生まれようとしていました。
鳥たちがまだ寝ぼけた声でさえずり、霧のむこうで小川がゆるやかに息をして。
森のいちばん深いところでは、「おひさまをまつおばけ」が、静かにめをさまします。
そのおばけは、光でも影でもなく、朝のしずくみたいに、やわらかく透きとおった存在でした。
ひとがまだ眠っている間、そっと地面の上を歩きながら、夜のあいだに冷えた空気を、ひとつひとつ、あたためてまわるのです。
小さな葉の先。
花のつぼみのうら。
池のうえの薄い氷。
おばけが手をふれると、そこに小さな光がともり、やがてそれが、おひさまの道しるべになります。
コトリが森の中を散歩していたある朝、霧のなかでそのおばけに出会いました。
白い息をはきながら歩いていたコトリの足もとで、しずくがひとつ、きらりと光り、ふしぎな声がしました。
「おひさまを、待っているの」
その声は、風のようにかすかで、でも、たしかに耳の奥に届きました。
「どうして待っているの?」
コトリがたずねると、おばけは小さく笑って答えました。
「おひさまを見られないからかな」
「え?」
「あとね、おひさまがのぼる前に、森をぜんぶ目覚めさせたいの。鳥がうたえるように、花がひらけるように。みんなが朝を見られるように」
コトリはその言葉を聞きながら、胸のなかに、じんわりとあたたかい光がともるのを感じました。
「でも、あなたはおひさまを見られないんでしょう?」
おばけは、すこしのあいだ黙って、それから、霧のむこうに指をのばすようにして言いました。
「そう。光のなかでは、わたしは消えてしまう。でもね、だれかが“朝がきた”って思ってくれたら、それだけで、もうおひさまに会えたのとおなじなの」
そのとき、森の端から、ゆっくりと金色の光がさしはじめました。
霧の粒がひとつひとつ、虹のようにひかりながら空にとけていきます。
おばけの姿も、少しずつ淡くなり、コトリのまわりに、朝のぬくもりだけを残して消えていきました。
コトリはまぶしい空を見上げながら、その光のなかに、たしかに聞こえた気がしました。
「おはよう、コトリ」
鳥の声がひらかれ、木々の影がいっせいに伸びていきます。
森が息をするように動きだすと、おばけの歩いたあとに、小さな花がいくつも咲いていました。
それは、夜と朝のあいだにだけ咲くという、“ひとときの花”。
太陽のひかりにふれた途端、風のように消えてしまうのです。
けれど、コトリは知っていました。
その花の消えるとき、森のどこかでおひさまをまつおばけが、うれしそうに微笑んでいることを。




